第7話 分かれ道

「本当に、丸一日自習で終わったな…。」


終業の鐘をききながら、蓮司は思わずつぶやいた。

他の生徒たちも困惑の表情を浮かべている。

普段の授業は退屈でつまらないと思っていたが、無かったら無かったで味気ない一日であった。


蓮司は帰り支度をすると、小田切のところへと向かう。

帰宅部同士のふたりは、いつも一緒に帰っており、寄り道したり互いの家に遊びに行ったりしていた。


「行こうぜ。」

「…おう。」


どことなく感じる距離感。

先ほどから、なんだか小田切とは上手く会話ができていない。

不穏な空気感のまま、ふたりは校門を出て帰路についた。


「蓮司~! 小田切くん!」


歩いていると、ふいに後ろから叫ぶ声が聞こえる。

振り返ると、葵がパタパタとこちらに駆けてくるところだった。


「あれ、部活はどうしたんだ?」

「なんか、今日から1年B組の生徒は来なくていいって言われて。」


葵はふたりに追いつくと、ちょこんと横に並ぶ。

登校はいつも一緒だったが、帰りも一緒になるのは珍しかった。


「それってまさか…。」

「うん。たぶんゲームってやつのせいだと思う。」


葵は不満そうに答えた。

毎日部活に精を出していた彼女にとっては、楽しみを奪われてしまった形となる。

しかし、授業だけじゃなく部活もなくしてしまうなんて、やりたい放題ではないか。


「授業もなくなっちゃうし、部活もできないし、あの生徒会長、何なのよ!」

「理由は先ほど説明したはずだ。それで理解できないのなら、自分の頭を呪うがよいさ。」


すぐ背後から聞きなれない声がした。

まさか――。振り返るとすぐ後ろに九条生徒会長、その人が立っていた。


「うわあああ! ごめんなさい、いるの気づかなくて。」


葵が悲鳴をあげる。


「ふん。これから熾烈な戦いを行うというのに、隙だらけだぞ。」


九条がぴしゃりと言い放った。

近くでみると、九条の顔立ちはかなり整っており、すらりとした長身も相まって芸能人並みにオーラがある。

そして自称どおり、かなりの巨乳であることが制服の上からでも伺えた。


「そして、お前が立花蓮司だな。」

「え? まあそうですけど。」


いきなり名前を呼ばれて、蓮司はきょとんとする。

凡庸で無名な自分の名を知っているなんて、何かやらかしてしまっただろうか。


「いいか、ゲームで勝つのに必要なのはパートナーとの信頼関係だ。一人の力では決して勝つことはできん。」

「パートナー?」


聞き返す蓮司に、九条は頭を抱える。


「お前も話を聞いていないのか。ゲームは2人1組で行うと言っただろう。」


さもこちらが悪いかとのように言ってくる九条だが、自分が説明を端折りまくっていたことは棚に上げている。


「ともかく、パートナーとはよく会話しろ。どんなに状況が悪いと思えても、協力すれば道は開ける。パートナーを信じるのだ。かのアレキサンダー・グラハム・ベルも言っていただろう。"偉大な発見や改革には常に多くの人の知性による協力が不可欠である。"と。」

