第48話 邂逅のアンフィテアトルム
「ここだよ」
景星に連れられて来た車両にはリングとそれを取り巻く客席がずらりと並べられていた。ショーが無いから人はまばらで、閑散としている。
「荒事禁止の列車の中でこんな場所があったとはな」
『同意の上の勝負だからルール違反にはならないんだね〜』
彼が連れて来た車両は『戦闘車両』。戦闘禁止の『最果鉄道』の中で唯一戦闘が許される場所。と言っても、両者の心の底からの同意を列車が認め一時的な契約を結ぶ、という形になるらしい。
「ここにその……詩星が言ってた人がいるのね?」
ロジェは先程名前と共に教えてもらった重要な情報を一拍置いて慎重に呟く。
「……異世界から来た、不老不死の仙人ってのが」
先刻景星は武神に仕える仙に会うことを強く勧めてきた。そんなに言うんだったら何か理由があるのだろうと聞けば『異世界から来て不老不死になった』という返答が帰ってきた。
何でも戦争に巻き込まれて逃げたところ、いつの間にかこの世界に辿り着いていたらしい。足を滑らせて頭から崖に落ちた時に死ななかったから不老不死になったと気付いたそうだ。
「入ってきた。声掛けてくる」
どこからともなくやって来てリングの傍に座る人影が見える。何かボトルを取り出した。水を飲んでいるらしい。示した影は少女だった。
「や、元気にしてた?」
「してたよ。弱いヤツばっかりでピンピンしてるくらいだね。……おや、その人達は?」
「オレの知り合いなんだよ」
影から出て来た少女は不思議そうにロジェとヨハン、サディコを見る。
「ふぅーん……なんか変わったメンツだね」
真っ直ぐな金の髪に、蘭を写した紫の瞳。砂漠の日で少し焼けたのだろうか。お腹を見せた服の隙間から白い肌が見える。腰には色とりどりの宝玉がベルトの様に巻き付けられており、呪詛が込められた木刀を担いでニカッと笑っている。
「アタシは
「初めまして。ロージーっていいます。こっちは燕石。……えっと。この子はごはんだいすき、です。私の使い魔なの」
「オレの友人だよ。聞きたいことがあるんだって」
不思議そうに蘭英は首を傾げる。
「君が異世界から来た仙人だって聞いた。詳しく話を聞きたい」
「……あぁ。そーいうこと」
ニタァ、と蘭英は身を乗り出して意地悪く笑う。
「アンタ達はこの電車に乗る時に言われなかったのか?『ここじゃ人の過去を詮索するのは禁忌だ』って」
ロジェ、ヨハン、サディコは注意深く周囲を見渡す。一番最初に見たならず者の様に吹っ飛ばされると思ったのだ。その様子を見て蘭英はクスクス笑う。
「アハハ!列車から追い出されるかを気にしてるんだね?大丈夫だよ!アタシが『承認』したからね」
「『承認』ですか?」
「そうだよ。この列車は生き物だ。車両にも意思がある。ここ『戦闘車両』は一番強い者を主にして、その主が『承認』するといかな行為でも認められる」
「つまり蘭英が列車で一番強いってこと」
なるほど。小柄な身体からはとてもそうには見えないが、実際に追い出されていないのだから車両は蘭英のことを認めている。
「なのに玄女様は修行を終わらせてくれないんだよぉ……いい加減別の所で戦いたいなぁ……」
がくん、と蘭英は肩を落としたかと思うと、けろっとした顔で向き直った。
「まぁアタシの話はもういいや。で、詳しい話が聞きたいんだって?断るよ」
「……え?いやいや、話してよ。いつもなら聞いてもないのにベラベラ喋ってんじゃん」
景星は蘭英に詰め寄るが、当の本人はどうでも良さそうだ。木刀を担いでリングへと向かう。
「今は気分じゃない。この列車にずっと乗ってれば聞けるかもね。じゃ」
「待って下さい」
