第4話

 繁華街のような場所には、少年にとって見たことのないモノばかりが売られていた。人間のものとわかる眼球や指、腕、頭部もあれば、知らない生き物の臓物、角、耳、丸焼きが売られていたりもする。

 少年はウァプラと離れないよう、ピッタリ横をついて歩いていた。それほどまでにこの繁華街は様々なモノでごった返しており、少年はオモチャ箱の中にいるような感覚でいた。

 「そうだ、お前に話しておくことがあった」

 歩いている途中でそう少年の手を引くと、ウァプラは飲食店と思われる店に入った。

 ウァプラは慣れた様子で注文をし、二人席の椅子に座る。少年も向かいに腰掛け、運ばれてきた細いポテトフライらしきものに眉をひそめた。

 「食え」

 少年は勧められるがまま手に取り、ポテトフライに似たそれを目の前に持って透かすように観察した。

 よくみるとなにか鳥の足爪のようで、見た目は悪くない。匂いも独特だが、ずっと嗅いでいるとお腹が空いてくるような香ばしい香りが鼻を刺激する。そういえばここに来るまで何も口にしていなかった。

 恐る恐る口に入れてみる。少年は一度だけ食べたことのある鳥の軟骨を思い出しながらポリポリと音をさせて噛み砕き、飲み込んだ。そしてまたすぐに手を伸ばし、無心で食べ始めた。

 次々とそれを口に詰め込んでいく少年を、ウァプラはしばらく目を細めて微笑ましく見ていた。しかしふと背もたれから身体を浮かせたかと思うと、食い入るように皿を見つめる少年に詰め寄り囁いた。

 「ここは下界とは違うから気をつけろよ」

 腹の底を這うような声色で突然少年の手首を強く掴むと、少年はその拍子に手に持っていたそれを床に落としてしまった。

 その瞬間、ハッと夢から覚めたような感覚が全身を駆け巡る。

 「ウマいだろ、コレ。でもな、あと一本食ってたらお前は全身を痙攣させて意識を失ってただろうな」

 少年は視線をウァプラから床へと滑らす。ひとつめを食べてからの記憶は曖昧で。食べたことのない癖になる味に手が止まらずただひたすらにこれを食べ続けることしか頭になかった。

 正気に戻ると、ドッと手や背中から汗が滲み、視界が一回転した。

 少年は突如津波のように押し寄せてきた不調に身体を支え切れず背もたれに倒れ込む。

 「…なんで、食べさせたの」

 息も絶え絶えに、か細く発せられた声にウァプラは楽しそうに笑う。

 「一度経験させりゃァ、嫌でも身に染みンだろ」

 ウァプラは手を合わせ、鏡を出現させると少年の眼前にそれを見せつけた。

 元から白かった肌は青白く染まり、木の棒のように痩せこけ、驚いて目を見開けば今にも目玉が飛び出しそうな少年の面影ある顔がそこには映っていた。

 ウァプラは少年の手首を離し皿に余っているものをつまむと背もたれに跳ねるように寄り掛かった。

 「いいか、ここにはこんな食べ物しかねェ。食べ方を間違えりゃァ、あっという間に煙になっちまう。下界と違うことを自覚しろ。自衛ができなけりゃァ、ここでは格好の餌だ」

 「煙…?餌…?」

 少年が聞きなれない単語に狼狽していても、ウァプラは気にせず話を続けた。

 「なんならここには時間っていう概念もねェし、ルールなんてモンもねェ」

 「え…じゃあどうやってみんな暮らして…?」

 「時間なんかなくても生活はできンだろ。仕事は明暗で交代、仕事以外は好きなコトをするだけ。仕事だってやらなくてもいい…暇で気が遠くならなきゃァなァ」

 「でも、ルールもないなら、何してもいいってことになっちゃうんじゃないの?」

 「何してもいいンだよ」

 足を組み直し、「だけどな」と続ける。

 「気をつけろ。下界は秩序を法で守ってるから大体潜り抜ける道があるが、ここにはその法も秩序すらもねェ」

 少年は言葉の意味がわからず、首を傾げた。

 「天界ではすべてが神の気分次第だ。神がすべてを見下ろし、判断を下す」

 「…神様」

 オレたちもいずれ裁かれるかもな。

 笑えないことを笑って話すウァプラを横目に、少年は感心したように声を漏らす。

 神ってのは本当にいるらしい。

 箱の中での感情が思い出される。

 …あれももしかして見られてたりするのかな。

 少年はそんなことを思い、気を紛らわすようにウァプラ越しに広がるごった返すモノの波に目を向けた。

 相変わらず乱雑に流れゆく波の中で、少年は一際目立つ、白く大きな翼を背負ったモノと目が合った気がした。

 なに見てンだ、とウァプラが少年の視線の先へと振り返るが、少年が瞬きをした隙にそのモノはいなくなっていた。

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