糸が紡ぐ物語

白い蜥蜴と黒い宝石

第1話

白い蜥蜴が戦場を走る。

真っ白な髪、真っ白な肌に赤い眼が光り、白い服は返り血で赤く染まる。

左の腕を切り落とせば、右手で相手の首をはねる。

右の脚が折れれば、先ほど切り落とされたはずの左腕で折った者の腹を貫く。

そうして戦いが終わる頃。傷ひとつない白い手脚をぶら下げた体で不気味な笑顔を浮かべ、戦場を去る蜥蜴の姿があった。

世界は戦で溢れている。

この大陸では小国大国入り混じり、あちこちで領土を巡る戦がおきていた。

軍事力に力を入れる国。交渉術で生き残る国。傭兵を雇う国。

白い蜥蜴がいるのは金で戦闘に参加する傭兵団だ。今は戦闘が終わったばかりで、怪我人を手当てしたり帰路につくための支度をしたりで団員は騒がしくしている。

「おい、シロ。お前いい加減その戦い方やめろよな」

艶やかな黒髪に黒い眼をした少年が不機嫌な顔である少年に苦情を訴えている。

苦情の矛先のシロと呼ばれた少年は、先ほどまで戦場を駆け巡っていた白蜥蜴である。その名の通り白い髪に白い肌で、どこか人らしからぬ雰囲気を漂わせている。

「え〜。別にいいじゃん。すぐ新しいのが生えてくるんだし。痛みも感じないし」

「お前が痛くなくても、見てる方が痛いんだよ」

「ははは。クロは相変わらず怖がりだなぁ」

生まれつきなのかわからないが、シロの手脚は切られてもすぐ新しいものが生えてくる。

もともと手脚を怪我しても痛みも感じずすぐ治るので、周囲には不思議がられていた。7歳の時に両脚の膝から先を無くす怪我をした時に、新しい脚がメキメキと生えてきたのだ。

どうやら自分の手脚は替えがきくらしいと気づいた少年は、16になるなり傭兵団に参加した。産まれてすぐに捨てられていた自分を、拾って育ててくれた恩返しのつもりなのだろうか。

