高所恐怖症のドラゴンライダー僕、ワガママ俺様ドラゴンに執着されたんだが。
永久保セツナ
第1話 竜騎士養成学校
雷雲の中を飛んでいく、ドラゴンとその上に乗った人間がいる。
稲妻が走り抜けるその黒い雲を抜けると、そこには自然豊かな楽園が広がっていた。
「わぁ……! レヴィ、ここが竜の国?」
「そうだ。カッツ、お前と俺の……最終目的地だ」
レヴィと呼ばれたドラゴンと、カッツと呼ばれた人間は、しばらく草原の上空を旋回していた。
――『竜の国』と呼ばれる場所が、この世界には存在する。
断崖絶壁に囲まれ、船での上陸は不可能。
さらに雷雲に阻まれ、飛行機でも侵入することができない自然の要塞。
そこには、ドラゴンたちの暮らすユートピアがあるという。
その国に入るには、雷雲をものともしない空を駆ける生物、すなわちドラゴンに乗る必要がある。
そして、ドラゴンたちを自在に乗りこなす『ドラゴンライダー』と呼ばれる人々が、民から尊敬を集めていた。
これからドラゴンライダーを志す青年、カッツ・ジャバウォック。
その父もドラゴンライダーであり、ドラゴンに乗って『竜の国』に行ったまま行方知れずとなっている。
「――はぁ~、ここが竜騎士養成学校の名門かぁ……」
鉄筋ビルの立ち並ぶ大都会にやってきたカッツは己の身長を軽く倍は越しているだろうかというほどの、巨大な校門を見上げていた。
セント・マタル学園。
伝説のドラゴンライダーたちを多数輩出している、『桜の国』の由緒正しき名門校である。
彼は口を半開きにしたまま、ぽかんとして校門のど真ん前、ど真ん中に突っ立っていた。
だから、「邪魔だ、どけ」と言われるのも無理のないことである。
「あ、すみません」
「フン、貴様、田舎者か? あまりボサッとしていると、ドラゴンに踏みつぶされても知らんぞ」
「そうですね、気をつけます」
白い長髪に、赤い目をした青年に睨みつけられても、カッツは気圧されることなくへラッと笑っている。どうやら皮肉は通用していないらしい。
白髪赤目の青年は「チッ」と舌打ちすると、早足で校門を通って行ってしまった。
「入学早々怒られちゃったな……。今度から気をつけよう」
カッツの黒い短髪は風に揺られ、青い目はこれから学園で起こるであろう様々なイベントにワクワクしているように輝いていた。
そうして、カッツ・ジャバウォックは、セント・マタル学園の校門をくぐり抜けたのだ。
――この物語は、ドラゴンライダー志望の青年が、『竜の国』へ渡るまでのお話である。
「はーい、それじゃ、まずは最初の授業。ドラゴンライダーとドラゴンでコンビを組んでください。これからあなたたちは一蓮托生の相棒同士になります。よく考えて、でも早めに決めてくださーい。時間は限られてますからね~」
担任教師イゾルデの指示を受け、ドラゴンライダー候補生の生徒たちはそれぞれ、相方となるドラゴンを探す。
ドラゴンは人型にも変身できるが、その際は人間と区別できるよう、赤い腕章をつけるのが、この学校の規則であった。
カッツもドラゴンを探そうとするが、目についたドラゴンは目の前で次々と他の生徒と組んでしまう。カッツだけが出遅れていた。
「カッツくん、余っちゃいましたね~。じゃあ、同じ余り物のドラゴンと組んでもらいまーす」
「え、でも、一蓮托生なんですよね……?」
「余っちゃったから仕方ないですね~」
イゾルデが指を差した方向には、同じくドラゴンライダーの相方を見つけられなかったらしい人型のドラゴンの姿があった。
長い白髪に、赤い目の青年。
「あ、あのときの」
「ハァ~? 貴様ごときが俺の上に乗るというのか? 無礼者、恥を知れ」
「え、ごめんなさい……?」
よくわからないが怒られたカッツは、よくわからないまま謝った。
「レヴィアタンくん、文句言わないでくださーい。キミだって他の子と組めなかった余り物でしょ~」
