破廉恥ゲーム 〜天使は裸を晒さない〜

遊び心さん

プロローグ

プロローグ

この世は神秘で満ちている。

立花 蓮司(たちばな れんじ)は、手のひらを通じて伝わる感覚を噛みしめながら、しみじみと思った。


科学が発展した今日においても、人類はいまだに解明できない謎に囲まれて生きている。

例えば、生活に身近な存在である鏡も、なぜ目の前のものを左右対称に映し出すのか、正確な原理はわかっていないという。

そんな簡単なことすら解明できないなんて、人類が自然の神秘の前ではいかに無力な存在であるかを思い知らされる。


そして、そんな無数にある神秘的な存在の、最たるもの。

それは"おっぱい"だ。


"おっぱい"は女性の胸にしか存在しない。

いかにふくよかな膨らみがあろうとも、男の胸を"おっぱい"と呼ぶ人はほとんどいないだろう。

それでいて、"おっぱい"は常に男たちの夢であり、目標であった。

一度視界に"おっぱい"が入れば、男たちは他のことが手につかなくなり、"おっぱい"に夢中になってしまう。

それは、まるで魔力でも持っているかのように、男たちを惹きつけて離さない。これが神秘と呼ばずに何だというのだろうか。

そして何より、"おっぱい"は簡単には見ることも触れることもできない。それが、"おっぱい"の神秘性を何よりも示しているのだ。


蓮司はそんなことを考えながら、再び手のひらの感覚に意識を戻した。

伸ばした両手の中には、まさにその"おっぱい"が存在していた。


無論、これまでの人生の中で"おっぱい"に触れる機会など皆無であった。

それゆえ、その恐るべき感触に度肝を抜かれていたところだ。


こんなに柔らかいものが、この世にあったとは――。世界はまだ知らないことばかりである。こうなると、知的探求心は止まることはない。もっとこの"おっぱい"とやらの、全貌を把握しなくては。

蓮司はその神秘的な膨らみをさらに揉みしだこうとし――ぱちん、と乾いた音が鳴り響いた。


「最低。」


目の前の女性、古川 美咲(ふるかわ みさき)が蓮司の頬を打ったのだ。まるで現世に降り立った天使のように美しい彼女だが、その目は冷ややかなものだった。蓮司はようやく我に返ると、慌てて美咲の胸から手を離した。


「ご、ごめん。つい夢中になっちゃって。」


我ながらひどい言い訳である。

今の蓮司は仰向けの美咲の上に馬乗りになっていて、傍から見ればまるで襲い掛かっているように見えるだろう。もちろんそんなつもりは毛頭ないのだが、彼女の顔は嫌悪感に溢れていた。


「あの、早くどいてくれませんか。」


いつになく他人行儀な美咲の言葉に胸を痛めながら、蓮司は彼女の体から離れ、床にぺたりと腰を下ろした。

美咲は冷静に着衣の乱れを直すと、すっと立ち上がる。


「これで私たちの負け、ですね。」


俺たちの、負け。

受け入れがたい事実だが、ゲームのルール上、俺たちはもう何もすることはできない。

これまでの努力も、今まで払ってきた犠牲も、すべて無駄だったのだろうか。


「それじゃあ、もう行きます。」


こちらのほうを見ようともせず、美咲は立ち去っていき、茫然と座り込む蓮司だけが部屋に残されていた。

負けた事実もさることながら、何より美咲の失望した目を思い出すと、胸がナイフで貫かれたように痛んだ。


「残念だったな。まあ、あの状況で彼女を守るなら、ああするしかなかっただろう。」


いつも間にか横に九条 梢(くじょう こずえ)が立っていた。

顔をあげると、彼女の短いスカートから覗く太ももが目の前に広がった。こんな時でも、パンツが見えないか確認してしまう自分がいる。


「ただ、その後は良くなかったな。」


九条は先ほどの"おっぱい"にまつわる一連の行為を咎めているようだった。


「だ、だって。"おっぱい"が、"おっぱい"が、俺の手の中に…。」


蓮司は目の前に両手を突き出し、ぎゅっと力を込める。

先ほどまであった神秘はそこになく、指がむなしく空を切るだけだった。


「だから言っただろう、"おっぱい"には魔力があると。お前はそれに飲まれたのだ。」


蓮司は彼女の言葉に愕然とした。

自分だけは他の男たちとは違うと息巻いていたのが恥ずかしい。自分なら"おっぱい"の魔力にも打ち勝ち、美咲を守れると思っていたのに――。

結局はその他大勢と同じ、性欲にまみれた猿に過ぎなかったのだ。


「だが、諦めるのはまだ早いぞ。ゲームのことも、彼女のことも。」


九条が蓮司のほうに向きなおり、ウインクする。本人はどや顔であるが、これまでの実績からして嫌な予感しかしない。


「どういうことですか? 俺はもう負けてしまったのだから、どうすることもできないじゃないですか。」


食い下がる蓮司をよそに、九条はくるりと振り返ると、コツコツと歩きはじめた。

その姿はいつもの、芝居がかった動きになっていた。


「忘れたのか? ゲームは3回ある、と最初に言っただろう。」


足を進めながら九条が答える。

確かにそんなようなことを言っていたような気がする。説明を受けた日のことが、遠い昔のように感じられた。


九条は部屋の突き当りまで進むと、颯爽とターンを決め、こちらをまっすぐ見据えて言い放った。


「次のゲーム、”水着剥ぎ取りゲーム”で勝てばいい。それだけだ。」


“水着剥ぎ取りゲーム“

物騒な名前だと思いながらも、蓮司はどこか胸の奥が高鳴るのを感じた。

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