第三章 星ノ山高校

第19話 初登校は西洋人形と共に

 ―――2025年3月31日(月)


 遂に待ちに待った日がやってきた。

 今日から高校一年生。珍しく、早起きが全く苦にならなかった。


 ―――六時、起床。


 布団を畳んで洗顔、口をゆすいでからコップ一杯の水を飲む。

 いろは姉さんは先に起きていて昨日と同じクラシックなセーラー服姿だった。

 髪に櫛を通し、テーブルに置いたコンパクトミラーを見ながら軽くメイクをしているようだ。


 外見に似合わず年相応の女の子みたいだなと感じつつ、母さんの鏡台を使えばいいのになと思いながら何気なく見ていると、鉛筆みたいなメイク道具を逆手に構えて威嚇してきたので速やかに退散。




 ―――六時半、朝食。


 生モノを優先的に消費したかったので、朝食は目玉焼き二つとトースト、ミニトマトとレタスのサラダを二人分用意した。

 朝からこんなに食べられない、目玉焼きよりスクランブルエッグがよかったといういろは姉さんを無視して一人で黙々と食べて歯磨きをする。

 歯磨き直後にいろは姉さんが、食べ残しのトースト半分を無理矢理口に突っ込まれたので窒息するかと思った。




 ―――七時、待機。


 距離から計算するに片道三十分あれば着くはずなので出発するには早いのだが、はやる気持ちが抑えられないのと、早めに到着してこれから同級生となる人たちを見ておきたいから出発することにした。

 なのに、いろは姉さんが部屋に戻ったまま出てこないので扉越しに先に行くよと声をかけたら、一緒に登校したいと返事があったので玄関先で待機。


 狂暴性を含んでいる身内の人間とはいえ、同世代の女の子と一緒に登校というのは学生のうちに絶対やっておきたい憧れのシチュエーションなので辛抱強く待つ。

 一緒に登校したいだなんて可愛いこと言うんだなぁと少しニヤニヤしてしまった。




 ―――七時二十分、出発。


 いろは姉さんの準備が整ったので出発する。

 散歩が待ちきれない犬の如く飛び出してズンズンと歩き出すと、首根っこをグイっと掴まれまた窒息しそうになる。少しだけ犬の気持ちが分かった気がする。


 急かすなゆっくり歩けと言われたので、いろは姉さんと歩調を合わせたら、想像よりもかなり遅かったので遅刻するかもと危惧する。

 考えてみれば、校舎は山の上なので上り坂を考慮していなかったため更に焦る。

 周囲に学生らしき人が見当たらないので不安が最高潮に達した。




 ―――七時四十分、駄々をこねられる。


 焦燥感のあまり、気が付けばいろは姉さんの手首を掴んで引っ張るようにして早歩きしていた。このペースならなんとか間に合うはずだ。

 いろは姉さんからは痛い、疲れた、遅刻でいいじゃんと散々文句を言われたが無視して引っ張る。

 止まる気配を見せない俺に痺れを切らしたのか、いろは姉さんはしゃがみ込むという強制的な抗議活動に出たので置いて行こうか迷う。


 三秒だけ悩んだ末、周囲に誰も人影がないことからおんぶして運搬することを決意し、本人の許可なく担ぎ上げてズンズン歩く。

 最初の三十秒ほどは頭をボカスカ殴られ、耳元で大音量でぎゃあぎゃあ言われたが初日から遅刻するわけにはいかないので無視した。

 無駄な抵抗だと思ったのか、意外とラクちんだと気付いたのか、人の気配がしたらすぐに降ろしなさいと言ったきり、抵抗しなくなった。

 俺の粘り勝ちだ。




 ―――七時五十八分、困惑。


 本当は五分前に到着できるペースだったが、少し手前でいろは姉さんが、そろそろ誰か居そうとか、あんたの汗が気持ち悪いとか言い出して自分で歩き出したので遅くなってしまった。到着予想時刻は八時丁度。

