#45
イマルとカンナがアトウォート王国へ向かう数日前、ジェノヴァは公務でナラルガ王国にやって来ていた。
「少し城下町を見ても?」
「どうぞご覧になって下さい。民達も喜ぶでしょう」
衛兵とランドリーと共に、城下町へ向かう。
この国は、武器職人が多く品質が非常に良いことで有名で、リーヴェ王国はもちろん、他国も武器はこのナラルガ王国から仕入れているという国が多い。
城下町も様々な武器や防具屋等が並んでいるが、少し道を外れた所から、視線を感じた。
「ランドリー」
「どうした?」
「先に行っててくれ。後で合流する」
「分かった」
ランドリーはジェノヴァが何を考えているのかを、何となく察して、衛兵と先に進んだ。
そしてジェノヴァはそこに佇む男に声をかけた。
「……先程から俺を見ていただろう」
「何のことですか?」
フードを被った男は、ジェノヴァを見てニヤッと笑う。
身長はジェノヴァと同じ180センチより少し小さいくらい、年齢は分からないが、声変わりをしているあたり、大人であるだろうことがわかる。
「俺を殺そうと思っているのなら、失敗だったな」
「リーヴェ王国の時期王様を殺すだなんて、とんでもない」
「…目的はなんだ、言え」
帯刀しているナイフを男の首に宛てがう。
「怖いなぁ。そんな事しないと言っているでしょう」
「ここで死にたいか?」
ナイフに力を込めると、男はふうっ、と息を吐いた。
「分かりました。話しますので、それ、どけて貰えませんか?」
「今話せ。逃げられても困る。勿論、フードも脱いでもらう」
「はぁ。分かりましたよ」
男は大人しくジェノヴァの指示に従い、フードを脱いだ。
肩まで伸びた金色の髪は、まるでこの暗闇を照らすかの様な輝きを放っている。
左目は眼帯を付けているが、青く大きな瞳には、どことなく見覚えがある。
「昔はよく"アンジュに似てるね"、って言われてたんです」
***
ジェノヴァはアンジュに似た男と共に、更に奥の路地裏にやって来ていた。
どうやらこの男はここに住んでいるらしい。
この男以外にも、浮浪者らしきものが何人もいて、ジェノヴァ達を物珍しそうにじっと見てくる。
「どうしてこんな所に連れてきた」
「あまり人に見られたく無いものがあるんです。……あった、ジェノヴァ第一王子、これを」
男は鞄から何かを取り出し、ジェノヴァに一冊のノートを手渡した。
中身を見たところ、ただの日記のようだった。
「何だこれは」
「あの国の――テレサ王国の事について書いてあります」
「お前はテレサ王国の出身なのか」
「ええ。今は出身である事すら忘れられていると思いますが。まぁ、亡命したと言うことにしておいていただけると」
忘れられているという言葉に、ジェノヴァは引っかかりを覚えた。
言葉の真意を聞こうにも、男は聞いてくれるなと言わんばかりに、ジェノヴァを睨む。
彼には何か言えない事情があるのだろうと察して、深く聞かないことにした。
「ただし、まだ彼――アンジュには見せないで下さい」
「何故だ」
「"あの力"がどうなるか、僕にも分からないんです。何をきっかけに発動するのか、力が落ち着くのか。暴走したらどうなるかも」
この男は、アンジュの力の事を知っているらしい。
あの日記といい、アンジュのことを知っていることといい、テレサ王国の出身であると言うことは間違いないだろうが、ただの一般人でないのは確かだが、この男は一体、何者なのだ。
「俺の事はいつか話します。どうか今はご勘弁を」
「名だけでも聞かせて貰おうか」
「――俺の名前は」
***
「知っているか?アンジェム、という名の男を」
ジェノヴァは公務から帰ったその足で、エバン元大臣を拘束している地下室へ向かった。
あの日から数日が経ち、何度も尋問にかけているが、いまだに何も話をしない。
どのように謎の力を手に入れ、使えるようになったか、そして何故アンジュとリマを襲ったかも。
進展もなくやきもきしていたが、ここにきて、ナラルガ王国で出会った男――アンジェムから貰った日記を手に入れた。
これが何かの手掛かりになるのではと考え、何度目かもわからない尋問が始まる。
「し、知りません…」
