第9話

カダは王国の南、商人の行き交う賑やかな街に来ていた。


『目撃情報はこの街を中心に広まっている。だが情報の発信源は小さな村ばかり。なにかそこに青年の思惑がある気がするのだが」


とはいえ、青い髪の人間など山ほどいる。多くの人が行き交う通りを見ながら、カダはどうしたものかと思案していた。


『考えていても仕方ない。ひとまず聞き込みでもするか』



「手脚が生えてくる?さあ〜。聞いたことないわねぇ」

「なんだ?見せ物小屋の話か?昔はあったけどなぁ。もう随分と見てねぇなぁ」

「物を浮かすってか。そりゃ妖怪かなんかかい?遠い西の国にはそんな伝説があるらしいがなぁ」


いまいち青年に辿り着く情報を得られないまま数日が過ぎる。

いったん城に戻ったほうがいいんだろうかと悩みながら、カダは休憩のために食堂に入った。


「あらまぁ。お兄さん、随分疲れた顔してるねぇ」


陽気な雰囲気の中年女性が水を持ってきて話しかけてくる。


「ここいらの人じゃないねぇ。仕事かい?商人には見えないけど」

「ああ。ちょっとした用事があってな。定食をくれるか」

「あいよ。ご飯大盛りにしとくよ!」


カラカラ笑いながら女性は厨房に入っていく。女性の明るい雰囲気にカダが和んでいると、しばらくして青年が食事を運んできた。


「はいよ。お待たせ」


茶碗と皿を置こうとして、青年の手が箸入れにあたる。

倒れそうになるそれをカダが掴もうとした時、青年の手から糸のような物が出て箸入れを支えた。


「危なかった〜」


青年の声に我に帰ってもう一度箸入れを見ると、青年の手にしっかり掴まれている。


『見間違い……か?』


カダは噂を追うあまり幻覚まで見るようになったのか?と思ったが、青年が青い髪をしていたことで疑惑はさらに深まっていった。



食事を済ませカダは店を後にする。青年に疑惑はあれど、どうやって問いただすかも思いつかない。

幸いあの店の息子のようなので、居場所はわかっている。あとはウォンイに報告しに一度戻るか。

再度思案にくれるカダの後ろを誰かの影がついていった。



『つけられているな……』


カダは店を出てから誰かにつけられていることには気づいていた。


『こんな所で誰かに恨まれる覚えはないのだがな。物盗りでもなさそうだし。なら、噂関連か』


カダはわざと人の少ない方へ歩いていく。後に続く人物もついてきた。


『この辺りならいいだろう』


カダは急に止まって振り返る。後ろにいた人物も驚きながら足を止めた。その顔を見てカダはやはりと思う。


「食堂にいた青年だな。なんのようだ」


疑惑の青年がそこにいた。


「いや〜。お兄さんにちょっと聞きたいことがあって。……俺が箸置きを倒した時に何か見なかった?」


青年はヘラヘラと笑い、いまいち感情の読めない感じでカダに質問してきた。


「何か?とは?」

「……やっぱり見えたんだ。ねえ、お兄さんはこの糸がなんなのか知ってるの?」


青年の体から無数の糸が出てくる。

攻撃されるのかとカダは身構えた。


「あ。お兄さんに危害を加えるつもりはないよ。ただこの糸のことが知りたいだけなんだ。っていうか、お兄さんは糸だせないの?」


手を振って無害アピールをする姿は嘘をついているようには見えない。

警戒しながらもカダは青年の質問に答えることにした。


「私は糸は出せない。見ることはできるがな。お前こそ、なぜそんなことができる」

「なぜって。生まれつきだしなぁ。むしろ俺のほうが聞きたいくらいなんだけど。わざわざ遠くの村まで言って噂を流したのに、全然知ってる人に会えないんだもん」


『やっぱり噂はわざと流してたのか』


「ねえ。もしかしてお兄さん、噂を聞いてやってきたんじゃないの?仕事しに来たというわりには荷物も何もないしさ。なら、教えてよ。なんで俺はこんなことができるの?」


青年の問いにカダは押し黙る。果たしてどこまで話していいものか。


「………糸を出せるのはお前だけか?母親は?」

「父さんも母さんも糸のこと自体知らないよ。っても、血が繋がってないけど」

「………実の親じゃないのか?」

「うん。なんか昔、赤ん坊の俺を抱えた女の人が店に来て、俺を預かって欲しいって頼んだんだって。雪みたいに白い髪の人だったって母さんが言ってたな」


『白の人か!』