手脚を切り落とされても襲いかかってくる白い怪物として、戦場にでてわずか1年でシロの存在は有名になっていた。

「俺が有名になれば傭兵団も有名になって仕事がいっぱい入ってくるし、いいじゃないか。白蜥蜴を恐れて敵が逃げてくれれば、更にいいし」

白蜥蜴はシロの二つ名だった。トカゲの尻尾のように手脚が生えてくる白い怪物。

実際シロが有名になることで傭兵団の仕事は増えたし、その異様な姿に逃げ出す敵もいた。

「そういう話じゃねぇだろ。父さんも母さんもお前が自分の血で血塗れになって帰る度に心配してる。みんなもお前を犠牲にして有名になったって喜ばない」

クロと呼ばれた少年が怒りをぶつける。

クロはシロが拾われたのと同じ時期に産まれ、兄弟のように育てられた。シロにとってはなんでも言い合えるが口うるさい存在だ。

「こんなバケモンみたいなガキを拾って大切に育ててくれたんだ。こんくらいの見返りもらったって罰当たんないよ」

クロの怒りもサラッとかわし、「腹減った〜」とシロは食事の配給をもらいに行ってしまう。

「まだ話は終わってねぇぞ！」と叫ぶクロを残してあっという間に姿が見えなくなった。

シロが食事を貰いに行くと、配膳担当の男性が笑顔で話しかけてきた。

「お、シロ。今日も派手に斬られてたから腹減ってるだろ。しっかり食えよ」

「ありがと〜。腕が生えてくるのは便利だけど、腹が減るのはめんどくさいね」

手脚の再生には大量のエネルギーを使うらしく、戦闘のあとのシロは異常なほど大量の食事を必要とする。

「またクロに絞られてたな」

「そうなんだよ。アイツこそ危険な傭兵なんかせずに、村に残って畑仕事すりゃいいのに。どうせ俺は里の仕事は向いてないんだから適材適所だよ」

傭兵団には隠れ里があり、戦場に出ないものは里で仕事をする。クロは畑仕事が得意なので里に残ると思われていたが、シロが戦場に出ると聞いて無理矢理ついてきたのである。

「お前が心配なんだろ。赤子の頃からずっと一緒なんだ。少しはアイツの気持ちもわかってやれ」

「ほんなほほひったってはぁ」

口に食べ物を山ほど詰めて、シロは複雑な表情をする。「食うか喋るかどっちかにしろ」と言われて大人しく食べる方に専念した。

その頃、クロはというとブツブツ文句を言いながら移動の準備を手伝っていた。

「全く。シロのやつ。父さん母さんだって心配してるのに。戦に行くのはいいとしても、もっと他の戦い方があるだろ」

「相変わらず苦労しているな、クロ」

不意に話しかけられてクロの動きが止まる。

振り返ると傭兵団のリーダーが笑顔で立っていた。

「イリスさん」

「すまないね。私が不甲斐ないばかりにシロに負担をかけてしまって」

「いやいや！イリスさんのせいじゃないです！アイツはどんな状況だろうと何を言われようと、やりたいようにしかやりません！」

クロはブンブンと手を振り必死にイリスを励ます。

「シロは優しい子なんだろう。みんなのために自分ができることを精一杯やっているんだ。でもどうにも危なっかしい所のある子だからね。クロが支えてあげておくれ」

「はあ。まあ兄弟同然に育ったんで、嫌ですけど面倒は見ますよ。嫌ですけどね」

クロのゲンナリした顔にイリスは苦笑する。

傭兵団一行は里への帰り道を進む。物々しい集団にすれ違う人々からはなるべく距離を取られた。

そんな中、行列の真ん中で荷車をひくクロを見てすれ違う男達が囁きあう。

「おい。見ろよ、あのガキ。あんだけ見事な黒髪なら、相当高く売れるんじゃねぇか？」

「ほんとだ。なんで傭兵団なんかにいるんだ？売り飛ばしゃかなりの金になるだろうに」

「案外売られてきたのかもしれねぇぜ。ほら、傭兵団には多いっていうからな」

男達が下卑た笑いをあげる。

この世界では黒髪は珍しいもので高値で取引される。切られた黒髪そのものも、黒髪を持つ人間も。

特にクロは漆黒と言えるほどの艶やかな黒髪を持っているので、男達のような反応をされるのは珍しくない。

『………シロのこと言えない。俺だってこの髪のせいで狙われる可能性があるんだから。里で大人しくしてたほうが心配かけないのに。団のみんなにだって気を使わせてる』

男達の言葉にクロが暗い顔をする。

横にいるシロがそれに気づいて話しかけてきた。

「クロ〜。見て見て〜」

「なんだよ、シロ。今話しかけられたくな……」

鬱陶しそうに返事をするクロの顔がかたまる。

視線の先では、シロが笑顔で切り取られた腕を持っていた。

「おま………何やって………」

「ほいっ」

そのままクロに下卑た視線を向けていた男達に腕を投げつける。

男達は悲鳴をあげて逃げて行った。

