第10話

カダは悩んでいた。

一度にたくさんのことを知り混乱してるであろうツギハために、相談相手になれたらと街に残ったはいいが、いまいちツギハの心を掴めないでいるからだ。


話を聞いた当日は、ひとまずツギハを家まで送ってカダは宿を探しに行った。

次の日は親に話すかどうかの相談をした。話しても構わないが親から誰かに漏れないようにはして欲しいというと、じゃあやめとこうかなと言ったっきりツギハは黙ってしまった。

その次の日は里に行きたいかの話をした。ツギハは「自分と同じ人に会いたい気持ちはあるけど、里に行くのはちょっと悩むな」とだけ答え、やはり黙ってしまった。

今日は何か聞きたいことや知りたいことはあるかと尋ねたが、はっきりしない態度で家に帰ってしまった。


『はあ。どうしたらいいのか』


ツギハがこのまま街で何もなかったように暮らしたいなら、それでいい。だが、わざわざ遠くの村へ出かけて噂を流してまで自分のことを知りたがったのだ。本当は白の里に行きたいのではないだろうか。


『私にもう少し愛想があれば良かったのだろうか』


ウォンイに散々言われてきた自分の愛想のなさが、今になって悔やまれる。


「明日ダメだったら、一度城に戻るか」


そう決心してカダは日が変わるを待った。



毎日訪ねてくるカダを、ツギハの母親は息子に友達ができたと喜んで迎えてくれる。

2人はチヤ達と会った草原に腰を下ろした。


「毎日ご苦労さまだけど、もういいよ。里に行きたくなったら連絡するからさ」


律儀に自分を訪ねてくるカダに、ツギハは迷惑そうな声をあげた。


「今日は少し話を聞いてもらおうと思って来た。それでダメなら諦める」


いつもの威圧感がないカダに、ツギハはおや?と不思議に思った。


「……私は王弟ウォンイ様付きの城の兵士だ。ウォンイ様の妃であるチヤ様の願いで、白の人について色々と動いている」

「ああ。やっぱりチヤって偉い人だったんだ。カダと2人、主人と従者丸出しだったもんね」

「気づいてたのか!」


完全に隠しきれてると思っていたカダは驚きの声を上げる。


『いや、どう見たって丸わかりだったけどな』


ツギハはこの真面目人間が少しだけ面白くなってきた。


「コホン。話を続けるぞ。お前が糸について尋ねてきた時、なぜかウォンイ様を思い出したんだ」

「王様の弟を?そんな高貴な生まれじゃないよ、俺」

「そんなことは知っている。私にも不思議でな。なぜなのか考えてみたんだ。それで、子供の頃のことを思い出した」

「子供の頃?」

「ああ。私はウォンイ様の友人として側にいるよう命じられ、よく遊び相手になっていたのだ。だがある日、いつものように会いに行くとウォンイ様が落ち込んでいるように見えた」


過去へ思いを馳せるように、カダは遠くを見る。


「どうしたのかと尋ねても、なんでもないとしか言ってもらえず。きっと王子として誰にもわかってもらえない悩みや孤独、寂しさがあったのだろう」


誰にもわからない。

それは数日前まで1人で糸のことを抱えていたツギハと一緒だった。


「私が同じ立場であれば、ウォンイ様を孤独から救ってさしあげられたのだろうか。だが、ただの従者でしかない私には何もしてあげることができない。ジンイ様が即位されて王弟となられてからも、それは変わらなかった。ウォンイ様は王族に生まれてしまったのだから仕方ないと、諦めてしまっているようだった」


ツギハには、カダも自分の立場に苦しんでいるように見えた。どれだけ尽くしても心の底までは救えない主に仕えることを、生まれた時から決められていたのだから。


「だが、チヤ様が来られてから変わられてな。あんなに感情が豊かな方だとは思わなかった。心を預けられる人がいれば、人は救われるのだな」


主の幸せを心から願うカダの姿は、誰にも本心を明かさなかったツギハにはとても美しく感じた。


「チヤ様のようにとはいかないが、私がお前の心を軽くしてやることはできないだろうか。話を聞いてやることしかできないかもしれないが、少しでもお前の孤独を埋めてやりたいのだ」


いつも吊り上げられている目元が緩む。

急に幼く見えるその表情に、なぜかツギハはドキッとした。


「………怖くなったんだよ。今までずっと1人で、誰にも糸のことを理解してもらえなかったからさ。もし里に行って自分と同じ人と一緒にいても、外から来た自分だけ理解しあえなかったらどうしようって。混血なのは俺だけだって言ってたから、また1人になったらどうしようって。……情けないよな」