カダの中でピースが繋がった。

おそらく青年は白の人と普通の人の混血なのだろう。なぜ母親が青年を手放したのかはわからないが、それなら糸のことも手脚のことも説明がつく。


『しかし……』


青年の素性はわかったが、どう扱っていいものかカダには判断しかねた。


「ねえねえ。俺にばっか質問するのズルくない?お兄さんの知ってることを教えてよ」

「………なぜ糸のことを知りたい?」

「なぜって。変なこと聞くなぁ。自分のことを知りたいと思うのは当たり前のことだろ」

「糸のことを知れば、親とは離れ離れになるかもしれないぞ。何も知らず糸のことは忘れて平和に暮らすほうが、お前のためかも知れない」

「……でも俺はこうなんだから、仕方ないじゃないか」


青年は少し寂しそうに呟いた。

その顔はカダにある人を思い出させた。


「……私の一存では話をするか決められない。必要な人々に相談してからまた会いに来るので、それまで待ってくれないか」


青年は僅かに疑うそぶりを見せたが、結局は納得したくれた。


「わかったよ。じゃあ相談できたら店に来て」

「承知した」


クソ真面目に返事するカダに少しおかしくなって、青年の雰囲気が穏やかになる。


「俺の名前はツギハだよ。お兄さんは?」

「カダだ」

「そう。よろしくね、カダ」


じゃあね〜と去るツギハを見て、カダはフゥッと肩の力を抜いた。




白の里から戻り、チヤはモヤモヤした日々を過ごしていた。


『すぐに青い髪の人のことを調べに行きたいのになぁ。でもウォンイは王弟としての仕事もあるし。僕1人じゃ外に出る許可が出ないだろうしなぁ』


ウダウダと机にアゴをのせて項垂れるチヤのもとへ、シュリがやってきた。


「チヤ様。………なんです、その態度は。もう少しシャキッとしてください」


普段は優しいシュリだが、チヤのあまりの腑抜けっぷりに流石に苦言を呈する。


「シュリ!あはは。ちょっと考えごとしてて。どうしたの?」

「ウォンイ様がしばらくしたら来られるそうです。お話したいことがあるとか」

「話?」


ウォンイが忙しい合間をぬってくるのだ。もしかしたら青い髪の青年のことかと、チヤの心は期待と不安がないまぜになった。



「カダが噂の人物と接触したそうだ。手脚のことはまだだが、糸が出ることは確認したらしい」


思ったよりも早い展開にチヤは驚く。


「どうやら糸のことを知る者に会いたくて噂を流していたそうだな。カダの推測では、青年は白の人と普通の人の混血ではないかとのことだ」

「普通の人との間の子供ってこと?里から出た人はいないから、外の世界にいた白の人ってことだよね。その人にも会えるのかな?」

「いや、本人は里親に育てられて、実の親のことはわからないらしい。ひとまずカダが白の里にも事情を説明しに行っている。俺たちは長の返事を待つしかないな」

「え?カダ、どうやって里へ行く途中の崖を越えるの?」

「どうやらイザナ殿に連絡用の狼煙を渡されているらしい。それで崖まで迎えに来てもらうと言っていた」

「なんか。カダは意外と誰とでも打ち解けるよね」


事情が事情だが、知り合い同士が仲良くなってチヤはなんとなく嬉しかった。



長からの返事は、白の人について全て話して構わないとのことだった。その上で青年が求めるなら、里へ招くことも考えると。

イソラとイザナが青年への説明に向かうとのことで、チヤとカダが同行することになった。

王弟が関わってるのがバレるのは良くないということで、ウォンイは待機だ。チヤだけを行かせることに不安はあったが、シロの話を思い出して覚悟を決めた。


「じゃあ、いってくるね」


イソラ、イザナと同じように髪に色をつけたチヤが、ウォンイに別れをつげる。

ウォンイはチヤを優しく抱きしめた。


「気をつけてな。必ず無事に帰ってくるんだぞ」

「……大丈夫だよ。僕が帰るのを待っててね」


チヤはウォンイの背中を優しく撫でる。

そのままそっと体を離すと、今度こそ「いってきます」と旅立った。




青年が住む街の近くの草原で、チヤ達は待機していた。カダが青年を連れてくる手筈になっている。


「なんだか緊張するね」

「混血の人なんて初めて会うもんね〜」

「……来た」


カダに連れられて青年がやってきた。

濃い青の髪から覗く瞳は、氷のような薄い水色だった。


