その呪物、取扱注意につき
谷尾 銀/角川文庫 キャラクター文芸
1、プロローグ ①
1、プロローグ
日常と非日常の境目となったのは、真夏の蒸し暑い日の事だった。
背丈はそれなりに高い方で、引き締まった体型と
そんな彼の勤務地はさして栄えていないベッドタウンの駅前交番であったが、この日も朝から忙しく、巡回連絡や交通違反の取り締まり、報告書の作成などの通常業務に加え、住宅街の交差点で発生した事故の対応もあり、日付が変わる頃には疲労がピークに達していた。
ずいぶんと慣れてきたとはいえ、まだ新人といえる成瀬は、夜間パトロール中のパトカーの助手席で、込みあげる
すると、ハンドルを握る班長の
「おい」
成瀬は慌てて居ずまいを正すと返事をした。
「あ、はい」
「お前さ、何で警察官になろうと思ったんだ?」
そう言って久住は凶悪な面構えには似つかわしくない
久住は警察より反社会勢力に属しているのが似合いそうな
「何すか、その質問」
成瀬は苦笑しながら、久住の問いに質問で返した。すると、彼は前方を見据えたまま鼻を鳴らす。
「お前の眠気覚ましだよ」
「あ、すいません」
「いいよ。別に説教しようっていうんじゃねーから。そういえば聞いた事がなかったなって。ただの退屈しのぎだ」
成瀬は涙のにじんだ目を
「いや、その、俺の親父が警官で」
「ほお……階級は?」
「班長と同じです。警部補だったみたいです。でも、俺が産まれる少し前に殉職して。通り魔に襲われていた女の子を
「何か、カッコいいって、ずいぶん軽いノリだな、おい」
「いや、親父を尊敬してるのは、本当です」
成瀬が照れ臭そうに笑うと、そこで久住は何やら思い出したらしい。
「お前の出身って、
「はい。山沿いの何もないところです」
「じゃあ、親父さんが殉職したのって、春祭りの一件か?」
「はい」
「なるほど。お前の親父さんの事は直接知ってる訳ではないが、県警では知られたもんだったよ。
「母親から聞いた事あります。何にでもよく気がつく人だったって」
そこで、成瀬は懐かしくなり目を細めた。
「……でも、小さい頃の俺にとっては〝仏壇の写真の人〟って感じだったんすけどね。父親は」
「やっぱ、今のお前とそっくりなのかい?」
「いいえ。ぜんぜん似てなかったです」
「じゃあ、その優等生みてーなツラは、かーちゃん譲りって事か」
「いや。実は母親にも、あんまり似てません」
〝
成瀬は高校のときの同級生に、そう評された事を何となく思い出す。しかし、母親はどちらかというとポメラニアンなどの小型犬っぽい。それを久住に話すと、彼は噴き出した。
「どっちにしろ犬じゃねえか」
それもそうだと納得し、成瀬も笑った。そして、話題の矛先を変える。
「……それはそうとして、班長の方は大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
「娘さん、大きくなって班長に似てきたら、えらい事になりますよ」
「不吉な事を言うんじゃねえよ」
久住はバツイチで四年前に再婚し、その一年後に第一子を授かったのだという。
「今のところは嫁さん似だよ。今のところは……」
「それは、何よりです」
「ただなあ……」
久住が前方を見据えたまま、
「何ですか?」
「性格までは嫁さんに似て欲しくねえなあ」
今度は成瀬が噴き出した。
久住本人の話によれば、どうやら彼の奥方は相当気性が荒いらしい。一度だけ面識のある成瀬からすれば、とてもそんな風には見えなかったのだが、彼が普段から見せる恐妻家ぶりも噓や
「……何にしろ、娘が将来警官になりたいなんて言っても全力で止めてやる」
「何でですか。いいじゃないですか」
「いや。警官なんてろくなもんじゃあねえだろ。親としては断固反対だ」
「それ、この話の流れで言います?」
「じゃあ、給料が安定してる以外に何か良い事あんのか?」
「ないですけど。なら、班長は何で警官になったんですか?」
久住は少しだけ考え込んだあと、冗談めかした調子でこう答えた。
「この無駄話と同じで、ただの退屈しのぎだ」
すると、そこで本部の通信指令室から無線が入った。
『……埼玉県警本部から各局。遺体発見の110番入電。場所は──』
告げられた住所は、成瀬たちの現在地から近い商店街の裏手に広がる住宅街の辺りだった。通報者は遺体を発見したという用件と住所を告げたのち、一方的に通話を打ち切ったのだという。因みに声は三十代半ばから五十代近くの女性だったとの事。通報は携帯電話からで、基地局は現在照会中らしい。つまり、通報者の年齢が、そう若くはないという以外の事は何も解っていないようだった。
久住がただちに臨場する旨を述べ、無線でのやり取りを終えたあと盛大に顔をしかめた。
「……どうにも、嫌な予感がするな」
久住は、ふう……と、息を吐くと一転して気軽な調子で言葉を発した。
「まあ、俺の嫌な予感はあまり当たった事がねえから」
「なら、いいんですけどね」
「通報が悪戯だったら、それはそれでムカつくけどな」
久住はそう言って笑い、右のウィンカーを
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