Battle:8 執念と矜持
前回までのあらすじ:
生徒会の包囲網が迫る中、決死の覚悟と
エイジの助けによって監視から逃れる事に
成功したマヤは寄生虫型の使い魔を兵士に
植え付けて洗脳することで仲間たちの安全を確保しようと試みる。
しかし、微かに見えた希望の糸を断つように
生徒会はアクルスへ三度目の刺客を放ち、
彼の息の根を止める為に暗躍するのだった。
ー送迎急行、屋外ー
「死ねぇアクルス!」
キィン!
兵士がアクルスの脳天目掛けて両刃剣を
振り下ろすが正確な斬撃は鋭い右フックに
よって弾かれ、寒空に火花が散る。
「えっ」
ガッガッ、ドゴォ!
呆気に取られた兵士の顔面に二連続の
素早い拳撃が叩き込まれ、顎へのエルボーが
相手の脳を激しくシェイクした。
グ シ ャ ア ッ !
すかさず倒れ伏した相手の首を掴み、
角材に釘を打ち込むような顔面への強打で
意識を完全に刈り取ると、アクルスは
血塗れの拳を構えて正面から敵陣に突撃!
「させるか……このっ!」
ゴ オ ッ
大柄な兵士の繰り出した前蹴りがアクルスの
脳天にヒットして吹き飛ばされるが、彼は
列車の天井にクナイを突き刺して踏み留まり
何事もなかったかのように立ち上がる。
「うおおおっ」
これを好機と見た大柄な兵士は身を眺めて
アッパーカットを繰り出すが、やはりこれも
大したダメージにはならず数歩後退すると
四足歩行じみた姿勢を取り、列車の上を
滑るように移動して急接近!
「痛ってェなこの野郎!」
低姿勢のまま跳躍、相手の眼前に飛び出すと
回し蹴りを繰り出し、更に両脚で首を
挟み込みながら身体を捻って一回転する!
メ キ ッ
アクルスの体重と遠心力によって首を
へし折られた屈強な大男が糸の切れた
人形のようにその場に崩れ落ち、周囲の
兵士たちが戦慄する。
「そこをどけ、お前ら……」
「な、何をやってる!?早く殺すのよ!」
リーダー格らしき女の怒号によって後衛の
兵士が慌てて杖やクロスボウを構えるが、
アクルスはそんな事には興味がないとでも
言わんばかりに走り出す!
「うっ……動くな!動いたら」
「どけっつったろ!」
ヒュン! グシャッ!
型にはまった脅しを右ストレートが遮り、
詠唱を始めた兵士の杖が手裏剣によって
真っ二つに切り裂かれた!
列車の屋根という不安定な足場にも関わらず
今のアクルスはこの場にいる誰よりも早く、
女との距離を急速に縮めていく!
「くっ……役立たずが!」
「待ちやがれ!」
勿論、黒装束の女もそれを黙って見ている
訳ではない……降りられる場所を探して
全速力で逃げるが、男女の体力差と相手の
凄まじい執念もあり振り払う事は困難だ…
女は走りながら杖を構える。
「
バシュン!バシュン!
SF映画の光線銃を思わせる赤い閃光が
次々と発射されてはアクルスに着弾して
焦げた匂いと激しい煙を上げるが、
まるで効いていないかのように一切怯まず
獣じみた血走った目で走り続けている!
「てめえのピカピカ光る豆鉄砲なんかより
稽古の方が100倍キツいんだよっ」
「ひいっ!?」
その姿はまさに獲物に飛び掛かる野獣。
命中箇所から激しい煙を上げながらも
一切怯まず、逆に襲撃者を追い詰めてゆく。
「はうっ」
ガ シ ャ ー ン !
女が車両と車両の隙間を飛び越えようと
飛び上がった瞬間にアクルスの飛び蹴りが
命中すると、女は斜めに落下しながら
列車のドアを突き破って床に激突する!
「あっ、これ受け身間に合わn」
グ シ ャ ッ
そして、アクルスも飛び蹴りで姿勢を
崩したため車両内部に顔面から突っ込み、
同様の末路を辿ったのだった。
「……前が見えねェ」
アクルスはそう呻いて床に突き刺さった
自分の頭を引き抜こうとしているが
かなり打ち所が悪く、脳が揺れたのか
うまく立ち上がれない様子だった。
女の方はと言うと、直撃はしたものの
当たりどころが良く脳は揺れなかった上に
着地が僅かに早かった事でアクルスよりは
幾らか体勢を立て直せており、苦悶の声を
上げて身体を痙攣させる彼を尻目に何とか
立ち上がってふらふらと歩き出していた。
「ハハ……ハハハハ!間抜けなガキだこと…
やはり真に正しいのは我らだと、天は
理解されているのね……ハハ」
そう吐き捨てた女がドアに手を伸ばした
次の瞬間だった。
「いや……」
ガラガラガラガラッ!
「へっ?」
ドアがひとりでに開くとその向こう側から
180cm近い長身の魔族が現れ、女の表情から
希望という概念の一切が消失する……
「少年はしっかり役目を果たしてくれたよ」
ガシッ、ダン!