ロジェの一言に蘭英は歩みを止めた。小さく振り返り、少女を盗み見る。
「貴女の考えてる事は分かるわ。勝負したいんでしょ。しましょ。私が勝ったら貴方のことを教えて」
「負けたら?」
品定めしようにも欲が隠せていない裏返った声。絹のような髪からは歪んだ口元が見える。
「私の身体の欲しい場所を一つあげる」
「それじゃ釣り合ってないね。対価が安すぎる」
「バカ言わないで。貴方が記憶を渡すのならまだしも、自分の口で言うだけでしょ。むしろ渡しすぎなくらいよ」
視線はロジェに突き刺さったまま。ただじっ、と見ている。
「どうする?やるの?やらないの?」
「……ハッ!良いだろう!見た目以上に気骨のあるヤツだ!私が勝ったらお前の目を貰おう!右目だ!いいな?」
「良いわよ。取らぬ狸の皮算用になると思うけど」
リングに飛んで行くロジェを見て、ヨハンはサディコに問うた。
「おいおい。こんなんなって大丈夫なのか?」
『良いんだよ。人外が何を望んでいるのかを見極めて契約を吹っかける。それが魔女だ』
「蘭英は勝負が好きだからね」
正しい選択だと思うよ、と景星は続ける。しかしヨハンは苦い顔をして蘭英を見詰めたままだ。
「いや……」
『どうしたの?』
「なんでも無い」
「おや。ソイツには見えてるみたいだね」
リングの上、蘭英からヨハンに声が飛ばされる。深々とため息をついて男は返した。
「……そう思うのなら余計なことするなよ」
「分かってるって。ちゃんと五体満足で返すよ」
男に向けていた視線をロジェに戻して、蘭英は木刀を突きつけた。
「アンタが先攻だ。有利だろ?」
ロジェはリング上に数珠状に繋げた水魔法を繰り出した。蘭英は首を傾げて玉をつつく。
「ふむ……アンタ、きちんと戦闘をイメージ出来ているかい?」
爆発して壊れるものもあれば、泡のように消えるものある。蘭英は攻撃を容易く交わしながら険しい顔で乱発するロジェを見る。
「例えばこの丸い攻撃魔法。一つ一つの攻撃にムラがある。敵に近いところは強く、とかそういうイメージは出来ているか?」
ロジェは数珠結界を蘭英に寄せて、彼女が避けそうなところに『
「アンタの魔法は現実に引っ張られすぎている。実戦経験が乏しく教科書だけを読み込んでいるとありがちな傾向だ。特に魔法学者に多い」
蘭英は確かにその場所に降りた、が。木刀で容易く破られてしまう。ロジェは一瞬大きく目を見開いたが、次に繰り出す魔法を準備した。
「どこから来て、何を撃つのか。そういうのを考えなきゃならない」
蘭英は無傷だ。埃すらもかすらない。ロジェは背後に小さな魔法陣を幾つも作って乱射する。
「星魔法か。久しぶりに使い手を見たよ」
仙人は嬉しそうに声を上げて、向かって来る連射を容易く切り刻む。ぱりん、ぱりん。と華奢な音が響いてたじろいだ。
「わ、割れた……!?」
「そりゃ割れるさ。星魔法は高威力だが、横からの圧力に弱い。割れるんだ」
横からの圧力に弱いのなら何かにくるめば良い。得意の水魔法に包んで連射を続ける。
「柔軟性のある水魔法に包み込んで星魔法を撃ったか。やるね。でも!」
蘭英は赤子の手をひねるかのように一閃した。割れた星魔法は本物の星になって、リング状を取り囲む結界になる。細かくすればするほど結界になって身動きを取れない様にしたのだ。
「はは……こりゃ凄い。流星群だ」
ロジェは無言で指を構え、蘭英の持つ木刀に向けて高威力の星魔法を撃ち放った。しかし、仮にも相手は武神に仕える仙。腰に付けていた木の宝珠を取り出して結界を張る。
「基本は出来てるじゃないか」
彼女の様子は呑気そのものだ。木の防御魔法は密度は少ないはず。なのにどうして彼女の防御魔法はこんなに高密度なの……!?