「はあ…。」


全然知らない偉人の名前を出されて、蓮司はますます混乱する。

そもそも、ゲームの内容も分からないのに言われても、全然ピンと来ないのである。


「それで、パートナーって、誰のことなんですか。」

「ふ…。それは当日のお楽しみさ。」


やはり肝心なところは話さないまま、生徒会長は颯爽と立ち去っていった。

その後ろを、どこに隠れていたのか、黒服の女性たちがぞろぞろとついていく。


「あの黒服の人たち、一体何なんだ…?」

「たぶん、執事とか、そういう人たちじゃないかしら。あの人お嬢様らしいし。」

「あんなに人数がいるのかよ。」


もはや突っ込んだら負けなのではと思うほど、浮世離れした女である。


「でもわざわざアドバイスしに来るなんて、蓮司って生徒会長のお気に入り?」

「そんなわけねーだろ。会うのも今日が初めてだぞ。」


葵の言葉に、蓮司は反論する。

思い当たる節は全くなかったし、あの生徒会長のお気に入りなんて、むしろなりたくはない。


「まあでも、蓮司って、ああいう綺麗な顔の人好きよね。あと胸も大きいし。」

「あんなタイプの人、好きになったことなんてねーよ。」

「そうかしら。ほら、中学生のとき好きだったあの人、どこか九条先輩に似てない?」


葵はニヤニヤしながら続けた。

彼女とは付き合いが長いので、蓮司の過去の片想いの遍歴や、女性の好みを握られている。

確かに、中学時代はすらっとした長髪の美人に熱をあげていた時期もあった。


「に、似てねーよ。似ててもあんな性格の人は願い下げだわ。」

「慌ててる。何か心当たりがあるのかしら。」


蓮司の反応に葵はうふふ、と満足そうに笑う。

からかわれた蓮司もふっと吹き出し、ふたりで笑いあった。


「ごめん! やっぱ俺、別で帰るわ。」


ふいに背後から小田切の声が聞こえた。

振り返ると、蓮司たちの少し後ろ、ちょうど道が分かれるところに小田切は立っていた。

思えば先ほどから一言も声を発していなかった。いつの間にか立ち止まっていたらしい。


小田切はこちらの返答を待たず、ぷいっと反対側へと顔を向け、路地の向こうに消えていった。

その背中はどこか物悲しく、蓮司は嫌な胸騒ぎを覚える。


「小田切くん、どうしたのかしら。」


葵が不思議そうにつぶやいた。

屋上での会合に参加していなかった彼女は、小田切の異変には気づかなかったようだ。


「もしかして、私のせい? お邪魔だったかな。」

「いや、たぶん違う。あいつも色々あるんだよ。」


蓮司も知ったようなことは言うが、小田切が何で悩んでいるかは依然として謎なままだった。


そのあとは葵とふたりで帰ったが、やはり頭は小田切のことを考えていた。

ゲームが始まれば、あいつがおかしくなった理由もわかるのだろうか。


「そういえば、葵は誰か付き合いたい人とかいるのか?」

「な、な、なんで急にそんなこと聞くの!?」


何の気なしに行った言葉に、葵は珍しく大慌てになる。

真面目ぶった表情は消え、赤面する様子は普通の女の子そのものであった。


「いや、ゲームの賞品って、誰でも好きな人と付き合える権利じゃん? 葵はどうなのかなって思って。」


蓮司は淡々と補足する。

葵は恥ずかしそうに目を泳がせながら、小さな声で答えた。


「わ、私は別に、誰でもいい、かな。」


誰でもいい、か。意外とみんな好きな人などいないのだろうか。


「そういうもんか。小田切も似たようなこと言ってたな。」

「そうなんだ。小田切くんてなんか一途そうなイメージだったけど。」


葵の言うとおり、昼間の小田切の答えは少し意外なものだった。

しかし、今日の様子を見る限り、あの発言も真意は定かではない。


「なんか、たった一日で考えることが増えちまったな。」


蓮司は茜色に染まる空を見て、ポツリとつぶやいた。

昨日までは平凡にお気楽に生きていたというのに、明日からはどうなるか想像もつかない。


「蓮司がいつも何も考えてないだけでしょ。」


葵がそう言い終わったところで、ふたりは蓮司の家の前にたどり着いた。


「じゃあね、蓮司。明日はちゃんと起きなさいよ。」

「はいはい。葵もまたな。」


蓮司は手を振って去る葵を見届けると、玄関の扉を開けた。

自室に戻ると、1冊分空いた本棚のスペースを見つめる。

これから何が起ころうとも、蓮司のささやかな挑戦は続く。

"いつか"必ず、美咲と仲良くなって見せる。蓮司はそう、思うのだった。


第1章 破廉恥ゲームのはじまり 終

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