「あうっ」
相手が何か叫ぼうとした瞬間ラフロイグの
皺一つない手がその首を素早く掴み、
何とか逃げ出そうと必死にもがく足と足の
間に彼女の太腿が滑り込む。
「彼程合理的なものではないが…ボクも
室内戦闘に備えて武術は嗜んでいてね」
ニンゲン狩りという悪しき慣習の中で
サキュバス達は相手を傷つけずに拘束、
拷問して高純度の魔力を奪い取る末を
模索し、一部の血族は武術に辿り着いた。
今でこそ魅了魔法のようにスマートな
やり口を好む彼等だが、依然として
その本性は残忍な捕食者という訳だ。
「待てよ、そいつをぶちのめすのは俺だ」
だが、羊の中にも狼を殺す者がいる……
人の身でも魔族を上回る残虐性の持ち主が。
アクルスは額から血を流しながら苦無を
抜き、指先で回転させながら女を睨む。
「ダメだ、悔しいだろうが堪えてくれ。
拷問などしてもキミの気は晴れないぞ」
「そりゃ、ヒーローだから当然だろ……
アンタとは色々な意味で人種が違う。」
ヒュンッ!
アクルスの指先で踊っていた苦無が突然
軌道を変えて正面に飛び、女の顔から僅か
1mm足らずというギリギリの位置に
深々と突き刺さり、女が悲鳴を上げる。
「やめろッ!」
「そうはしゃぐな、手が滑っただけだ」
ラフロイグの怒号にも一切顔色を変えず、
アクルスは二本目の苦無を取り出して
再び指先で弄び始める……
「訳も分からず襲われたんで恐ろしくてよ…
さっきから手が震えっぱなしなんだ。
黒幕が分かれば少しは安心出来るんだが」
「………そうか」
口には出さないが、ラフロイグは感心した。
誠実な態度や情熱が交渉の鍵となり得る事は
多々あるが、その逆もまた然り。
少しでも焦りを見せれば相手に慢心が
生じてしまい、情報も引き出せなくなるが
この状況下で敢えて冗談を織り交ぜた脅迫を
行う事で余裕を演出し、緊張感を煽る。
「見ての通り……キミが襲ったのはまだ
ほんの小さな子供だ。今もこうして
必死に虚勢を張ってはいるが……きっと
恐ろしい経験だったに違いない」
ならば自分は彼の与えた恐怖を利用し、
捕虜との信頼関係を結ぶまで。
またしても、ラフロイグの下した判断は
限りなく英雄的なものであった。
「あれの何処が子供?少なくとも普通の
ガキじゃないわ……元少年兵か何かよ。」
「だとしても今は違う……挑戦者は皆、
チャンスを掴むため列車に乗り込んだ。
彼が過去と決別するつもりならボクは
喜んで彼の背中を押すつもりだ」
「フンッ、顔と腕っ節だけが頼りの
下級騎士が幾ら吠えた所でねぇ」
女があからさまに見下した態度を取る。
恐らく貴族階級の出身なのだろう、
ラフロイグの出自も知っているようだった。
「何とでも言うがいい。あの方から直々に
選ばれたという事実は変わらない」
「その後ろ盾ももうすぐ無くなる……
貴女の天下もあと半年と持たない筈よ」
ヒュン!
「うっ!?」
再び苦無が女の頬を掠め、発生した真空波が
化粧の乗った薄皮を斬り裂く……明らかに
殺意の籠った速度だ。命中すれば人間の
頭蓋骨を貫通し、刃が脳まで到達する。
「うるせえんだよブス」
女に睨まれながらもアクルスは薄ら笑いを
浮かべ、特権階級たる貴族を平然と愚弄し
目の前で中指を立てた。
「冒険者だの宮廷魔術師だのと大層な肩書で
誤魔化そうが結局やる事は殺し合い……
強い奴がカネを稼ぎ大勢を従える世界だ。
俺たちが目指してるのはそういう場所だ。
負け犬が必要以上に吠えてんじゃねェよ」
女は自身の虚弱さを悟った。
金貨の詰まった袋も、貴族としての地位も
今日に至るまでの研鑽も、今この瞬間は
全くの無為、無価値、無意味である事を。
例え、社会が定めたルールやヒエラルキーを
無視或いは軽視しても直ちに死にはしないが
弱肉強食という有史以前からの掟に
従わないものは確実に殺される事を。
認めたくはなかったが、認めなければ
数秒後の自分は冷たい肉の塊として列車の
窓からゴミのように捨てられる運命にある。
「さて……馬鹿が状況を理解できた所で
改めて質問をするぞ、ハンサム」
女の表情に恐れが浮かんだのを確認すると、
アクルスはラフロイグに尋問を促す……
「あぁ、そうだね……よくやってくれた」
「意外だな……怒り狂うと思ったが」
「ボク一人では難しかっただろう。
結果が出ずとも責める気は元よりないさ」
「やめろよ、試験でバッタリ鉢合わせたら
本気で顔面を殴れなくなりそうだ」
ー続くー
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