扱えきれなくなって、ロジェは最後の星魔法を撃った。軽くいなされて天井にぶつかって穴が空く。砂漠の乾いた砂が口に触れた。
「さぁ、次はどうする?」
蘭英の言葉に呼応するかのように、ロジェは水で身の回りに槍を作り出した。
「近接戦かい?アタシの得意分野だね」
一気に迫ってきた蘭英を突き放すかごとく、サディコを模した水の狼を差し向けた。
「水の狼か」
それも容易く打ち倒されてしまう。戦闘は技術だ。槍を自在に操る戦闘技術は持ち合わせていない。とにかく見よう見まねで動かして、蘭英と距離を詰める。
「槍ねぇ。接近戦が慣れていないのによく作り出したもんだよ。アンタならミサイルみたいに撃った方が良い」
ただ、ロジェの目的は別にあった。
「……貴方は、私に夢中になり過ぎている」
槍の魔法と別で作動させていた魔法に力を込める。
「は?」
蘭英の瞼の前に、針が現れた。砂の針だ。身体を少し動かすとちくちくと針らしきものが刺さる。
「はは、やるねぇ!」
ロジェは何の容赦もなく蘭英を刺し倒した。身体中から湯気のようなものが上がっているから、ダメージを与えられたのだろう。
「魔法使いはその場にあるもので戦う者。外に砂が沢山あるのに使わないのは勿体ないわ」
ロジェは砂漠の砂を水で溶かして、何層もの泥水を作った。蘭英からはロジェの姿はぼやけて見えない。面白そうに木刀の先で泥水をつついた。
「また随分と分厚くしたねぇ」
蘭英が知らぬ間、ロジェは少しづつ彼女に近づく。
「ありがとう。貴方のお陰で、イメージが湧いたかもしれない」
先程の流星群の魔法と、隕石を模した星魔法。上からも下からも、なんの躊躇もなくロジェは撃った。宝珠で迎撃している音が聞こえてロジェは一気に距離を詰めた。
「なっ!?」
目を見開いた蘭英の首を掴んで、間隙に木魔法で拘束する。抜けた天井からは残酷な程に眩しい日が落ちてきていた。
「私の勝ち。貴方の過去を教えてもらいましょう」
少し口端を上げたロジェに、蘭英は白旗をあげて情けない声で言った。
「あはは……負けた負けた……随分飲み込みの早い事で……」
ロジェは首から手を離して立ち上がる。その影は炎天下の日を受けて高く伸び、陰らしからぬ揺らめきがあった。
「おかしいな……蘭英はあんな弱くないんだけど……」
景星の一言にヨハンは拳銃を抜くと、蘭英の耳のキワを撃った。けたたましい銃声が辺りに響いて、ロジェは慌てて振り返る。
「もういいだろう」
「わ、分かった分かったぁ……アツくなったことは謝るよ。ね?」
「どういうこと?」
ヨハンに問う前にロジェは自覚した。自身の影が刃を持っている。背中に突き刺そうとする影だった。
「その気味の悪い影が襲おうとしたんだよ。勝負はついてる。そこまでする必要は無いと言ったんだ」
「ほら、拘束されちゃったでしょ?騙し討ちするつもりじゃなかったんだけど……いやいや、ほんとごめんごめん……」
蘭英の平謝りを、目を細めて男は見る。生物を凍てさせるような視線に仙人は震えた。
「わ、分かったよ。この勝負は無効試合にしよう。アタシの負けだ。全部話すよ」
「君、意外とあの子のことを見てたんだね」
ごろんと横になった蘭英をロジェが引っ張り起こす姿を横目に、景星は視線を動かした。
「……そもそも俺は勝てると思った相手にしか戦わせてない」
視線の先のヨハンはただ前を向いたままで、景星に見向きもしない。
「ふぅん。二人だったら蘭英に勝てたと?」
「当たり前だ。俺とロジェがいて負けることなんてあるかよ」
『あとぼくもね』
「ふふ。そうだな」
ヨハンはぬるっと足の隙間に入ってきたサディコをわしわしと撫でる。使い魔は嬉しそうに目を細めた。
場所は変わってリング上。やっとの思いで立ち上がり、体制を整えた蘭英は、手を握るロジェに言う。
「良い勝負だったよ。ありがとう」
「あぁいえ、私も勉強になりました」
「なぁアンタ。強くなりたいか」
身体についた埃を叩き落としながら蘭英は問う。強くなりたいというのは、少し違うかもしれない。手のひらを見つめて己に問いかける。自分の魔力をちゃんと扱えるようになりたい。どっちかというとその気持ちの方が強いかも。
「……はい。なりたいです」
顔を上げると嬉しそうに笑みを浮かべる蘭英の姿があった。
「稽古をつけてやろう」
「え?」
あまりの申し出にロジェは目を見開く。しかし仙人はご機嫌そのものだ。
「対価は変わらん。ただし、君の右目の視界が欲しい。全部とは言わない。君が誰かと戦っている時の視界をアタシは覗き見ることが出来るってのはどうだ?」
少し思考に沈んだロジェに、蘭英はセット売りを仕掛けてきた。
「おまけにホーミングもつけておいてやろう。扱うのにちと難があるが」
セット売りに疑いの眼差しを向けられる。
「……あの。そんなに良くしてもらっていいんですか。なんていうか、胡散臭いっていうか……」
「アッハッハッハッハッ!あんたも言うねぇ!」
蘭英は心底楽しそうに笑う。何だか気迫がすごい。
「人間で星魔法の使い手は少ない。それに君の魔力量は膨大だ。あの流星群、並の魔法使いがしたら倒れるぞ」
有無を言わさずロジェの肩を掴んで、蘭英は一言。
「さ!そうと決まったら修行修行!」
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