第2話
2人に微妙な心のしこりを残したイソラとの遭遇のあと、シロ達は仲間のもとへ戻ってきた。
なぜかイソラも一緒に。
里への誘いにすぐには答えを出せないだろうと、なぜかイソラは傭兵団に同行すると言い出したのだ。イソラ曰くは「僕らの里へ行くとなれば、ご両親にも説明しないといけないからね」と言うことらしい。
傭兵団のみんなに「シロと同じ人達が集まる里にシロを招待したいんです。ご両親にそのことを説明したいので同行させてください」とイソラが訴えると、意外にも喜んで迎えられた。
「おう。お前いい食いっぷりだな。どんどん食えよ」
「ありがとうございます」
「しっかし、シロと同じヤツがいるなんて驚きだな。まあシロが寂しい思いしなくて済むならいいんだけどよ」
「シロ君はみなさんに大切に思っていただいてるんですね。安心しました」
すっかり団員達と打ち解けたイソラのせいで、シロが白い人の里に行く事は確定みたいな雰囲気になっている。
「シロ、ちょっといいか?」
浮かれるみんなとは違い、不安そうな顔でクロはシロを誘い出す。
イソラはその様子を横目で見ていた。
「シロ。どうするつもりなんだ?アイツについて行くのか?」
不安な様子を隠しもせず、クロはシロを問い詰めた。
「え?う〜ん。どうしようかな。クロはどうしたい?」
渦中にいるシロはまるで他人事のようだ。
『どうしたいって。そりゃ、行ったほうがいいに決まってる。自分と同じ人たちといれば学べることも多いし、気持ちだってわかってもらえる。でも、そうなれば俺はもう一緒にはいられないよな。人とは違うことにシロが悩まないようにって、そばに居続けた。けどもう俺は必要ないんだよな』
寂しさや安堵、色々な感情が混ざる。
「どうしたいって。お前のことだろ。お前が決めろよ」
「え〜。でも、行くならクロと一緒だろ。ならクロが行きたいか行きたくないかも大事じゃん」
予想外のシロの言葉に、クロは眼を丸くする。
「………え?行くのか?俺も?一緒に?」
「当たり前だろ。ずっと隣にいて支えてくれるって言ったじゃん」
「だって、戦場に行くのだっていつも反対してるのに」
「そりゃ、戦場は危ないからさ。里で待っててくれれば十分だから。でも今回はずっと離れ離れになるじゃん。そんなのイヤだ。だからクロが行きたくないなら俺行かない」
プイッとそっぽを向いて子供のように駄々をこねるシロ。
まさか自分が一緒に行くなんて考えは無かったので、クロは一から考え直す。
『シロは絶対イソラについてったほうがいい。でも俺と一緒じゃないと行かないって言ってる。なら、答えは一つじゃないか』
不安がないわけじゃない。
でもクロは心を決めた。
「しょうがないな。俺も一緒に行ってやるよ」
イソラにクロが同行することを伝えると、意外にもあっさり許可された。
「里には白の人しかいないけど、まあ何とかなるよ」
若干不安になる言葉を残されたが、もう行くと決めたんだからしょうがない。クロはそれ以上考えるのをやめた。
その後は里に帰り、両親に事情を説明してしばらく里を離れることを伝えた。2人とも心配はしていたがシロのことを考えて納得してくれた。クロと一緒ならというのもあったのだろう。
そして次の日。仲間達に見送られて2人は旅立った。
白の人の里は人に発見されないように山奥にあるため、行くのに1週間ほどかかるらしい。
途中に糸でないと登れない高い崖があった。イソラがクロを抱えて運ぼうかと提案したが、シロが即座に却下してクロを抱える。
「え?おい、ちょっと、離せよ」
「離したら落ちるよ。しっかり捕まってて」
あっという間に落ちたら大怪我する高さまで持ち上げられて、クロはギュッとシロにしがみつく。
『早速足手まといになってる。俺、本当に来て良かったのかな』
不安になってシロを見ると、なぜかシロは嬉しそうにしている。
『そうか。今までシロは力を抑えて生活してたんだ。白の人の里に行けば、伸び伸び力を使えるかもしれない』
それなら不安になんてなってられないと、クロはしっかりとシロにしがみついた。
「ここが僕たち、白の人の里だよ」
やっとついた里は思ってたより大きく、100人くらいはいそうな集落だった。周りは山に囲まれ、徹底して外界と隔絶さている。
まずは長に紹介するからと、里の中心の家まで連れて行かれた。
途中で会う人は突然だが白の人ばかりで、見慣れないクロの姿に驚きの目が向けられた。
「ようこそ。白の里へ。私が長のナギです」
里の長だと紹介された人物は、目を包帯のようなもので巻いた長い髪の女性だった。
