第2話

数日後に参加した戦場で、シロは相変わらず斬って斬られて派手な活躍をしている。対してクロは後方支援担当だ。

ここに着くまであの夜のことを何度もシロに問い詰めたが、その度にはぐらかされたり逃げられたりして結局何も聞けていない。

戦場を駆け回るシロに複雑な目を向けながらも、クロは自分の仕事に集中していた。

すると、そんなシロを遠くから眺める人間がいた。


「あれが白蜥蜴かぁ。荒削りだけど力は強そうだな。使い方を教えれば役に立つかも」


マントとフードで全身を覆われた人物は、そう独り言をこぼすと姿を消した。



「お腹すいた〜。ご飯ちょうだい」

「はいよ。今回も派手に活躍してたな」


戦が終わり、腹ペコモードのシロは配膳担当に食事を貰いに行っていた。

山盛りにしてもらったご飯をガツガツ食べながら、シロは奇妙な視線を感じる。戦のあとで騒がしい仲間達から少し離れたところに、誰かがいる気がした。

急いで皿の中身を食べ切り、シロは人の気配がするほうへ向かった。


『シロ?どこに行くんだ?』


集団から離れて行くシロを見つけて、一抹の不安を感じたクロはあとをつけていった。



「あんた、誰?」


シロが歩いて行った先には、先ほどのマントの人物がいた。


「お。優秀じゃないか。僕の糸に気づいたね」


相手が話しながらフードを外すと、そこにはシロと同じ白髪、赤い眼があった。


「あ!俺と同じだ!」

「そう。君のお仲間だよ。自己紹介しとこうか。僕はイソラ。君と同じ突然変異の人間さ。我々は白の人と呼んでるけどね」


イソラと名乗った少年は歳も背格好もシロと同じくらいで、おかっぱ頭に穏やかな笑みを浮かべていた。


「ふ〜ん。俺はシロだよ。まさか俺とおんなじヤツに2人も会えるなんて思わなかったなぁ」

「2人?他にも白の人に会ったことがあるのかい?」

「うん。キタってヤツに会った。戦に来る途中にある町に住んでたよ」

「キタ……初めて聞くな。調べに行かないと」

「会いたいなら家まで案内しようか?」

「………僕がどんなヤツかもわからないのに、警戒しないのかい?」


イソラが呆れた様子になる。対してシロはケロッとした様子で答えた。


「お前、悪いヤツなの?」

「………それは自分で判断してくれ。僕は君に話したいことがあってきたんだ。……と、その前に」


イソラは急にシロの後方に視線をやった。

隠れて様子を伺っていたクロは、急に何かに吊り上げられたような感覚に襲われる。見ると体が宙に浮いていた。


「わわわわわわ」


そのままシロ達の方に吸い寄せられ、イソラの頭上でピタッと止まった。


「クロ⁉︎なんでここに!」

「君のあとをつけようとしてたので、僕が君に気づかれないように糸で細工してたんだ。凄いでしょ」

「おい!降ろせよ!」


クロは空中でバタバタするが、一向に降りれる様子はなく無駄に終わる。


「クロを離せ!」

「おや。初めて感情が動いたね。これはいい。彼を助けたいなら自分でなんとかしてごらんよ」


怒りが滲み出ているシロに、イソラは「これはテストだよ」とクロをさらに高い所にあげる。


「うわ!」

「クロ!」

「ほら、早く助けないと。この高さから落ちたら大怪我するんじゃない」


4〜5メートルの高さに浮かんで、クロは抵抗もできず震えている。


「それだけ手脚を動かせるんだ。君の力の強さとコントロールなら、僕の糸から彼を助けるくらいできるだろう」


クロをなんとか助けようと、シロはクロの周りの何かを凝視している。

その姿を見たクロは、昔の出来事を思い出して不安に襲われていた。



クロは幼い頃、その黒髪から危険を避けるために里の外へ出ることを禁止されていた。

だが子供の好奇心を抑えられるはずもなく。

7歳の時にクロは大人達の目を盗んで里の外へ出た。心配するシロが後からついてきたが、クロは気にせず森を進む。しばらく進んだ所で2人組の男達にでくわした。

