第13話 始まりの終わり、終わりの始まり
目の前の少女の存在をすっかりと忘れていた。
あれは、寝不足の果てに見た幻だったのだと無意識のうちに納得していたのだろう。しかし、突然目の前に現れた。
棒付きキャンディを咥えて気怠そうな表情を浮かべている制服姿の少女は、キャンディの甘さとは正反対の苦々しい雰囲気でどこか遠くを見ている。
『―――あ~、なんつーか、監視? できればいいんでしょ? じゃあ私が一緒に通えばいいってだけの話じゃないの?』
突然そう言い放たれた言葉に動揺しつつも、
これまでの温和な雰囲気の母さんとは違う、先ほどまでの苦痛に歪んでいた母さんとも違う。
見た目も、感情も、喋り方も、雰囲気も何もかも違う。同じなのは顔だけ。
母さんをそのまま一回りほど若返らせたという表現が最も当てはまるどころか、そうとしか言いようがないと改めて思う。
十年ぐらい前の母さんが
「いろはーーーッッッ!! あんた、自分が何をしているのか分かってるの!!」
後方から物凄い剣幕で怒鳴っている椿さんの
それはまるで水槽を左右に強く振った時の水のように、広間の空気が大きな波となってこの空間に存在する全ての人間ごと激しく揺さぶった。
「まぁ、そんなに怒んなって。せっかくの美貌が台無しですよ? 椿さん?」
ひとまずこちら側の味方になってくれているようだと安心する。
彼女が投げつけた馴れ馴れしいため愚痴と敬語。その言葉のニュアンスの意味を考えずにはいられない。
それより何より少女もとい、いろはさん(?)いろはちゃん(?)の正体―――
「今すぐ出て行きなさいッッ!!」
「そ~んな顔したら皺が寄って年相応のおば―――」
「今すぐ出て行けーーーーーッッッ!!」
広間に漂う空気が大型輸送船をも簡単に飲み込んでしまいそうなほどの大津波となって激しく襲い掛かる。
抗うことすらせず、誰一人として動けないままあっさりと巻き込まれ、飲み込まれ、溺れている。
ただ一人、目の前の少女だけはそんな大津波を一人乗りの小型の筏を器用に乗りこなしながら必死に抗っている。
「私、椿さんが恐過ぎてちょっと漏らしちゃったかもしれないんだよね~。このまま歩き出したらうっかり全部漏らしちゃうかも。それでもいい?」
少女は内股になり、両手を膝に挟んだまま手をこすり合わせている。
ドサッと落ちた氷嚢から水が漏れだし、足元に小さな水溜まりができ始めた。
少女のあられもない姿を見た俺は、これ以上、変な想像を発展させるわけにはいかないと思い咄嗟に正面に向き直る。
椿さんはやや姿勢を崩し頬杖をつきながら、呆れ顔ではぁ~と大きなため息をついた。
そして、小さな子供を諭すかのように話し始めた。
「とりあえずそこに座りなさい。何を言うかと思えば……永遠と同じ学校に通うだなんて本気で言ってるの? あなた今、何歳だったかしら?」
「え~っと、う~ん……そろそろ十八歳? だったかな」
「四月から高校三年生になる世代ってことよね? まともに学校に通ってこなかったあなたが、本気で行けるとでも?」
「まぁ~、何とかなるっしょ。永遠の監視が目的なわけだし? 仮に中退することになったとしても、それなりに時間があるわけだし? その期間に永遠の安全を担保できる環境さえ作れるなら十分に行く価値あるんじゃない?」
「あなたになら、永遠の三年間が担保できるような環境づくりが出来ると本気で思っているわけね? 何年もひきこもって自堕落な生活を送り続けているあなたが」
「そだね~、私こう見えて意外と社交スキル高いんだよ? 永遠姫を護衛する騎士だって用意できる自信あるし? それに、私が永遠の恋人ってことにすれば、変な虫がつくこともないんじゃない? あとは永遠さえ受け入れてくれれば……解決、だね!」
いろは姉さん(?)が現れて以降、目に見えて椿さんの態度が軟化している。
俺の論理立った説得を言えない事情とやらを盾に頑なに拒み続けていたはずなのに、なぜか今は彼女の非現実的なタラレバ話に耳を傾け、多少の棘を含みつつも容認するかのような態度をとっている。
それに彼女は意外と話術に長けているというのは本当のようだ。
さきほどから適当なことを言っているように見えてその実、痛い指摘を上手に回避つつ、それ以上のメリットを的確に提示し続けている。
そして、指摘されると分かり切った上でさり気なく、俺さえ良ければこれで話は終わりとまで付け加えている。
色々と癪だが、結果的に椿さんから入学許可の言質がとれるのであれば、俺としては手段を問うつもりは一切ない。
彼女という
ここは、黙って見守りつつも
「学校に通えるのであれば、俺はそれでも構いません」
「え~、何でちょっと不満そうな感じなの~?? 私が恋人じゃ不服っていうならやっぱこの話無かったことにしよっかな~。こう見えて私、一途に尽くすタイプなんだけどな~?」
味方なのか、そうでないのか分からないような適当なことを言いながら、彼女は俺の右腕に両腕を回し、ぎゅっと抱きついてきた。
なんというか、その……色々と当たっているので本気でやめて頂きたい。
冷静になれ、冷静になれ。これはいろは姉さんの意図的な演出だ。
最初に会った時を思い出せ。俺の腕を掴んで離さない彼女は最初に俺のことをダサい、キモい、生理的に無理と罵って鳥肌立てていたんだぞ?
そんな人が、本当に好意をもって俺に接するわけがないだろ?これは作戦の一部だ。そもそもこの家、この場に居るということは何かしらの形で親類関係にあるわけで―――
「あれ~? 意外とまんざらでもない感じ?? っていうか私のこと、そういう目で見ちゃってるわけ? キャ~永遠くんいやらし~! ってか意外とツンデレなんだ!デレッとした表情可愛い~! ねぇねぇ、ツンは要らないからもっとデレが欲しいな~?」
つんつんと俺の頬をつつきながら上目づかいでニヤニヤしている。俺は平静を取り繕うために反対側へと顔を背ける。
あまりに急な距離の詰め方と、慣れない接触に思春期真っただ中の俺は、頭がパニック状態になり思考が奪われている。
ぴんと張りつめた空気、大津波のような荒々しい空気が瞬く間に黄色と桃色で覆われた。
「はぁぁぁ~。あんたって子は本当にもう……。永遠をからかうのもそれぐらいにしておきなさい。当たり前だけど、行きたいって言えば行けるわけじゃないんですからね?入学許可が貰えないようであれば、この話は当然ナシよ?」
「は~い! では早速、私と永遠で入学許可を貰うための作戦会議してきま~す!ってことでみんな解散~!!」
掴まれた腕をそのまま離すことなく立ち上がり、俺といろは姉さんは先に広間を後にした。
正直、全然納得いかない。数時間かけて必死に頭を回転させてもダメだった椿さん攻略を、いろは姉さんはたったの数分、数手で難なく攻略してしまった。
世の中、そんなもんなのか?真剣に向き合い、攻略への道筋を立てて真正面から正々堂々と挑むよりも、出たとこ勝負で理屈抜きに感情操作を主軸に挑む方が正解ってこと?
いや、今はそんなことどうだっていい。結果的にいろは姉さんのお陰で椿さんを説得することに成功したのだから。
ありがとういろは姉さん。
心の中で感謝しつつ、一安心した俺は右腕の接触部分に全神経を集中させながら、いろは姉さんに導かれてそのままどこかへ歩き出した。
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