舞台の上で
冬野 向日葵
第1話 舞台への招待
それは一人の構成作家のアイデアから始まった。
彼は知り合いの政治家にアイデアを持ち込んだ。
アイデアは高く評価され、議会を通り抜けた。
これは、そう遠くない未来のお話――
◆
夕焼けの日光が窓から差し込んでくる中、俺はソファに浅く腰かけている。
「もう世界から消えたいです……」
俺は目の前にいるカウンセラーの女性に、今の思いを正直に伝える。
「まぁ、それも生き方の一つかもしれないわね」
「俺のこと、引き止めたりしないんですか?」
「いやいや、わたしは人のことを否定なんかしないわよ。それよりも、これをみてちょうだい」
そういって女性は棚のほうへ向かい、しばらくしてから一枚の無地の封筒を取り出し、俺に差し出す。
「こんなのもあるんだけど、帰ってから見てみるのはどうかしら? あるお誘いが入っているの。お誘いに乗るなら、私じゃなくて書いてある連絡先に直接メールしてね」
「ま、まぁ参考程度に……」
俺は気力を失いながらも渋々とその封筒を受け取る。
「あら、今日はもう時間ね」
「ぁりがとうございました……」
その瞬間カウンセリングの時間は終わり、また苦痛の時間が始まると思うと胸が締まる思いをする。というか本当に締まればいいのに。
ヨレヨレになりながらもマンションの自室へと帰宅した。一人暮らしで、不登校。俺には頼れる相手などいないのだ。考える時間を減らしたい、その一心でそのまま寝ようと思ったが、封筒のことをを思い出してベッドに寝ころびながらリュックを手に取る。封筒を取り出し、糊をはがす。その中には、一枚のチラシ。
『最高の最期を作りませんか?
我々K社では世界から無くなってしまいたい方の有効活用として、デスゲームを企画することにしました。この度は第一回大会を開催するので参加者を募集しております。
メリット
・華のある最期を迎えられる
・大会は生放送プラットフォームniyaniyaで放送されるので注目を浴びて幸せを感じられる
・事前に同意書なく殺さないため安心安全のデスゲームです
・政府の承認を得ているため法律上の問題もナシ!
まずは話だけでも 連絡先:×××@△△△』
字を読み終えたとき、自分の中の不満が少し晴れた。
そうか、俺は社会から注目が欲しかったのか。床に散らばる賞状やメダルなんかじゃなく、巨大なステージの上でトロフィーを掲げる名誉を求めていたのか。
高校入学当初、事前にグループチャットが作られていることに気づかず、入学式の時から無視をされ続けたあの記憶。周囲が謎の話題で盛り上がってる中、教室の真ん中の席から立つことさえできなかった恐怖。
これなら、注目という幸せの中消えることができる。
気が付けばスマホを手に取り、メールアドレスを入力していた。
新しい希望を胸に、今夜はぐっすりと眠ることができた。
『K社 担当の吉田です。
この度はご連絡ありがとうございます。一度会って説明させてもらいたいので下記の日程のいずれかでK本社にお越しいただけないでしょうか?』
随分と丁寧な返事だ。本当にデスゲームか? だが俺には断る理由がないので今週はカウンセリングに行かず新幹線に乗ってK社へ赴くことにした。
「お待たせしましたー」
「わざわざ来ていただきありがとうございます。吉田と申します」
「わざわざご丁寧にどうも」
「それでは面談室にご案内します」
そうして連れられた面談室はカウンセリングの同名のものとは違い、ソファーも無ければ花瓶もない、ただオフィスチェアと机があるだけの部屋だった。
『K社 niyaniya担当 吉田』
名刺を差し出す彼。
「改めましてK社の吉田です。デスゲーム企画にご興味があるということでよろしいですね?」
「はい」
「ありがとうございます。それでは説明させてもらいます」
俺の目の前に出したのはチラシよりも細々と書かれた紙。
「一通り説明したいことはこちらの資料にまとめました。口で説明することもできますがどうしますか?」
「自分で読むほうがいいです」
俺は人の話を聞くのは苦手だ。苦痛でしかない。
『K社 第一回デスゲーム大会
・全国の医療・カウンセリング施設より参加者を募る ←テスト大会なので四名ほどを想定
・大会の様子は生放送プラットフォームniyaniyaにて配信を行う
・上記の配信はエンターテイメント作品として行うので参加者には演技をしてもらう
・気が付いたらほかの参加者共々見知らぬ場所にいた設定
・音声のほうは配信せず、声は別途アフレコする
・所要時間は約一時間程度
・四人→二人→一人の勝ち抜け形式を予定
・最終的に一人は生還という設定になるが、勝者自身の希望により絞首も可能』
「なるほど……」
確かに華のある内容な気がする。生き残ってしまっても最後には死ねるのか。ほかの参加者も同志というのもいい。
「いかがでしょうか?」
吉田さんが返事を促すので俺は迷わず、
「参加したいです」
と答える。
「ありがとうございます。ですが、もう少し手続きが必要です。引き返すなら今ですよ」
「かまいません」
「即答ですね。わかりました。では、こちらにサインを。これが最後のチャンスですよ、慎重にお考え下さい」
次に渡された書類には『同意書』と記されている。すべてを疑ってかかる性格の俺は細かな文字もよく読むタイプだ。そこには番組出演のための肖像権をはじめ、出演料等はないこと、そして参加者の生存権をK社が握ることが記されていた。
すべては最高の最期のためだ。俺は何回も文章を読んだうえで、紙に名前を書き記した。
「ありがとうございます。あなたの決意を歓迎します。それでは最後にもう一つだけ、番組内でのあなたの呼び名を決定させてください」
「本名じゃダメなんですか?」
「ほら、一応あくまでもデスゲームは空想上の存在じゃないですか。なので本名を出すとちょっと問題があるんですよ」
「なるほど」
「せっかくなので最期にふさわしくあなたが呼ばれたい名前を教えてください」
俺はいきなりの難題に頭を悩ませる。数分間考えた先にあったのは、一枚の男が描かれた、あるイラストだった。
「呼ばれたい名前とは違いますが、『KING』というのはどうでしょうか」
「……わかりました。せっかくあなたがつけた自分の名前です、深くは聞かないでおきましょう」
「それでは都内スタジオでお会いしましょう」
「ありがとうございましたー」
こうして話し合いは終わった。
俺の最初で最後の晴れ舞台、世界に一泡吹かせてやろうじゃないか。
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