里の人間以外を見るのも初めてなクロはワクワクしたが、返ってきたのは非情な反応だった。


「なんだ、このガキ。なんでこんな所にいるんだ」

「おい。見ろよ、この黒髪。どっかに売られたヤツが逃げてきたんじゃねぇか」

「そりゃいい。なかなか綺麗な顔してるし、ちょっと楽しんでから売っぱらってやろうぜ」


黒髪が狙われることは両親から聞いていた。だが実際にそんな場面に遭遇すると、恐怖で足が動かない。


「クロ、逃げろ!」


シロがクロの手を引いて駆け出す。

折角見つけた獲物を逃すかと、男達も走って追いかけてきた。


「このまま真っ直ぐ走れ!」


シロは手を離してクロを先に行かせると、男達と崖の下で対峙する。


「シロ!」


シロは崖の上のほうを凝視している。

いったい何をしているのかと思った瞬間。


ドドドドドド


崖くずれが男達を飲み込んだ。

突然のことにクロが動けずにいると、くずれた土の端に白いものが見えた。

慌ててクロが駆け寄る。下半身が土に埋もれたシロがいた。


「シロ!シロ!待ってろ!今助けてやる」

「ああ。クロ。無事?男達はやっつけたから安心して」

「そんなこと言ってる場合か。お前が死んじまうかもしれないのに!」


シロは「ちょっと加減を失敗したかなぁ」なんてうわ言のように言っている。意識が朦朧としているのかとクロは不安になって、必死に土を掘る。指から血が出てきた。


「クロ。血が出てるよ。ダメだよ。やめて」

「イヤだ!絶対お前を助ける!」


クロはひたすら土を掘るが、そんなことで体半分が埋まった人間を助けられるはずもない。途方に暮れかけたその時。


「お〜い!いたぞ!クロと、シロもいる!」


2人がいなくなったことに気づいた里の大人達が、崖くずれの音を聞いて助けに来てくれたのだ。


「シロ。もう大丈夫だからな」


シロは大人達にすぐ救出された。だが、その両脚は膝から先が無くなっていた。


「そんな………」


絶望するクロの前で信じられないことが起きる。シロの無くなった脚が生えてきたのだ。


「……シロ?え?何?」


クロは困惑してシロに駆け寄る。


「なんか、よく分かんないけど、足生えてきたね」


今起きたことが嘘なのかと思うくらい、いつも通りな感じでシロはヘラッと笑った。



『俺のせいなんだ。シロが自分の手脚が生えてくることに気づいたのは。俺があの時外に出なければ、シロは何も知らず戦場にも出ず、里で平和に暮らしてたかもしれないのに』


あの時と同じ眼をしているシロに、クロの不安はどんどん大きくなる。

このままだとシロはまた危険へ突き進んで行ってしまうんじゃないか。その不安はクロの恐怖で動かなくなった体を動かした。


「降ろせ!このおかっぱ野郎!」


ポケットに入れていた荷造り用のナイフを投げつける。

ナイフはイソラに辿り着く前に何かにはたき落とされた。驚くクロの腕が何かに捻りあげられる。


「いった………」

「クロ!」

「大人しくしててくれないかな。これは彼のテストなんだ。君を無闇に傷つけたくはない」


イソラはクロのほうをチラリとも見ずに、空中に浮かせたまま動きを制限した。


「ふざけんな!いきなりやってきてテストとか!頭おかしいだろ!」

「僕のサインを見てやってきたのは彼の方なんだけどね。まあいいや。なかなかシロ君も動いてくれないし、しばらく君とお喋りしてようかな」


イソラがクロのほうを向く。

相変わらず笑顔がはりついたままだ。


「君たち仲良さそうだし、シロ君の手脚が再生することくらいは知ってるだろ?それは何でだと思う?」


唐突な質問にクロは押し黙る。

それはクロも知りたいと思っていたことだ。


「答えは簡単に再生できるものだから。君たちは骨で支えて筋肉で手脚を動かしてるけど、僕らは違う。無数の糸のようなエネルギーで動かしてるんだ。だから手脚は簡単な構造になっていて、すぐに再生できる」