 結局、誰とも遭遇しなかったので杞憂に終わったのだが、それはそれで逆に不安になる。登校初日に他に誰も見かけないのは変だと思い今日の日付を確認する。


 脳内で勝手に四月一日(月)とイメージしてたせいで今日が三月三十一日(月)であることに今さら気が付き慌てる。

 四月からなのか?いや、杠さんは昨日、また明日って言ってたよなと混乱する。

 もし、これで実は明日からでしたとなったら、いろは姉さんに何をされるか想像すらできず恐怖する。

 ひとまず一人で先に正門まで全力ダッシュする。




 ―――七時五十九分、正門前到着。


 正門が近づくにつれ、ザワザワとした賑やかな声が聞こえてくるかと期待したが、聞こえてくるのは一向に自分が地面を蹴る音と木々の揺れる音、鳥のさえずりだけ。

 やがて坂を上りきり、正門が見え―――るかと思ったが、目の前には立派な大木が一本そびえ立っていた。

 しめ縄が巻かれていて、上の方には印が刻まれた緑色っぽい鳥の巣箱(?)のようなものが設置されている。恐らく『木』という漢字みたいな印。箱の中はどうなっているかは分からない。


 大木を周囲をぐるりと半周して反対側に行ってみたが、周囲に人影はなく自分の鼓動と風の吹き抜ける音しか聞こえてこない。

 やっちまったと思い、思わずしゃがみこんでしまいそうになったが、よく見ると正門から少し離れた木陰でぽつんと一人、文庫本を読んでいる女の子がいることに気が付いた。下を向いているし日陰なので顔がよく見えない。


 ひとまず、良かった間違ってなかったと思う気持ちが湧いたが、そのすぐ後から、この子も日にちを間違えただけなのでは?という疑念が追いかけてきた。

 まだ呼吸が荒いままだったが、確認せずにはいられないので声をかけるため近づいていく。


 ざりっ、ざりっという俺の足音で誰かが近づいてきたのだと気付いた女の子が顔を上げて視線をこちらへ向ける。

 ギリギリ声が届くぐらいの距離にまで近付くと、女の子が急にヒィィッ!!と小さな叫び声をあげ、慌てて文庫本を投げ出し逃げ出してしまった。

 長くて明るい金髪。一瞬、ヤンキーかなと思ったけど、身に着けているブレザーの制服が、これぞ模範的な生徒の見本だと言わんばかりにピッチリしていて、スカート丈も長かった。


 突然の出来事に困惑しつつも、その場に立ち止まって目線だけで彼女を追う。

 彼女は俺を軸にして円を描くかのような軌道で元来た道へと走っている。

 そのタイミングでちょうどいろは姉さんが到着したようで、女の子はいろは姉さんの背中に身を隠し、助けを求めるかのようにして震えている。


 いろは姉さんは突然の出来事に戸惑いつつも、ある程度状況が把握できたのか、俺と女の子の顔を交互に見た後、ニヤニヤしながら女の子に向かって一言、怖かったよねもう大丈夫だよと慰めている。

 



 ―――八時、謝罪要求。


 いろは姉さんが女の子を護衛しながらこちらへ歩いてくる。

 相変わらずニヤニヤしたままなので若干イラっとする。

 しかし、険しい表情でハァハァいいながら急に近づいてこられたら誰だって恐怖するよなと思い直し、またやっちまったんだなと自覚する。


 「ちょっとそこの男子ぃッッッ!! この子泣いてるじゃん、早く謝りなさいよ! じゃないと警察呼ぶわよッ!!」


 いろは姉さんの後ろに隠れたままの女の子は、いろは姉さんも震えていることを感じ取ったのか、より一層身体を縮こませて震えている。


 ……違うよ?いろは姉さんが震えているのは、恐怖しているからじゃなくて必死に笑いを堪えようとして震えているんだよ?と言いたかったけど、俺が恐怖させてしまったのは事実なので、言い訳だと捉えられて話がこじれると地獄を見そうなので言わないことにした。


 「……驚かせてしまって、すみませんでした」


  内心、こんな茶番に付き合ってる場合じゃないんだよなぁと考えていたら、それを的確に見抜いたいろは姉さんが追撃を仕掛けてきた。


 「ちょっと!! 全っ然、心こもってないじゃん!! とりあえず謝っとけばいいやみたいなのバレバレだよ?? 君、モテないでしょ??」


 再びイラっとした。前半は図星だけど後半はこの機に乗じたただの悪口だよね?

