「勇者パーティに暗殺者はいらない」と追い出された俺が出会ったのは、「今すぐにここから立ち去れ」と追い出された聖女だった

松尾 からすけ

第一章 追放された暗殺者と追放された聖女

第1話 勇者パーティ追放

 誰もが生まれながらにしてもっているもの、職性ジョブ。それは才能と言い換えてもいい。"剣士"のジョブを持っていれば剣の扱いに長け、"魔導士"であれば魔法を自在に操る事ができる。まぁ、そのためには日々鍛錬を行い、ジョブの練度を上げなければならないが。

 ジョブは先天的なものであり、後から変わる事はない。どんなものを天から授かろうと、それと一生付き合っていかなければならないのだ。だから、自分のジョブを恨んではいけない。


「――レオン、悪いがパーティを抜けてくれ」


 例え、ガキの頃からずっと一緒にいる男から、何の脈絡もなく突然そう言い放たれたとしても、だ。


「……は?」


 何を言われたのかわからなかった。窓から差し込む夕日で部屋が朱に染まる。その光を受け、俺の正面に座っているセドリック・メイナードの金髪が普段にも増して輝いているが、その表情には影が差しており、一切感情を読み取ることができない。


「……随分と面白くない冗談を言うようになったもんだな、セド?」


 凍り付いた思考を無理やり働かせ、なんとか言葉の意味を理解した俺が、務めて平静を装いながら声を絞り出した。


「俺がこの手の冗談が嫌いなことくらい君も知ってるだろ、レオン?」


 全くと言っていいほど抑揚のない声だった。深海のように重苦しい空気を払いのけるように、俺は大きく息を吐き出す。


「……理由は?」

「単純な話だ。俺達のパーティに君のジョブは必要なくなった」


 セドリックがさも当然とばかりに言い放つ。俺は首を左右に振った。


「それを本気で言ってんなら、お前は十年前に俺と縁を切っておくべきだったな」


 十歳になった時、誰もが受ける祝福の儀によって俺達は自分のジョブを知る。だから、俺のジョブをセドリックが知ったのは十年前の事だ。


「そもそも、なんでこのタイミングなんだ? ようやく魔王軍の四天王を倒したっていうのに」


 魔王軍の四天王を俺達の手で倒したのが一週間前だ。その報告で王都に戻ってきたこのタイミングで、唐突にクビ発言をされても納得できるわけもない。

 

「はぁ」


 腕を組んだまま壁に背を預け、これ見よがしに溜息を吐いた黒いローブを纏う女にゆっくりと視線を向けた。


「……なにか言いたげだな、シルビア?」

「ダメね、セドリック。はっきり言ってやらないと理解できないのよ、このバカは」


 シルビア・アルムハルト。ジョブは"大賢者"。おおよそ魔法が使えるジョブの中で最高位に位置するものだ。

 そんな稀有なジョブを与えられた彼女は、その気の強さを体現したかのような大きな釣り目でぎろりと俺を睨みつけてきた。


「なんでこのタイミングなのかですって? 四天王を倒したこのタイミングだからこそよ」

「意味が分からねぇな」

「本当に鈍い男ね。魔王軍の四天王を倒したあたし達はさらに手強い魔族と戦うことになり、ゆくゆくはあの魔王とも相対することになるわ」

「だろうな」

「そんな強敵と戦うのにお荷物がいたんじゃ、勝てる戦いも勝てないって話よ」


 ピクッ。


「……なんだと?」


 聞き捨てならない発言に、あらん限りの怒気をまといながら鋭い視線を向けるが、シルビアは全く怯むことなくまっすぐにこちらを見据える。


「幼馴染だからって気を使っているのかは知らないけど、セドリックが言わないからあたしがはっきり言ってあげるわ。……レオン、あんたは弱すぎて使えないのよ。これ以上、報酬目当てであたし達に付きまとうのは勘弁してくれないかしら?」


 シルビアの言葉が俺の心を真一文字に切り裂いた。その切れ味はどんな名刀をも遥かに凌駕するほどだ。


「大体、あたしは初めから言っていたはずよ? たちの悪い悪辣職性イリーガルとパーティを組むのは嫌だって」


 自分の心臓の音がやけにはっきり聞こえる。


「これまでは奇跡的にトラブルに見舞われなかったけど、魔王の幹部を倒した勇者パーティとしてあたし達はこれまで以上に注目されるわ。ただでさえ戦闘で足を引っ張られているのに、世間の評価にまで悪影響を及ぼしかねないあんたは邪魔なのよ」


 そして、決して大きくはないシルビアの声も、鐘を突くかの如く俺の鼓膜を乱暴に叩いた。


 シルビアとは昔から言い争いが絶えなかった。


 それはセドリックと二人で魔王を倒す事を誓い、そのための仲間として彼女を迎えた時からずっとだ。初めは俺のジョブに対して苦言を呈された。セドリックの隣にいるのは相応しくない、と言われたこともある。