「何やってんだ、お前！」

突然の意味不明な行動に、クロはシロの肩を掴んで揺さぶる。揺さぶられてる張本人は緩い笑顔でされるがままだ。

「いきなり通りすがりの人間に腕投げるって、何考えてんだよ」

揺さぶっても何の効果もなかったので、クロはただ項垂れる。

「え〜。でもこっちを人間扱いしないヤツ、別に人間扱いしなくてもいいじゃん」

シロはケロッとした顔で答えた。その言葉にクロは複雑な気持ちになる。

行動が突飛なのでわかりにくいが、シロはクロのことを大切に思っている。今の奇行もクロを傷つけた男達への意趣返しだったのだろう。

『シロは優しい。そんなのわかってる。でもそのために自分が傷ついても気にしないからイヤなんだ』

「でも腕を投げるのはやめろ。俺のために自分を傷つけるようなことはするな」

「別に腕くらい大丈夫だけど、クロがそう言うならやめるよ。次からは馬の糞でも投げようかな」

とりあえず腕を回収してくる〜とシロは列から出て男達がいた場所まで走って行った。

今回の戦場は里からさほど離れていなかったので3日ほどで帰れた。

団員は各々家族の出迎えを受けて家に帰っていく。シロとクロにも両親と双子の妹が迎えに来てくれていた。

ちなみにクロの髪は母のサラ譲りだが、妹達は父のアイトに似て茶色い髪をしている。クロは妹2人が産まれた時、自分と同じ苦労を背負わなくて良かったと安堵した。

「疲れただろう。風呂を用意してあるからとりあえず入っておいで」

父に背中を押され、シロとクロは風呂へと向かった。

「あ〜。生き返る〜」

「極楽だね〜」

体の汚れを落とし、2人で湯船に浸かる。

風呂はのびのび入りたいというアイトの意向で、この家の風呂はかなり大きい。2人で入っても余裕だ。

戦場から帰ってどっちが先に入るかなんてくだらない争いをしなくて済むので、2人は父親に感謝している。

「今回はミミに何も買って帰れなかったからなぁ。文句言われそうだ」

家に帰れてシロは上機嫌だ。ヘタな鼻歌を歌ったり、たわいないことを話しかけてくる。

ミミとは双子の姉のことで、いつもお土産に髪飾りやらをねだってくる。

「もう十分持ってるだろうに。外に行くたびに買って帰るなんてできねぇよ」

「ニニはいよいよ木刀じゃ物足りなくなりそうだな。俺の剣を奪って振り回しそうな気がする」

「絶対渡すなよ。危ない。ニニは本当にやんちゃで心配になる。傭兵にだけはなってほしくないのに」

「過保護だな〜」

あははとシロが笑う。心配性のクロに対してシロは楽観的で、お転婆な双子の妹のニニに稽古をつけてやったりしている。

「俺はクロにも傭兵やめてほしいけどね〜。畑仕事の方が向いてるよ」

「なんだよ。今更。お前が傭兵やめたら俺もやめるよ」

それだけ言ってクロは先に風呂を上がってしまう。残されたシロは「残念。説得失敗〜」と言いながらまた鼻歌を歌っていた。

風呂から上がり、クロは旅の間にでた2人分の洗濯をしている。そこにサラがやってきた。

「疲れてるだろうに。洗濯くらいしておくからゆっくりしたら」

「いや、自分のことは自分でしないと。それよりお腹空いたよ。洗濯終わったら何か食べさせて」

「はいはい。じゃあ用意して待ってるわ」

サラが去るのを見て洗濯を再開する。次に取り出したのはシロが戦場で着てた服だ。血で真っ赤に染まったその服を見せたくなくて、洗濯は全てクロがしているのだ。

「どうせなら最初から赤い服着りゃいいのに」

文句を言いながら血を落としていく。

シロは戦場では必ず白い服を着る。全身白で目立つことと、その服が赤く染まる様で周りに恐怖を与えるのが目的だ。

何もかもがシロが戦場で戦うことが運命だと言ってるようで。クロは洗いながら白い布を破り捨ててやりたい気持ちになった。

次の戦までの間、シロとクロは里でのんびりと過ごした。

畑仕事をすれば、クワをふるのは上手なのに収穫やら種まきになると急に不器用になるシロにクロは不思議な顔をする。

かたや裁縫でも料理でも何でも器用にこなすクロに、「やっぱり里に残ればいいのに」とシロは懲りずにこぼしている。

だが里での日々は長くは続かず、また戦の依頼が入る。今度は遠方なのでしばらく帰れないと、家族に別れを告げて出発した。

すると、通りかかった町で妙なことを耳にする。

「なあ。あの白いガキ。まるでキタみたいじゃねぇか」

「ほんとね。キタ以外にあんな姿の人間がいるなんて。気味が悪い」

町の大人達がシロをチラチラ見ながら話している。クロが内容に耳を奪われていると、噂の張本人が大人達に突撃していった。

「俺みたいなヤツがいるってホント？」