 俺といろは姉さんは、単なる冗談だと分かっているけど、女の子はそんな事情を知る由もないので、どう答えるのが良いのか返事に困っていると、女の子がほんの少しだけ顔を出してボソボソと何か喋り出した。


 「……も、もう大丈夫です、から。な、何か私に用事? だったのでしょうか?」


 「うわっ!メッチャ可愛い!?」

 「―――ッ!!?」

 「……」


 さっきは顔も良く見えず、ヤンキーなのか何なのかも分からずにいたが、いろは姉さんの背中から少しだけ見える顔はまるで西洋人形のように整っていて、透き通るような白い陶器肌が美しい。綺麗な長い金髪が太陽光に反射して、まるで後光が射しているかのように演出し、彼女の美しさをより際立たせている。


 意図せず漏れ出てしまった言葉に、しまったと思った時にはもう遅かった。

 背後に漂う天使のような白金の光を全部吸い込んでしまうほどの闇が、いろは姉さんをみるみるうちに包み込んだ。

 先ほどまでのニヤニヤした表情は欠片も残っておらず、今は般若のような怒気がこもった形相でこちらを睨んでいる。いや、むしろ山姥と言った方が近いかもしれない。今にも食い殺されそうな気がしてしまうほどの殺気を込めた視線にただただ恐怖する。


 「お前ぇ……どうやら本気で死にてぇみたいだなぁ?」


 指をポキポキ鳴らしながら、こちらへ一歩一歩力強く近付いてくるいろは姉さんの覇気を察したのか、ドールちゃん(仮)が慌てて後ずさりしている。

 俺は咄嗟に正門に背中がぶつかるまで後ずさりしたが、とうとう追い詰められてしまった。


 「ヒィィィ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!!」


 「歯ぁ~食いしばれやァァァ!!」


 「ヒィィィーーー!!」


 痛くありませんように痛くありませんように痛くありませんように……

 覚悟が決まらないまま歯を食いしばり、目をぎゅっと瞑って防御態勢で構える。


 「あらあら、もう、随分と仲良し、なのね? でも、暴力は、ダメよ??」


 正門の横、小さな出入口から救いの女神もとい杠さんがにこやかな表情で顔を覗かせている。

 俺は咄嗟に出入口へと逃げ込んだ。


 「あっ、おい! 逃げるなぁぁぁ!!」


 格好悪いところを見られてしまった恥ずかしさよりも、今はこの状況を脱出することの方が優先度が高かった。

 迷わず逃走を選択するぐらい、いろは姉さんは怖かった。


 「皆さん、立ち話も、なんですから、中へ、どうぞ?」


 杠さんは、にこやかな表情、おしとやかな雰囲気で正門前のいろは姉さんとドールちゃん(仮)を招き入れ、四人でそのまままっすぐ歩き出した。


 「あんたあとで説教ね」

 「いやもう終わったことだしさっき謝ったじゃん?」

 「はァ!? 終わってないから!!」


 「あの、私……もう大丈夫、ですから」


 「あらあら、永遠くん、モテモテなのね~? 妬いちゃうなぁ~」


 ウフフと小さく笑いながら救いの女神もとい小悪魔が爆弾を放り投げてくる。

 やっぱりこの人は猫のような、女神のような、悪魔のような……掴みどころのない人だ。なんて頭では冷静なことを考えつつも身体からは気持ち悪い冷や汗が吹き出している。


 「はァ!?」

 「いやいや!! その誤解だけは勘弁して下さいよマジで!!」

 「私……この人、とても嫌いですけど?」


 「だよね!? もっと言ってやれー!」

 「いや、急に背後から刺さないで!?」


 「私も、負けて、られないなぁ……」



 「……」

 「杠さんッ!! これ以上話をややこしくしないで下さいマジで!!」

 「あなた……下の名前で呼ぶなんて不埒ですよ?」

 

 「ウフフッ」


 地獄なんだか天国なんだか分からないけど、ただ純粋に『楽しい』ってことだけは心の底から実感している。

 憧れていた学校生活よりもちょっとだけ物理的にも精神的にも痛いけど、それでもやっぱり楽しいと感じている。

 こんなんだからいろは姉さんからドМだと軽蔑されるのだろうけど、それでもやっぱり夢にまで見た学生生活が始まったのだという実感が込み上げてきて、ただ純粋に嬉しくて嬉しくてたまらない。


