#23
「父上」
「……ノラか。入れ」
「失礼いたします」
「アンジュはどうだ」
「先程、ようやく眠りにつきましたが…」
「そうか。ノラ、お前はアンジュが女性でないといつから気づいていた」
「………一ヶ月ほど前からです」
報告しなかったことは怒られるだろうな。
「アンジュが寝込んでいると言っていた時だな。何故報告しなんだ」
やっぱりか。
「申し訳ございません。アンジュの体調を優先しての事でした。テレサ王国でどのような扱いを受けていたかは分かりませんが、とにかく女として生きていけと言われていたのではないかと」
テレサ王国での事については、アンジュが頑なに口を開かないので予想ではあるが、あながち間違いではないだろう。
でなければあんな反応をする訳がない。
「そうか」
「父上、アンジュの処遇ですが、どうなさるおつもりでしょうか」
「………」
「もしも父上がアンジュを裏切り者だと言うのであれば、私はアンジュとリマと3人でこの国を出ます」
「国を出てどうするつもりだ」
「幸い私は力はありますので、どこかで狩猟でもして暮らします。料理はリマに任せられますし」
「……」
「勿論国民も国も大事です。ですが今の私には、アンジュが一番なんです。彼女は、私の妻ですから」
誰よりも家族を大切にしてきた父上なら、きっと分かってくれるはずだ。
俺はそう信じている。
「そうか」
「どうかご慈悲を…」
「……少し考えよう。お前は暫くアンジュの傍にいてやりなさい」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
***
頭がぐるぐるして、なにが起きたのかわからなかった。
どうして男だって、みんなわかったのかな。
俺、もうこの国にはいられないよね。
そうしたらお父様の所に、テレサ王国に戻るのかな。
また前みたいにあの部屋でひとりぼっちになるのかな。
いやだ、ここにいたい。
でも、きっと男だってわかったから、ダメだよね。
父上も、アンナ様も、チダリ様も、イマル様も、みんなみんな、俺を嫌いになるよね。
みんなにうそをついて、ごめんなさい。
ノラ王子、リマさん。
「ごめ…なさ…」
***
「アンジュ…」
アンジュはまた、怖い夢を見ているのだろうか。
どれだけ涙を拭っても、アンジュの瞳から涙が止まることはない。
「ごめ…なさ…」
「アンジュ…」
「アンジュ様…」
アンジュ、どうしたら君に笑って貰えるだろうか。
どうすれば君が泣かないようになるだろうか。
俺は、君が絵を見せてくれた時の、ドレスを着た時のあの笑顔を、また見せてほしい。
俺の名前を呼んで、笑ってくれたらそれでいい。
美味しそうにご飯を食べて、リマと談笑して、俺の隣で眠って、そんな普通の日々でいい。
どうして君ばかりこんな目に合うんだ。
「ん…」
「アンジュ!」
「アンジュ様!」
「お、れ……あ、ごめ、なさ…」
「アンジュ」
「や、ごめんなさい、お父様っ、ごめんなさい」
「アンジュ、俺を見ろ」
パニックに陥っているアンジュの手を握り、目を合わせる。
ここには、君の怖がっている人たちはいないと、安心させてやらなければ。
もう無理をしなくても良いのだと。
「ひっく、あ、あ…」
「俺が分かるか?」
「おう、じ…王子、俺、俺……っ」
「ずっと無理をしていたんだろう。今まで気づいてやれなくて、すまなかった」
アンジュを抱きしめる。
するとアンジュは、まるで蛇口が壊れたかのように泣き始めた。
「うぁぁっ、ひっ、ひっ、ごめんなさい、俺、ずっと、ずっとみんなに、うそを、ついて…っく、ひっく、うぇぇっ」
「大丈夫、みんな少し驚いただけだ」
「でも、でもぉっ」
「きっとみんな分かってくれるさ」
「うぇぇぇんっ!ごめんなさい、おうじ、おうじっ、うぇぇぇんっ!」
アンジュは30分程泣き続けた。
「王子、ごめん、なさい…。俺、王子の服を…」
「気にするな。リマ、水を持ってきてくれるか?」
「はい。アンジュ様、少しお待ち下さいね」
「ありがとう、ございます…」
リマが部屋を出たところで、先程父上の所に行き、アンジュの話をした事を伝える。
「………」
「正直どうなるか分からない。だがきっと父上や兄上姉上達なら分かってくださるはずだ。それにそうならなくとも、3人で暮らしていけばいいと思っている。アンジュはどう思う?」
「俺、は…、分かりません。でも、お父様に見つかったら…」
「そうなったら俺がなんとかする。アンジュには傷一つ付けさせない。それは相手が誰であろうと同じだ」
「そうですわ、私も精一杯アンジュ様をお守りします」
「ノラ王子、リマさん…」
「俺もリマも、アンジュの味方だ」
君が何であろうと、君を守る。
君を見た時から、そう決めていたから。
「ありがとう、ございます…。俺、何も出来ないのに…」
「そんな事ありませんわ。アンジュ様がいるだけで、この御屋敷も明るくなりますわ」
「…まるでアンジュが来る前は暗かったみたいな言い方じゃないか」
「あら、あながち間違いではありませんわよ?ノラ王子はあまりお話が得意ではありませんからね」
「君なぁ…」
「……ふふっ」
アンジュが笑った。
「あ、ごめんなさい…俺…」
「アンジュ!」
「お、王子…っ!」
思わずアンジュを抱きしめてしまった。
だって、君が笑ってくれたから。
「王子、あの…!」
「すまない、つい…」
「王子、ありがとうございます。俺、出来ることなんてありませんけど、でも…」
アンジュの目には、もう涙はない。
あるのは、力強い決意。
(俺だって、何かしないと。いつまでも泣いてちゃだめだ)
「王子、俺……」
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