02:辺境の爆裂姫は振り返らない

「ただいまー!! 今日も大量たいりょおぉ!!」

「疲れた……ホント疲れた……爆裂姫とパーティ組むのは洒落にならん」

 

 辺境の冒険者ギルドに若い娘の明るい声が響く。

 その後ろから、疲れ切った様相の燃えるような赤髪の青年のぼやきが続いた。


「おーぅおつかれー。アーレス。イリア、今日は獲物を爆裂魔法で四散させなかったかー?

 採取できないとまたギルマスにしこたま怒られんぞー」


「もー! もうそんなへましないよー。十五でここに来てからもうすぐ三年! もうベテランですよー!

 ほらっ! 爆裂以外の魔法だって上手になったんだからっ!」


 周囲からの揶揄い混じりの野次を受けて、イリアがバチバチと手のひらに雷を纏わせる。

 

「なんの騒ぎだってんだ一体……。こらっ! イリアっ! ギルドの中で魔法使うんじゃねぇ!! お前のは洒落にならんだろがぃ!」


 厳つい熊のような雰囲気を醸したギルドマスターが、イリアに言葉のカミナリを落とすと、イリアはあっという間に雷を消し去る。その様を見ていたギルド内の魔法師達がごくりと息を呑んだ。

 イリアの行った事が、どれだけ繊細で高等な魔法なのか理解できてしまうからだ。


 まだ年若い娘だがその実力は確かで、得意とする爆裂魔法にかけて、『辺境の爆裂姫』と呼ばれている彼女は、辺境になくてはならない人物と目されていた。


「ところでよぉ、イリア。お前あと半年くれぇ経ったら、ここを出てくって本気か?」


 先程までとは一転して深刻な表情になったギルドマスターが問いかける。

 その内容に、周囲の空気がピタリと凍り付く。そしてアーレスに集まる周囲の視線。


「イ、イリア……? ここを出るって……? ちょっ! こっちっ! こっち来てっ!!」


 茫然としたアーレスがイリアの手を引いて外に出る。その様子をギルドの冒険者達が生暖かく見守っていた。



 

 

「ちょ! アーレスどこまで行くのっ?!」


 アーレスによって引きずられるように連れてこられたのは、街外れの草原だった。

 柔らかな風が、拓けた草原を吹き抜けていき、イリアのさらりとしたプラチナブロンドと、アーレスの短く整えた赤髪の先を僅かに揺らしていく。


「っ! あのさっ! イリアっ! 俺、お前が好きだっ! 俺と結婚してくれっ!」


 炎のような髪色と同じくらい頬を赤く染めて、イリアの両肩を掴んだアーレスが必死の形相で懇願する……のをイリアはポカンと見上げていた。


「それは無理よ」


「何故だっ?!」


 ほぼ即答で断ってきたイリアにアーレスが距離を詰める。

 パーティ組んで仲を深めてきた俺の努力……とブツブツ呟くアーレス。


「だって、アーレスはこの辺境を治める領主さまのご子息、お貴族様でしょう? どこの馬の骨ともわからない娘を嫁にするのは無理じゃない?」


 そもそも、婚約者、いるよね? と意味ありげにアーレスを見上げるイリア。


「な、何故それをっ?!

 ……確かに俺には婚約者がいたが……一度も会った事がないし、想いを寄せた事もないっ! ついでにもう解消済みだっ!

 そもそも俺の婚約者だった令嬢は、齢十で魔法の天才と呼び称された伯爵家のご令嬢で、その腕を辺境で役立ててもらおうって政略的な話で、十五で婚約を結んだ直後に母親を亡くして、そのショックで引きこもったとかで。

 俺も婚約者として手紙や贈物をしたり、訪ねた事もあったが、なしのつぶてだったし。そんな相手じゃ難しいって解消になったんだ。代わりに優秀だと噂の妹を薦められたけど、それは俺が、イリアと結婚したかったから断って……。これからって時に……」


「あー……。なんか色々ごめん。ホント色々ごめん」


 イリアの顔が気まずげに歪む。


「っ! それって! 俺との事は微塵も考えられないって事か?! ……て、すまん」


 イリアの肩を掴んでいた両手にぎゅっと力が入ってしまった事に気づいたアーレスが、慌てて手の力を抜く。


「うーん。アーレスの事は……好きだよ? 刷り込みかもしれないけど、十五でここに来て冒険者になってから、色々面倒見てくれたしね。

 だけど、いいの? あと半年で成人十八になったら、の、明らか訳アリのわたしなんかで……って、聞いてる?」


 イリアの『好き』という言葉に、イリアの足元に蹲って悶絶していたアーレスが慌てて立ち上がる。


「なんかじゃないっ! 俺はイリアがいいんだっ!! 君と生きたいっ!」


 アーレスの真っすぐな言葉に、頬を染めるイリア。


「ふふっ。ありがとっ! わたしも『辺境の爆裂姫』の名に懸けて、アーレスとアーレスの大事なものを一緒に守るよ」


 ところで……。とイリアが悪戯っ子のような表情でアーレスを見上げた。


「元婚約者の名前って覚えてる?」


 イリアーヌ・トア伯爵令嬢。

 将来を嘱望された神童として、未来の大魔法師として名高かった彼女が、随分前に伯爵家から失踪していた事が発覚するのは、二人が冒険者ギルドを始めとした辺境の人々に祝福され、結ばれた後しばらく経ってからの事だった。

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