【短編・一話完結】夜を好む者たち

詩月結蒼

一人の少女と一人の少年




 月の美しい夜。一人の少女はある動画を眺めていた。そこに映るは今話題のアイドル、マナ。

 ふんわりとした桃色の髪。爽やかな若葉色の瞳。細く白い手足に、小さな顔。

 そんな可愛らしい容姿を包むのは白を基調としたフリルやリボンがあしらわれたワンピースだ。

 誰もが美少女だと認めるマナ。だがその正体は不明で、どこの会社にも所属していない謎のアイドルだ。そんなマナの正体は――。


「リコ」


 不意に現れた少年は、マナを見ていた少女をそう呼んだ。

 林檎のように赤い髪と瞳。パーカーとジーンズは着古しているのか、少し汚れていた。靴は泥や土などの汚れが目立ったが、少年に気にしている様子はない。


「落ちそうで怖いからやめてくれ」


 少女――リコはマナの動画を止めて下をのぞいた。リコは廃工場の屋上に座っていた。深い茂みが見える。落ちたら死んでしまう高さだ。


「何しにきたの、イェン


 リコが少年――イェンの方を向いた時、リコの頭上に冷たい風が吹き、リコの顔を覆っていたフードが取れた。

 その瞬間、リコの雰囲気が変わった。

 リコは黒曜石のような艶のある黒髪と、ティールブルーの瞳をしていた。一度見れば頭から離れなくなるその美しい姿は、全ての人を魅了する力を秘めている。

 圧倒的美少女。

 それがリコを表すのに最も相応しい言葉だ。


「危ないぞ」

「うるさい」


 リコはざらざらとした石造りの地面から立つと、服についた汚れを手で落とす。フード付きのぶかぶかとしたパーカーに、短いフレアスカートはリコのお気に入りだ。

 タイツや靴も黒。黒、黒、黒。リコは黒色が好きだった。全部を隠してしまえる闇のような魅力的な色が好きだった。


「俺に対して冷たくない?」

「いつものことでしょ」

「そうか?」

「そうよ」


 他愛もない会話ができるのは平和な証拠だ。それをリコもイェンも知っている。

 イェンはリコに近づくと、マナの動画を見た。そして、リコと交互に見る。リコはイェンの言いたいことを理解した。


「なにか文句ある?」

「……ごめんなさい」

「やだ」

「ごめん」

「やだ」

「本当にごめん」

「やだ」


 ひたすら謝るイェンにリコはやだの一点張りだ。すると――


「リコ、イェン

「シュエ。マオ。どうかした?」


 白い羽の生えた少女と、黒い羽の生えた少年がやってきた。少女はシュエ、少年はマオという。


「そこまでです。〈イレギュラー〉同士で戦うとろくなことになりませんよ」


 〈イレギュラー〉

 それは、人ならざる力を持つ者のことだ。

 リコとイェンは〈イレギュラー〉なのだ。


「〈ファルト〉の方がやばいじゃん。平気だよ」

「言っとくが、〈ファルト〉は理性的だから基本的に戦闘はしない」

「知ってるし」

「っ……」

「マオ、怒っちゃダメだよ」

「わかってる」


 〈ファルト〉

 それは人ならざる力と姿を持つ者のことだ。

 シュエとマオは〈ファルト〉だ。

 この四人は協力関係にある。


「ファオと莉莉リーリーが待ってる。行こう」

「ん、わかった」

「行くか」

「こっちだ」


 四人は夜の闇に消えた。



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【短編・一話完結】夜を好む者たち 詩月結蒼 @shidukiyua

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