「みなさん、ツギハです。ツギハ、こちらが話をした白の人達だ」

「チヤだよ」

「イソラだ。よろしくね」

「イザナ」


ツギハは少し警戒した雰囲気でカダの横から離れない。

自分と同じように糸を出せる人を連れてくるということしか聞いてないので、チヤ達のことを信じられないのだろう。


「そんなに構えないでよ。っても、話をする前に証拠を見せたほうが良さそうだね」


イソラが体から糸をだす。

その意図を理解して、チヤとイザナも続けて糸を出した。

それを見たツギハの瞳から涙が一粒落ちる。


「ホントに……ホントにいたんだ。俺と同じ人が」


腕で涙を拭うツギハの背中をカダがさする。

チヤはその涙を見て、複雑な気持ちになった。



白の人のこと。ツギハがおそらく混血であること。望めば里へ招待することなどを伝えると、ツギハは少し考えさせて欲しいと答えた。


「父さんと母さんに話をしないといけないし、気持ちを整理する時間が欲しい」


突然のことで戸惑っているのだろうと、チヤ達はいったん帰ることにする。

カダだけは残り、ツギハの気持ちが落ち着くように話し相手になるということだった。


「カダ。ツギハのことよろしくね」

「お任せください、チヤ様」


主従感丸出しの2人にツギハが首を傾げるが、チヤ達は全く気づいてなかった。




城に戻ったチヤを待っていたのは、不安から解放されたウォンイだった。


「チヤ!よく帰った!心配したぞ!」

「大袈裟だよ、ウォンイ。たった数日出かけてただけじゃない」


力いっぱい抱きしめてくるウォンイにチヤが「痛いから離して〜」と抗議の声をあげる。

側に控えるシュリは呆れていた。


「もう。そんなに心配なら行くのに反対したら良かったじゃない。まあ、それでも行くけど」

「いや。お前の自由は奪わないと決めたんだ。シロと約束したしな」

「?」


なんだか楽しそうにするウォンイに、チヤは不思議な顔をしていた。



その夜。いつもの寝室での会話で、チヤはツギハへの複雑な思いを口にしていた。


「ツギハは自分だけ周りと違うことで、ずっと苦しんできたんだよね。だからやっと自分と同じ糸を持つ人に会えて安心した。でも、彼は白の人とも違う。混血の人は今のところ彼しか見つかってないんだよ。それがツギハを苦しめないかが心配なんだ」


チヤがギュッと手を握る。


「僕はずっと白の里で育ったから、誰かと違う苦しみなんて感じたことなかった。でもお城に来てみんなと過ごすうちに、糸のことや手脚のことをウォンイに話すのが怖くなったんだ。そんな思いをツギハはずっとしていかなくちゃいけないのかもしれない」


苦しい胸の内を吐露したチヤの手に、ウォンイの手が重ねられる。


「だが、お前は話してくれた。俺は受け止めた。持って生まれたものは変えられないが、支え合うことはできるだろう?」


重ねられた手からウォンイの想いが伝わる。

初めて糸のことを伝えた時、ウォンイはチヤの心が好きだと言ってくれた。


「ツギハのことを受け止めてくれる人ができたらいいな。寂しい思いをしなくていいように」

「とりあえずカダがついてるから大丈夫だろう。あれは超がつくほどのクソ真面目だ。馬鹿の一つ覚えみたいにひたすら相手の話を聞こうとするだろうよ」


馬鹿は言い過ぎじゃない?とチヤが笑う。

やっと見せてくれた笑顔に、ウォンイは咳払いをして恥ずかしそうに口を開いた。


「チヤ。その………しばらく離れていたわけだし。そろそろ………」

「?」


チヤに言いたいことが全く伝わらない。

しかたなく、ウォンイは一気に言い切る。


「そろそろお前が欲しいんだが!」


突然の大声にチヤは驚くが、恥ずかしさを精一杯押し殺して伝えてきたウォンイが愛しくて堪らなくなる。


「え〜。どうしよっかなぁ。僕、疲れてるし」

「お前!俺が必死に言ったのに!」

「クロにも無理するなって言われてるしなぁ」

「う………」


クロの名前にウォンイがたじろぐ。


「あはは。嘘だよ。こんなに可愛く誘ってくるウォンイ、断れないよ」

「可愛くって……はあ。やっぱりお前には敵わないな」


そう言いながらウォンイはチヤの頬に触れる。

チヤは手を重ねて幸せそうに微笑んだ。

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