「そうか。ならお前の使った力については?」
「……」
2人の間に沈黙が流れる。
「相変わらずダンマリか。何も話す気がないならお前の歯はもういらないかな?あぁ、そうしたらお前の家族と会話出来ないが…。まぁいいか、裏切り者の口などあっていいはずがない」
悪魔のような笑みを浮かべるジェノヴァに、エバンは震える。
この男は言ったことは必ず実行する、そんな男だと知っているから。
それがたとえ、己の手を汚すことになったとしても関係ない。
国を大事に思うが故なのだ。
「ほら、早く話さないと…」
「い、言え、言えないんです…」
「言えない?そんな話は何度も聞いた」
「そ、それは、そう、なのですが…。わ、私が授かった力と言うのは…。は、話せば、私は、こ、殺されるんです!!」
真っ青な顔で、震えた声で、涙目で訴えるエバン。
そんな顔をした所で、ジェノヴァは動じない。
国を裏切り、弟の妻を殺そうとした男の命乞いなどに興味はないからだ。
「そうか。なら――」
死ね、とジェノヴァが言いかけた時。
「わ、私が、あの男と会ったのは、国民へのお披露目会の時なのです」
「ほぉ」
エバンは命乞いをするためか、力を手に入れた経緯を話し始めた。
ジェノヴァは剣を仕舞い、ダンの話に耳を傾ける。
「あの時、少し外の空気を、吸おうとしたら、フ、フードを被った男が、いて…」
「不審者じゃないか。どうして俺に報告しなかった」
「そ、それは…」
エバンはまたしても黙る。
もう嘘などつけないのだから、すんなり話してしまえば良いのに、と思いながらエバンを見下ろす。
「と、とにかく、この力があれば、ア、アンジュ殿を、追放できると…!あっ…」
「つまりお前はアンジュを殺してやりたかったと」
エバンはしまった、というような反応を見せた。
エバンのその一言に、ジェノヴァは怒りの火を灯した。
「そうか、そうだったのか。うん、やはりお前は殺すべきだ。力のことを聞くために生かしておいてやろうと思ったが、間違っていたな。折角だ、アンジュの夫であるノラに殺して貰えばいい、そうだ、そうしよう」
「ま、待ってください!私は、私は…っ!!ですが、この国にあのようなまがい物の人間を入れていいものでしょうか!!」
手を繋がれた鎖が、ジャラジャラと音を立てる。
その音は、ジェノヴァを更に不快にさせるだけだ。
「黙れ」
「男の癖に女だと偽った、あのような人間を許せますか!?私はこの国を守る為にこの力を頂いたのです!貴方もあの男を疑っていたでしょう!?」
エバンの言う通り、ジェノヴァはアンジュをスパイではないかと疑っていた時もあった。
しかし今はそうではない。
大切な家族の一員だ。
そんなアンジュを殺すだなどと
「俺は悲しいよ。お前を大臣として信じていたのに」
「……っ!!」
首に剣を当てられ、そこから血がつうっと垂れる。
「遺言はそれだけか?」
「こ、この力の事を教えます!ですからどうか命だけは…!」
「教えたら死ぬんだろう?いいのか?」
エバンに問いかけると、エバンはぐっと唸った。
この男はどうしたいのか、長らく付き合いのあったジェノヴァにも、理解できなかった。
「か、構いま、せん…」
「分かった。ならとっとと話…っ!?」
瞬間。
バチン!と何かが弾け、ジェノヴァは反射的に目を瞑り、防御反応を起こした。
目を開けると、そこにいたはずのエバンは、服だけを残して跡形もなく消えていた。
「ノラに聞いたのと同じだな」
ノラから報告を受けていた謎の男のことを思い出す。
『術を解いた途端に、まるで砂のように消えたのです』
確かにその男がいた場所には死体もなく、血痕反応もなかった。
ノラが言っていたことが冗談だと思っていたわけではなかったが、まさか自分の目の前で同じ現象が起こるとは思ってもみなかった。
「困ったな…」
結局、エバンから大した情報を得ることはできず、ジェノヴァは力の調査をしているイマルに日記を手渡した。
「イマル、頼んだぞ」
ジェノヴァは馬車の中で、ポツリと呟いた。
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