 それでも、魔物や魔族との死闘を繰り広げていくうちに、少しずつ関係性は変わっていった。相変わらず口うるさくて俺のなす事いちいち文句を言ってくるような気に入らない相手ではあったが、そこには確かな信頼が芽生えていた。他の魔法を扱う者達とは一線を画するその才能を信頼し、シルビアができない仕事を俺がきっちりとこなす。互いに実力を認め、勇者パーティとしてより強くあらんとするために、時には激しく意見を交わしたりもした。それは本当に仲間だと思っていたからだ。


「もう義理やなれ合いでカバーできる状況じゃないの。弱いあんたのせいであたしが危険な目に合うなんてまっぴらごめんだわ」


 だが、そう思っていたのはどうやら俺だけのようだった。人形のように整った容姿から吐かれる言葉を聞いて、俺はそれを痛感した。


「…………」


 静かに視線を横へとずらす。その先にいるのは、こちらも"大賢者"に勝るとも劣らない希少なジョブである"大神官"のアリア・ダックワースだった。得意の光魔法でいつもパーティメンバーを癒してくれる心優しき女性だ。


「…………」


 そんな彼女がギュッと口を結び、俺とは目も合わせてくれない。いついかなる時でも分け隔てなく明るい笑顔で接してくれるというのに……それだけでアリアがシルビアと同じ思いであったことが思い知らされた。


「はっ……」


 出てくるのは乾いた笑いだけ。言葉をくみ上げる事が出来ない。これまでこの四人で必死に戦ってきたというのに、どうして突然見捨てられたのか全く理解できなかった。


「――身の程を知れという事だよ、ロックハート君?」


 聞き慣れない声が聞こえ、反射的にそちらへと顔を向ける。端正な顔にこれでもかと言わんばかりに冷ややかな笑いを浮かべた男が部屋へと入ってきた。予想外の人物の登場に、俺は大きく目を見開く。


「ネイキッド……王子……?」


 掠れた声で名前を呼ぶ。ネイキッド・アーサー・アルバート。この国アメリア王国の第一王子だ。そんな大物がなぜこんな場所にいるのか。

 戸惑う俺を見て、ネイキッドは増々笑みを深めた。


「魔王軍四天王である'絶氷'のベリアルの打倒おめでとう。どうやら君の仕事はここまでのようだ。ここからは僕がその後を引き継ごう」

「え……?」

「薄汚い悪辣職性イリーガルの身には余る賞賛の言葉をもらっただろう? もうそれで十分ではないか。これから先は国を背負う戦いだ。仲良しごっこを続けて生き残れるほど甘い世界じゃないんだよ。大人しく故郷に帰って畑仕事に汗でも流せ」


 ネイキッドがつらつらと言葉を並び立てているが、まるで頭に入ってこない。


「なに、これまでの働きを鑑みてそれなりの給金は出そう。まぁ、君の力ではないのだが、こんなにも素晴らしいパーティに少しでも関わる事が出来た君の幸運に対してだな」


 ただ一つはっきりしている事は、勇者パーティから俺を追い出して、この王子様を代わりにパーティに加えようとしているという事だ。そして、それに誰も異を唱えようとしない。王族にあまりいい印象を持っていないはずのシルビアまでもが、だ。


「おい、僕の話を聞いているのか? まったく、これだから悪辣職性イリーガルは……ん?」


 心底馬鹿にしたような態度を見せるネイキッドだったが、ふと何かを思い出した。


「あぁ、そういえば君の故郷はもうないんだったな」


 その言葉で俺の理性がはじけ飛んだ。完全に瞳孔が開いた状態でネイキッドに向けて右手を繰り出そうとする。


 ヒュッ……ドカ!!


 次の瞬間には部屋の壁に押し付けられていた。首に腕を押し当てられ、身動きの取れない俺は、眼前に突き立てられている見慣れた美しい剣から視線だけゆっくりと動かす。


「ネイキッド王子のおっしゃった通りだ」


 その剣の持ち主であるセドリックの声からは一切の感情を感じない。だが、その声よりも俺はその目を見て全てを察した。


「仲良しごっこは終わりなんだよ、レオン」


 この中の誰よりも長い付き合いだからこそわかる。


「魔王を倒すのに君は邪魔なんだ」


 その瞳にはありありと憎しみの炎が燃え上がっていた。


「勇者パーティに"暗殺者アサシン"はいらない」


 "大賢者"や"大神官"よりも更に希少で、魔族の王である魔王と戦う使命を帯びた"勇者"のジョブを与えられた親友の最後通告を前に、俺は項垂れる事しかできなかった。

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