わたしたちが亡くした目。

neinu

プロローグ

一年生のクラスで、自殺した人いるんだって

え、なにそれ?怖

先生たち、大変そーだね

受験に影響ないといいけど




 中学三年生の冬、一人の男子生徒が自殺した。




*   *   *




自殺したやつ、障害もちだったらしいよ

いじめられてたんだってさ

それだけで死ぬ?笑

しばらく学校休めるんじゃね?




 男子生徒の自殺は、瞬く間に校内中に広まった。




*   *   *




保護者説明会、親御さんに来て欲しいの。

今回の一件は一般的な事故であり、第三者の関わりは、今のところ確認されていません。

今後このようなことが起きぬよう、教員の方針を見直し、生徒への注意を促します。

大変申し訳ございませんでした。




 マスコミの取材に対し、学校は事故だったと主張した。




*   *   *




ふざけるな!!

ただの事故?そんなわけない!

なんであの子が死ななきゃならないの!?

返せ!!照史を返せよ!!




 父と母は市を提訴し、私は隣の県の学校に転校することになった。




*   *   *




「姉ちゃん、これあげる」


 照史はそう言って、小学生の頃に誕生日プレゼントでもらったデジタルカメラを差し出す。


「なんで?これ、照史のでしょ?」

「…もう、いらないから」


 照史はそう言うと、私にカメラを無理やり押し付ける。


 ざらざらとした側面の革の一部が剥がれていて、レンズには照史の指紋がついている。それでも、大切に使われているのが分かる。


「何かあった?」


 照史はデジタルカメラをプレゼントされた時、飛び上がるほど喜んでいた。ずっと自分のカメラで写真を撮りたいと父と母に言っていたから。


 だからこそ、私は心配になった。


 写真を撮ることを何よりも楽しそうにしていた照史が、カメラを簡単に手放すのには違和感があった。照史はいつもように笑っているけれど、何かあったのかもしれない。


「大切に使ってよ、姉ちゃん」


 照史の冷たい声に、私は顔を上げる。


 表情は笑っているはずなのに、寂しげな目をしている。




 次の日、照史はクラスメイトが教室にいる中、ベランダから飛び降りた。




*   *   *




 照史の火葬が終わり、建物の外に出る。焼けた照史の骨の匂いが、鼻の奥に残っている。冷たい空気を吸うたび、鼻と喉の奥がじわっと痛み、変に咳き込む。ツンと、鼻に冷たい感触があり、空を見る。


 雪が、降り始めている。悴む両手に白い息を吐き、照史のデジタルカメラの電源を押す。

数秒経って、画面が明るくなる。ボタンを操作して、時系列順に整理されたアルバムを開く。アルバムには、照史の撮った街の風景があった。一枚一枚、私は目でなぞるように見る。


綺麗。


 心の底からそう思う。そして、まだ照史が生きているのではないかと錯覚する。

私が写真を褒めてあげると、「ほんとに!?」て、照史がはしゃいだ声で言うんだ。

次も、その次の写真も褒めると、照史は照れて、「やめてよ」って言うんだ。








 一枚の写真が、私の喉をギュッと締め付ける。








 道路に横たわる、一匹の猫。かなり離れたところから撮られている。それでも、猫がどうなっているのかは分かった。


 ぐったりと、倒れている。体の一部が欠損しており、そこから赤黒い血が流れている。ついさっきまで生きていた、野良の猫。そばには急ブレーキでできたであろうタイヤ痕がある。死体だ。


 猫の死体が最後の写真だった。照史が何を考えてその写真を撮ったのか、私には分からない。




*   *   *




姉ちゃんへ


今までありがとう。

僕は姉ちゃんが好きだよ。

さようなら。






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