第9話 幼き日の思い出
長い夢を見た。
小学校入学を目前に控え、まだかまだかと毎日ソワソワ、ワクワクしていた春休みの思い出。
毎朝、日めくりカレンダーをめくるのが俺の日課だった。
春休みに入ったばかりのとある日曜日、めくった分だけ日にちが進むんじゃないかと閃いた俺は、試しに三日分の紙をやぶってみた。
勿論、やぶった紙はそのまま床にポイ捨て状態だ。
ベリッ、ビリッ、ベリッ。
一枚めくれば日曜日、三枚めくれば火曜日になっているはず。周囲を見渡してみたが、特に変わった様子はない。
家の中には日めくりカレンダー以外に今日の日付を確認する術はなく、どうやって確認しようかと考えたところである重要なことを思い出した。
「きょうは、おかあさんとゆうえんちにいくひ だったんだ」
このままでは遊園地には行けない、とんでもないことをしてしまったと思った俺は慌ててセロハンテープを取り出し、泣きながら日めくりカレンダーに貼った。
上下左右にズレていて不格好ではあったが、これで日曜日に戻ったはずだ。
しかし、そこで新たな問題に気付いた。
貼り直すことに必死だった俺は、貼る順番なんて考えていなかったので三枚全部張り直してしまっていた。しかも、一番表側に貼ってあるのは月曜日。
再び慌てて月曜日の紙を剥がそうとした結果、その下に貼られていた日曜日の左半分の紙が千切れて一緒に取れてしまった。
残っているのは斜めに貼られた土曜日の紙と、その上に残った右半分だけの日曜日の紙。
既に日曜日の半分が終わり、夕方と夜だけになってしまったのだと絶望した。
これではもう遊園地でメリーゴーランドに乗る時間もないし、お母さんが作ってくれると言っていた卵のサンドイッチも食べることができない。
俺はその場でわんわんと泣きじゃくってしまった。
「とわ? どこか、けがでもしたのかな?」
今とほとんど変わりのない若さの母さんが俺を抱きしめている。
*
時刻は早朝五時過ぎ。
永遠がリビングでわんわんと泣いている声が聞こえてきたので重い身体を無理矢理起こし、急いで様子を見に行く。
これはちょっとしたことでの泣き方とは違うと親の勘が伝えている。
頭を強く打ったのだろうか、転んだ拍子に手首を捻ったのだろうか、あらゆる事態を想定しながら確かめてみると、そこにはセロハンテープ片手に床でぺたんと内股座りをしている永遠がいた。
テープを切るとき、ギザギザ部分でガリっと指を怪我したのだろうか。
「とわ? どこか、けがでもしたのかな?」
優しく抱きかかえながら左右の手をさり気なく確認する。
見たところ特にケガをしている様子はなく、指を動かしても痛がるそぶりがないので捻ったわけでもなさそう。ひとまず、安心。
「ゆうえんち、おわっちゃったぁぁぁ さんどいっち、たべたかったよぉ~」
今日は永遠と遊園地へ行く約束をしている日。外はまだ薄暗く、時刻はまだ五時半にもなっていない。もちろん、午後五時半というわけでもない。
周囲をよく観察する。床には切るのに失敗したセロハンテープの残骸とビリビリになったカレンダーがある。
日付は、明日の日付と……半分になった今日の日付の紙。
これが原因か。
カレンダー本体を確認してみると、一生懸命頑張って貼り直したのであろう残り半分の今日の日付の紙と、その下側に昨日の日付の紙。
やはりそうだ。
「とわ? だいじょうぶだよ? きょうはゆうえんちにいくひ。まだあさだよ?」
「ゆうえんち、ほんとにいけるの?」
「いけるよ~ メリーゴーランド いっしょにのるのたのしみだね」
「たまごのサンドイッチは? たべられる?」
「たべられるよ~ おかあさん、いまからたっくさんつくるからね」
「ほんとにほんと? きょう、いけるの?」
「ほんとにほんとだよ? おかあさんもメリーゴーランドのるの、たのしみ」
「おかあさんはぼくがのってるのをみてなきゃだめ~」
「え~~~ おか~さんもとわといっしょに の~り~た~い~」
ぎゅっと抱き締めて、メリーゴーランドに乗っているかのように優しくゆっくりと上下しながらリビングを歩き回る。
永遠もメリーゴーランドに乗った気分になっているのかケタケタと笑っている。
不安な気持ちが無くなり、もうすっかりと機嫌が良くなってくれているようだ。
嬉しい。
楽しい。
幸せ。
一つでも多く、親子の思い出を増やせたらいいなと思う。
一日でも長く、この時間が続いてほしいと心から思う。
一回でも多く、この笑顔が見られたらいいなと思う。
私は、強く願う。
私は、強く祈る。
私は強く、焦がれる。
私という偽物の母親は、本物の母親よりも本物の母親らしく、強く強く、そう願うのです。
短くも儚いこの本物の親子のような関係が一分一秒でも長く続きますようにと。
せめてもの罪滅ぼしのために。
この身にかけられた呪いから、現実逃避するために。
永遠のために、私のために。
そして、我が子のために。
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