上座で正座をしている姿は美しく、神々しさすら感じさせる。
『思ってたより若いな。30歳くらいか?』
長というと老人をイメージしていたクロは驚く。
「長。こちらがお伝えしていたシロと、同行者のクロです」
「イソラ、ご苦労様でした。あなた達のことはイソラから連絡を受けています。新しい仲間として歓迎しますよ」
長の話を聞いていると、クロは何か温かいものに包まれる感覚があった。
なんとなく心地よさを感じていると、今度はバチっと弾ける感覚があって温かさが無くなった。
「?」
クロが不思議に思っていると、横から不機嫌な空気が流れてくる。
見ると、シロがすごく怒った顔をしていた。
「ふふ。ごめんなさい。私は目が見えないから、糸であなた達の姿を知ろうとしたのだけど。彼に触れられるのはイヤだったのね」
長が微笑ましく放った言葉で、あの温かい感覚は長の糸に触れられたものだったのだとクロは理解した。
『なら、そのあとのバチっとしたのはシロが糸で邪魔したのか?なんで?長は悪い人じゃなさそうだけど』
シロはまだ警戒を解いていない。
それでも長は気にせず、イソラに里を案内するよう命じて笑顔でシロ達を送り出した。
「そう怒るな。長だって悪気はなかったんだから」
長の部屋をあとにして、イソラは不機嫌なシロを宥める。
シロはまだ憮然としていて、クロをイソラから庇うように自分の後ろにまわして手を繋いでいる。
「シロ。俺だって子供じゃないんだから。そんなに頑なに守らなくったって大丈夫だ。とりあえず手を離してくれ」
「……わかった。でも俺から絶対離れないで」
クロが必死に訴えて、シロはやっと手を離してくれた。
「まずは君達が暮らす家へ案内するね」
まだ警戒をとかないシロに呆れながら、イソラは小さな家の前まで2人を連れて行った。
「誰も使ってなかった家だから好きに使っていいよ。とりあえず掃除とかはしてくれたみたいだけど、必要なものがあれば言ってね」
六畳くらいの部屋に炊事場と風呂がついている。布団と小さな机が用意されていて、2人で生活するには十分だ。
「これだけあれば十分だ。助かるよ」
クロはきちんとした生活スペースが与えられたことに喜んでいる。
「里を案内してまわろうと思ってたけど、それは明日にしよう。今日はゆっくり休んだらいいよ」
「………明日から俺たちは何をすればいいんだ」
まだかたい姿勢を崩さないシロがイソラに問う。
「そうだね。シロ君は俺と一緒に修行だね。そのために来たんだろう。クロ君は……君さえ良ければ里の仕事を手伝ったくれたら助かるな。畑仕事や針仕事なんかを」
「ああ。それくらいなら……」
「イヤだ。クロはずっと俺と一緒にいる」
何もせず世話になるのも忍びないのでクロはイソラの提案に乗ろうとしたが、シロが激しく拒否を示した。
「………う〜ん。そうか。まあクロ君は客人みたいなものだから無理強いはしないけど。とりあえず2人で話し合ってみたら」
そう言うと、イソラはさっさと家を去ってしまった。
残された2人はいったん家の中に落ち着き、クロはシロを問い詰めた。
「おい。なんだよ、あれ。俺は修行についてっても役に立たないんだから、何か仕事してたほうがいいだろ」
「…………」
シロはブスッとした顔のまま返事をしない。
「何をそんなに怒ってるんだよ」
「………お前、長に何されたかわかってる?」
膨れっ面のままシロから返事が返ってきた。
「え?何って……よくわかんないけど、なんかあったかい感じはしたな」
シロの頬がさらに膨らむ。
クロがちょっと面白いなと思い始めたら、急に体中に何かが触れる感覚があった。
「ちょ、何これ。く……くすぐったい……」
突然の奇妙な感覚にクロはあははと笑いだす。
「クロはこんな風に全身糸で触られてたの。見えてないからって好き放題に」
シロの怒りと警戒がやっとわかった。
クロを勝手に触ったことと、糸の見えないクロが白の人だらけの中で何をされるかと心配しているのだ。
クロが理解したのを感じ取ったのか、シロは糸をおさめた。
「はぁ。………まあ心配するのもわかるけど。じゃあ、とりあえず明日はお前と一緒にいようか?どうするかは里の様子を見てから決めたらいいだろ」
気持ちが伝わって少し落ち着いたのか、シロは「それなら」と納得してくれた。
その晩は2人で食事を用意し、風呂に入り、並んで眠った。
食材も十分に用意されているし何不自由ない待遇だ。クロは里の人たちが自分に害をなすとは思えないけどなと考えながら眠りについた。
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