 『四月の君は初恋の人と二つ上のお姉さん、西洋人形のような美少女と星ノ山高校で過ごしているよ』


 厳密に言えば三月最終日だけど、今年二月までの俺にそんなことを伝えたらどんな反応をするのだろうか。

 きっと俺のことだから一切信じないんだろうな。


 『妄想もたいがいにしておけ!そんな夢みたいな話あってたまるか!だけど……やっぱり憧れちゃうよなぁ』


 なんて、俺ならどこまでも夢見がちな思春期男子みたいなこと言いそうだなと思って一人で苦笑した。


 「きんもぉ……なに一人で笑ってんの?」

 「ヒィィッ!!」

 「永遠くんの、えっち」


 「笑うことも許されないとか、ここは中世ヨーロッパなの!?」


 「「「……」」」


 「えっ、急に無言? 俺、帰ります……」


 示し合わせたかのように三人が一斉にあははと笑い出した。

 また何かとんでもない発言をしてしまったのかとビビっていたが、そうではないようだったので一安心した。

 女の子は言葉や表情を交わさなくても意思疎通できるものなのだろうか?


 「あれ、帰るんじゃないの? ついてこないで?」

 「ストーカーなんですか? 防犯ブザー鳴らしますよ?」

 「しつこい子、嫌い、だなぁ」


 この場のノリが全然分からなくて今度こそ膝から崩れ落ちていると、まるで俺のことなど視界に入っていないかのように三人談笑しながらそのまま歩いてしまった。


 登校初日からいじめ?それとも本気で嫌われている?よく分からないまま顔だけ上げて視線だけで三人を追うと、十メールほど先で三人が立ち止まってこちらを見ている。

 というか、なんでこんなところにボロ雑巾が落ちてるの?みたいな顔をしている。


 「遅い!! マジで置いてくよ?」

 「ゴミはゴミ箱へ」

 「ロー、アングラー? 足が、好きなの?」



 いろは姉さんは相変わらず口が悪いけど、俺を気に掛けてくれているのが分かる。

 素直じゃないところが可愛い。からかいたくなる。


 ドールちゃん(仮)は仲間ができて安心したのか意外とノリがいい。そして真面目。

 無自覚なSっ気と顔が可愛い。クセになりそう。


 杠さんは相変わらず悪魔。手下がいるせいで悪魔っぷりが強化されている。

 顔もスタイルも声も言葉のセンスも雰囲気も何もかもが可愛い。ドストライク。



 「まずは先に、介護施設から、行こっか」


 杠さんが指さす先に視線を向けると、そこには校舎の正面玄関があった。

 三階建ての古い木造校舎。正門付近からでも分かるぐらい迫力がある。


 三角形の頂点を削り取った形、カタカナの『ム』の字みたいな形をした校舎で、ほぼ真南を向いている。

 学校案内のパンフレットには左側が学校で右側が介護施設と書いてあった。

 東西に延びる部分には職員室や校長室があるらしい。

 そんなことを思い出していたら、いつの間にか杠さんが先導して二人が歩き出していたので慌てて追いかける。


 杠さんさんからは、まだ特に説明は無かったが校舎の西側、つまりは向かって左側に寮の建物や食堂のような建物があった。

 一番手前の建物にあるいくつかの窓ではTシャツを干しているように見えるし、二番目の建物からは換気用の煙突や大型の換気扇、沢山の座席が見えているので恐らく間違いないだろう。

 更に奥にもう一つ建物が見えるが、どの窓もカーテンがきっちり閉まっているし、やや奥まっていることもあり何の建物なのかは分からなかった。後で何かしら説明してもらえるだろうから今は気にしないでおこう。


 そして、ついに校舎の中へと足を踏み入れる時が来た。

 きっと、十年先でもこの光景を忘れないと思う。

 期待と不安を胸に、俺は大きく一歩を踏み出した。


 ……そういえば、新入生はなのか?

 ……それに、どうしてこんなになんだろう?

 まぁいいや。それは後で分かるだろうから。

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