少女幻想怪異譚 ルートTrue End
キサガキ
1章 巴ゴースト
第1話 巴 幽霊の少女(1)
ひたひたひた。黒衣のロングドレスを身にまとった赤髪の少女が、雑踏ざわめくショッピングモールを素足で歩いている。
実に奇妙な光景であった。
紅色の長髪の小柄な少女が、賑わう街中の真ん中を歩いている。
とても目立つ筈なのに、仕事終えた会社員、夕飯の買い出しに来た主婦。学校帰りに遊びに寄った子供達。誰一人として気にしていなかったのだ。
「ふんっ」
少女は、つまらなさそうに鼻を鳴らす。
「儂を認識するものはおらぬか」
無意識に歩行者達は道をあける。
「待っておれ主よ……必ず儂が、お主の妻であるこのリリスが必ずや……」
街を見下ろす小高い丘に、白い校舎の学校があった。市の名前にもなっている、県立神嶋高校である。
放課後。帰宅部は帰り、部活の生徒達は汗をかく。皆、一度しかない人生を謳歌していた。
「新作?」
図書室で鬼道シンは、クラスメートで図書委員の暁舞姫の仕事を手伝っていた。
「うん。新作。怪事件を解決する伝奇物を書くよ」
そう言って舞姫は、シンが支える脚立の上で、スカートをひらひらさせながら本に手を伸ばす。
ちらっちらっちらっ。見てはいけないとわかっていても、つい覗きこんでしまう。
(もう少しだ。もう少しこう角度をくいっと)
「あっ」
ニヤニヤする舞姫と目があった。
「ふ~ん、シンは友人のパンチラに欲情しちゃうのか」
メガネ奥の瞳が、とても嬉しそう。
「いやいやいや。誤解してるぞ舞姫。俺はちらりズム派だ。見えそうで見えないのがいいんだ」
「実は今日私、穿いてなかったりして」
くいっと尻を突き出して、スカートの裾を掴む。
「な、なんですと……」
シンは生唾を飲み込んだ。
ネットでしか見た事のない禁断の扉。その中身が今、目の前にあると云うのか。手を伸ばせば直ぐに届くと、そう舞姫は言ってるのか。
「舞姫。好きだ! 付き合ってください。だからチョロッとまくって。こう恥ずかしそうに頬染めて、俺を見つめながら」
「えへへへ、しょうがいないにゃあ」
舞姫はポニーテールの髪型を揺らし、裾をまくった。
「は、はぅっ」
シンは鼻を膨らませ、唇を突き出す。
(美亜、兄は大人の階段を今、駆け上がる)
「えっ」
開かれた扉の中身は、黒い障壁に守られていた。
「スバッツ……」
「えっへへへ。確かに聞いたからね、告白。早速美亜ちゃんにメールしなくちゃ」
「はぁぁぁん、それだけはそれだけは舞姫さまぁん」
「そういえば学校に幽霊出るって噂なかったっけ?」
舞姫の指示を受け、指定された本を本棚に入れていく。
「うん、一年生がこの前見たって騒いでたよ。私それで新作は怪奇物にしようと思ったんだよね」
えへへへと、背中合わせで舞姫は笑いながら、テキパキと本の入れ替え作業をしていた。
「さて、キリがいい所まで出来たし、帰ろっか。コンビニで奢ってね」
「ん?」
シンは自分の耳を疑った。聞き間違いかと思い、舞姫に聞き返す。
「奢ってね私、ガリガリくんがいい」
『シンきゅん、放課後手伝ってくれたらお礼しちゃうゾ』
「そう言って、豊満なおっぱい揺らしてよね!」
「いやいや言ってないし、揺らしてないし。何処の平行世界の私かな、それ」
「まさか俺は次元を渡り歩く、刻の漂泊者か」
左目を押さえて、ポーズを決める。
「えっちんぐ。スカートの中、覗こうとしたくせに」
スカートを押さえ、ジト目で睨む。
「ガリガリくんでしたっけ、姫様」
コンビニで買い物を済ませ、二人は遅い帰路につく。
「じゃあ私こっちだから、また明日ね」
すっかりと日が落ちて、交差点は帰宅に急ぐ人々で混み合っていた。
「幽霊に気をつけるんだよ、シンは霊感強そうだし」
ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「無い無い。学校限定だろそれ。また明日な」
手を振り別れた。
シンは雑踏の中で、ひときわ目立つ少女を見つけた。
腰まで伸びる髪は赤く、ヴィックや染色等の不自然さは無い。地毛であるその髪からは、紅蓮に燃える炎焔の様に激しい力強さを感じた。
身に纏う黒衣のロングドレスは、くるぶしを隠す。
ヒールを履き、傷一つない形のいい素足だ。
綺麗な子だな。肌白いしモデルかと、シンは思った。
「…………」
見られている。気のせいではない。
髪と同じ色したドングリ眼の瞳が、こちらを見つめていた。
(えっ……何だろ)
妹(美亜)の友人関係かと、頭を捻るが思い出せない。あんなに綺麗な少女、一度見たら忘れない。
ならば初対面なのか。
ドンッ。歩行者にぶつかる。
すいませんと頭を下げて、シンは後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去った。
スタスタスタ。ひたひたひた。
付いてきてる。少女がシンの後を追いかけてくる。
シンがスタスタと早足で歩けば、少女もひたひたひたと追いかける。
(こわいこわいこわい)
それでも妹と同世代に見える少女だ。勇気を出して、話しかけた。
「お、俺になにか用か」
緊張して喉が乾き、上擦ってしまう。
それでもはっきりと意思表示をする。
「認識したな儂を」
しわがれた声はナイフとなり、魂に突き刺さる。
「ひっ……」
シンは見た。少女の黒衣のドレスの一部が、漆黒の悪魔の翼に変化するのを。
「ひゃっはぁぁぁ!」
シンの悲鳴に歩行者達が何事かと意識を傾けるが、直ぐに無関心を決め込む。
「あくま、悪魔だよ」
ぶつぶつと呟くシンを可哀想な子と憐れみ、絡まれたら大変だと蜘蛛の子を散らすように去っていく。
「無駄じゃ。儂を認識出来る者など少数じゃ」
「ぎゃあぁぁぁああ」
悪魔の翼に肉体が包まれ、周囲が闇に染まった。
『我が名はリリス。儂を認識したお前には資格がある。主の苗床となれ』
薄れていく意識の中で聞こえるはリリスの声と、真紅に輝く左目から見える自分の姿。
(俺、イケメンだよな。何で彼女できないんだろ……舞姫)
友人の名前を呼び、意識を失った。
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