「貴様、今、俺を余り物と呼んだのか?」
教師に向かって、恐れ多くも不遜な態度で睨みつけるレヴィアタンと呼ばれたドラゴン。
周囲のドラゴンライダーやドラゴンたちはひそひそとささやきあう。
「レヴィアタンと言ったら、竜王様とその妾の子だよ」
「竜の国を追い出されたと聞いたけど、なんでよりにもよってセント・マタルに……」
コソコソと話し合う生徒たちだったが、レヴィアタンの怒りに燃えた真っ赤な目がひと睨みすると、震え上がって黙り込んでしまった。
「なんだ、お前たち? 言いたいことがあるなら、直接俺に真正面から言ってみろ。ファイアブレスで灼き尽くしてやる」
「あ、じゃあ、僕が言います」
カッツは、まるで先生に指されたように手を上げて、レヴィアタンの真ん前に立ちはだかる。
「僕、カッツ。カッツ・ジャバウォック。これからよろしくね、レヴィ」
「俺の名を勝手に略すな、愚か者!」
声を荒げるレヴィに対して、周囲はまた別のどよめきが生まれた。
「ジャバウォック!? ジャバウォックってもしかして、あのオリバー・ジャバウォックの息子か!?」
「この学園を卒業した、伝説のドラゴンライダーの!?」
「ん? 父さんってそんな有名人なんだ……?」
首を傾げるカッツだったが、レヴィは「ほう」と目を細める。
「フン、ニンゲンの世界では有名かどうか知らんが、面白い。俺の上に乗ることを許す。その代わり、今日から貴様は俺のつがいだ」
衝撃的な発言に、周囲は目を白黒させていた。
「レヴィアタンくん、今は明るい時間帯なのでそういう話はやめましょうね~」
対するカッツはキョトンとしていた。
「つがい……って、何?」
「伴侶だ、伴侶。貴様は今日から俺専属のメスになるんだよ」
「え、僕、男だけど……?」
「ええい、なんだコイツは! 話が通じん!」
苛立ったレヴィは、イゾルデに「おい、さっさと授業を始めろ。今日は飛行訓練だろう」と乱暴な口調で命じた。
「先生に命令しないでくださいね~。まあ、とりあえず授業始めましょうか」
飛行訓練では、実際にドラゴンに乗り、空を飛ぶ実践が行われる。
そのため、人型に変身していたドラゴンは、皆本来の姿に戻っていた。
レヴィは人型と同じく、白い鱗に赤い目の、アルビノのようなドラゴンだった。
カッツはそれを見て、また口をぽかんと開けている。
「なんだ、そのアホ面は」
「いや、レヴィってすごく綺麗だなと思って」
「フン、その褒め言葉は受け取ってやろう」
傲岸不遜な態度を崩さず、レヴィは「さっさと乗れ」とカッツの身体に尻尾を巻き付けて、無理やり己の背中に乗せた。
他のドラゴンは地に伏せて、ドラゴンライダーが乗りやすいように気を遣っているのだから、その態度の違いは明白である。
とにかく、ドラゴンと騎手を繋ぐようにベルトを装着し、準備のできたコンビから、順番に空へと躍り出す。ドラゴンは騎手を振り落とさないように、騎手はドラゴンに的確な指示を出すように、お互いの呼吸を確認していた。
そして、カッツとレヴィの番になるのだが、ここで致命的な問題が発生する。
「うわ、高い高い! 怖い怖い怖い! 一旦降りて、レヴィ!」
「貴様、何を言っている? まだ飛び始めたばかりだろうに」
「僕、高所恐怖症なんだよ」
「なにィ!? 貴様、なぜこの学校に入学した!?」
カッツはレヴィの首にしがみついて離れない。レヴィは仕方なく地上に降りた。
カッツもレヴィも、それ以来、セント・マタルでは笑いものになった。
「竜の国を追放されたドラゴンと、高所恐怖症のドラゴンライダーがいるらしい」
「落ちこぼれ同士、お似合いだ」
レヴィが苦虫を噛み潰したような顔になるのも無理はないと言えるだろう。
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