「糸?」

「そう。今、君を空中に浮かせてるのもその糸だよ。君には見えてないだろうけどね。でもシロ君には見えているだろう」


イソラが急にシロのほうを向く。

話を聞いていたシロには、クロに絡みつく無数の細い糸が見えていた。



物心ついた頃にはその糸は普通に見えていた。

念じれば出てくるその糸で、他の人が手足を動かすのと同じようになんでもできた。

だが、その糸で遠くのものを取ったりするとみんな不思議な顔をするので、糸は手脚を操ることだけに使うようになった。


7歳の時。クロが男達に襲われそうになったのを助けるために、糸で崖崩れをおこした。

加減を間違えて自分も巻き込まれたが、手脚が再生することを知った。


クロも、父さん母さんも、妹達も、里のみんなも。俺が捨てられてた余所者だろうが、髪や眼の色が変わってようが、手脚が生えてこようが、何も変わらず大切にしてくれた。

でも、それでいいんだろうか。

こんなにもみんなと違う俺が、一緒にいてもいいんだろうか。


崖崩れの数日後。里の外れで、自分なら里を出ても1人で生きていけるだろうと考えていた時にクロがやってきた。不安そうな顔でシロの隣に座る。


「シロ。何考えてたんだ?」

「……別に。ボーっとしてただけ」


シロは里から出ようとしてたのを悟られたのかとドキッとした。


「そっか。……こないだは助けてくれてありがとう」

「俺は何もしてないよ。むしろ崖崩れに巻き込まれたのを助けようとしてくれたのはクロだろ」

「でも男達に襲われそうになってたのを連れて逃げてくれた。俺は怖くて逃げれなかったから。ごめんな」


クロの膝を抱えた腕に力が入る。

おそらく、男達に襲われたのがとてつもなく恐ろしかったのだろう。俺はクロの手を優しく包むように手を置いた。


「クロが謝ることじゃないだろう。悪いのはアイツらだ。何もされなくて本当に良かった」


クロの目にはうっすら涙が浮かんでいた。

シロは重ねた手と反対の手でそれを拭う。


「お前の手脚のこと」


クロの頬に触れた手がビクッと動いた。


「お前も驚いたよな。怖いか?戸惑ってるか?大丈夫だぞ。俺がそばにいるから。お前に何があってもずっと横でお前のこと支えてやるから」


今度はクロのほうから、頬に置いた手に手を重ねられる。

優しく微笑む姿を見ているうちに、里から出ていこうなんて気持ちはすっかり無くなっていた。



宙吊りにされたクロはイソラの話を聞いて戸惑っている。シロにとっては別に聞かれたくない話でも何でもないが、とにかくクロを早く助けたい。

それにクロに自分以外の人間の糸がからまっているのは、シロを酷く不快な気持ちにさせた。


『でもどうしたらクロを助けられるんだ?糸で糸をひっぱれば千切れるとか?』


試しにイソラの糸をひっぱってみるが、びくともしない。叩いてみても、解こうとしても、どうにもならない。


「シロ君はそこまで糸を操れるのに、糸の本質は理解してないんだね。しかたない。ヒントをあげよう。糸はエネルギーの塊だ。相手の糸に自分の糸のエネルギーを注げば、相手は糸の形を保てなくなる」


なかなか終わらないテストにイソラが焦れたのか、ヒントを寄越してきた。クロを捕らえてる相手の言うことを聞くのはシャクだったが、シロは言う通りにしてみる。


『エネルギーを注ぐって、どうやるんだ?』


とりあえずイソラの糸に自分の糸を絡め、相手の糸に食い込んでいくようなイメージで力を加える。

そうすると、相手の糸は溶けるように消えていった。


「クロ!」


糸から解放されたことで空中に投げ出されたクロを、シロは糸で手繰り寄せて受け止める。

腕の中にクロの温もりを感じてホッとした。


「良かった〜」

「シロ、痛い。力が強い。離して」

「あ、ごめん」


思わず目一杯抱きしめてしまったせいでクロに痛がられてしまった。


『この手は痛みは感じないのに、クロの体のあったかさは感じるんだな』


不思議に思っていると、イソラが拍手をして近づいてきた。


「いやぁ。見事だったよ。まさか初めてであそこまでできるなんて」


シロは警戒してクロを自分の後ろに隠す。

イソラはその動きを見て嬉しそうに笑った。


「その子はシロ君にとってとても大切な子なんだね。ごめんね。怖い目にあわせて」


謝りながらも、イソラはなぜか嬉しそうだ。


「うん。そんな子がいるシロ君なら文句なしだ。僕らの里に修行しに来ないか?里で学べば君はもっと力を活かせるようになるよ」


両手を広げて里へと誘うイソラの言葉に、クロがビクッと震えたのをシロは感じた。

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