気持ちをごまかすように笑うツギハの手が震えている。カダはその手を両手で優しく包んだ。


「情けなくなどない。今まで必死に孤独に耐えてきたのだ。そこから抜け出そうと行動も起こした。お前は強い人だ。………話してくれてありがとう」


優しい言葉にツギハは泣きそうになる。

ごまかしたくて軽口をたたいた。


「しっかし、王弟って今20歳だろ。幼馴染になるにはお前、随分と歳上だよな」

「?何を言っている?私とウォンイ様は同い年だぞ?」

「え!」


カダのことを25歳くらいだと思っていたツギハは、思いっきり驚く。


「うっそ!ってことは20歳?年下かよ!」

「む?そうなのか?」

「俺22だよ!マジか〜。絶対年上だと思ってたのに」

「年下だと何か問題があるのか?」


カダはキョトンとして首を傾げる。

実年齢を知るとその姿は妙に幼く見えた。


『なんだろ。なんかカダが可愛く見えてきた。って、何考えてんだ、俺は!』


忙しなく揺れる感情にツギハは頭を抱える。

横ではカダがまだ首を傾げていた。



「え⁉︎カダってウォンイと同い年なの⁉︎」


ツギハがカダの年齢に驚いている頃、チヤも同じ反応をしていた。


「ふふん。驚いただろ。あいつも笑顔の一つでも見せたら、年相応に見えるだろうに」


なぜか得意げにしているウォンイが、やれやれといった感じでカダの心配をする。


「カダの笑顔………。想像できないけど、好きな人とかなら見れるのかなぁ」

「あいつもいい加減、結婚でもすればいいのにな。俺にばかり構ってないで」

「カダは優しい人だもん。きっといい人が見つかるよ。………そうなったら寂しいんじゃない?」

「ふん。面倒なお目付役が片付いてせいせいするわ」


渋い顔をしているが、ウォンイの本心はカダの幸せを願っているのだろう。


『カダの良さを理解して愛してくれる人が現れたらいいのになぁ』


チヤはツギハのために奮闘しているであろうカダの幸せを祈った。




数日後。カダが城に帰ってきた。


「ツギハは白の里に行くことになりました。両親には糸のことは話さず、城の兵に志願するための訓練だと説明しています。私がウォンイ様付きの兵士だと伝えたら、安心して信じてもらえました」


里へは途中までカダが案内し、イザナに迎えに来てもらったそうだ。


「私も時々様子を見に行こうと思います。イザナ殿に連絡用の狼煙をたくさんもらいました」

「……すっかりイザナと仲良しになったんだね」


何気に白の里に溶け込んでいるカダに、チヤは凄いなぁと感心してしまう。


「しかし、兵に志願するためなんて嘘をついて、後々困らんのか?」

「いえ。それが……本当に志願するつもりのようなのです。私と共にウォンイ様付きになりたいらしく。里で糸の使い方などを覚えたら、私が兵士としての訓練をつけに行く予定です」


ツギハの考えがわからず、3人で首を傾げる。


「……まあ、本人が前向きに里に行けたのは喜ばしいことです」


そう言うカダの雰囲気がいつもより柔らかいのがチヤには気になった。


「なんだか……カダ、雰囲気が変わったね。優しくなった」

「そうでしょうか?自分ではよくわからないのですが………私でも誰かの心を救えたのが嬉しかったのかもしれません」


僅かに、本当に僅かにだがカダが微笑んだ。

その顔を見て、チヤは『あれ?これは……』とカダのこの先に少しの期待が湧いた。



「でも、なんでカダにだけ糸が見えるのかはわからないままだね」

「それだが。俺に一つ、仮説がある」


チヤの言葉に、そうだったと思い出したようにウォンイが話しだした。


「仮説?」

「そう。お前達がツギハ探しに行ってる間、俺も何かできないかと城にある文献を色々調べていてな。遠い国の文献に、進化という言葉を見つけたのだ」

「進化?」


初めて聞く言葉にチヤはおうむ返ししてしまう。

横ではカダも不思議そうに話を聞いている。


「そう。進化とは、簡単にいうと生物が生き残れるようにカタチを変えていくことだな。鳥が空を飛ぶのも、早く走る獣がいるのも、全て生き抜くのに必要な力だったからだ」

「その進化が白の人とどう関係があるの?」「うん。白の人の糸や手脚は、人の次の進化のカタチなのではないかと思ってな。本来はゆっくり起きるはずの変化が、唐突に起きてしまったものなのではないかと」


自分たちの見た目や能力は突然変異というらしいと、チヤは里で聞いたことがあった。

それがウォンイの話と繋がる。


「だから糸が見えるカダは、本来の速度で進化している人なのではないだろうか。糸の見える人が増え、そのうちに糸が出せたり手脚が再生する者が普通の人からも出てくるかもしれん」

「白の人へ変わっていく途中にいるのが私なのですか……」

「白の人が増えていることも何か関係があるのかな?」


白の人として産まれる人は徐々にだが増えている。里の人間が見つけて連れてくる人数も、10年前の倍くらいになっていた。


「それはわからないが、もしかしたら人の進化が急がれているのかもしれない。今のままでは人は存続できなくなるのか。だが白の人だけが生き残ったとして、それはそれで存続が難しくなると思うのだが」

「そうなの?」

「文献にはこうあった。『多様性がなくては生物は滅びる』と。普通の人達に比べて、白の人達はお互いの見た目もよく似ているだろう。そうすると、例えば白の人がかかりやすい病気などが出てくると一気に数が減ってしまうんだ」

「なるほど。………なら、ツギハのような混血の者が増えたら良いのでしょうか?」

「そこまではまだ結論が出せんがな。……少し長に話を聞いてみたい。また時間を見つけて里に行ってみることにしよう」


進化の話の間中、ウォンイはどこか晴れない表情をしていた。

自分達の存在が思ったより大きな問題を抱えていることに、チヤも心にズシリと重たいものを感じていた。

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