突然話しかけられ大人達は驚きで仰け反る。それを気にせずシロはグイグイ距離を縮めていく。

「あ、ああ。町の外れの家にキタってヤツが住んでるんだよ。お前みたいに白い髪で赤い眼をしてる」

「ふ〜ん。そうなんだ。ありがと」

聞きたいことを聞いたら、シロはあっさりとみんなの所に戻ってきた。

「何考えてんだよ」

「別に〜」

自分と同じような人間がいるという話へのシロの反応がイマイチ分かりづらくて、クロは警戒してシロの様子を伺い続けた。

その夜。一行は噂を聞いた町からほど近いところで野宿をしていた。

みなが寝静まった頃に、誰かが町の方へ向かって歩いていく。

『シロのヤツ。やっぱり町で聞いた話が気になってんじゃねぇか』

町へ向かうシロのあとをクロが尾ける。

シロはクロに気づいているし、クロも気づかれていることを知っている。だがお互い無視して町外れの家へ向かった。

クロが木の影から見張る中、シロは家の扉をノックする。

「………誰だ」

明らかに警戒した低い声が中から聞こえる。

「あの〜、俺、あなたに話があって。ちょっと扉を開けてくれませんか」

どう考えても開けてくれそうにないシロの言葉。クロが「いや、さすがにそれは無理だろう」と思わず呟いた途端、意外にも扉が開かれた。

「うわ〜。ホントに俺と同じだ」

出てきたのはシロと同じ白髪、白い肌、赤い眼をした男だった。車椅子に乗っており、疲れた顔をしていて30歳にも50歳にも見える。

「何の用だ。俺はお前達の仲間には不適格だったんだろ」

男は吐き捨てるように言う。

クロは何のことかわからなくて戸惑う。

「不適格って何のこと？仲間って？」

シロはわからないので素直に聞いてみた。

男は訝しげな様子だったが、シロの裏表のない雰囲気にポツポツと話しだした。

「アイツらの仲間じゃないのか？」

「だからアイツらって誰？俺は俺と同じ見た目の人がいるって聞いたから会いに来ただけだよ」

一向に進まない話にクロがヤキモキしていると、男は驚くことを言いだした。

「お前、手や足を切られても再生するだろ」

「うん。おじさんもそうなの？」

「ああ。この見た目のヤツらはみんなそうだ。突然変異っていうやつらしい」

「そうなんだ。俺だけじゃないんだね」

「………お前、これができるか？」

男が近くに落ちている石に視線を向ける。すると、石が50cmほど浮き上がった。

クロは驚きで目を見開くが、シロは冷静だ。

「できるよ。ほらっ」

今度は先ほどの石より一回り大きな石が目線の高さまで浮き上がる。

それを見て男は何かを納得したようだった。

「なるほどな。両手脚を普通に動かしてるし、お前ならアイツらの仲間に入れるかもな」

「だからアイツらって何なんだよ」

「俺たちと同じ突然変異の人間の集団だ。今使った力を持ってるヤツらだ。俺は力が弱いから仲間に入れなかったが、お前ならいけるかもな」

「え〜。俺はもう仲間がいるから別にそいつらに興味はないよ」

「………そうか。幸せなことだな。だがいつまで仲間だと言ってもらえるかな。所詮俺たちは人の枠から外れた存在だ」

そう言うと男は扉を閉めてしまった。

クロが呆気に取られてるとシロがやってきた。

「戻ろっか」

シロはクロの手を引いて歩いている。2人とも無言だ。

聞きたいことはたくさんあるのに、頭の中がグルグルしてクロは何も言えない。

「俺みたいなヤツが他に何人もいるんだって」

急にシロが話しだした。

「案外珍しくなかったんだね、俺。折角のレア感が減ってショック〜」

冗談めかして話すシロに、クロは何と言えばいいかわからない。

「………クロ、どうしたの？」

シロが心配そうにクロの顔を覗き込んでくる。

「あ、いや、お前、自分と同じヤツらと会いたいか？」

思わず出た言葉にクロは自分で驚く。

『違う。聞きたいことはそうじゃない』

「う〜ん。会ってみたら面白いかもしれないけど、別にわざわざ会いに行こうとは思わないかなぁ」

少し考えたあとにシロはそう答えた。

「いいのか？今回だってお前と同じヤツがいるっていうから、わざわざ会いにきたんだろ？他にもいるなら、会いたいんじゃないのか？」

「いや、いいよ〜。今回はちょっと確認したいことがあったから会いに来ただけだし」

「確認したいことってなんだ？」

「それは………あ、戻ってきたね。とりあえず寝よう。明日も朝早くから移動だし」

「あ、おい………」

シロは話を切り上げてさっさと歩いていってしまう。クロはもっと問い詰めたかったが、騒いでみんなを起こすといけないので大人しくついていくしかなかった。