#17
「アンジュよ!ついに食事会の日程が決まったぞ!!」
朝、部屋に入ってきた父上の叫び声と共に目が覚めた。
「……父上、寝起きなので、もう少しお静かに……」
「ん……」
「!!!おっと、夫婦仲良くしている所を邪魔して悪かったな…!」
俺の横で眠るアンジュを見た父上は、ニヤニヤと笑みを浮かべ部屋を後にした。
「いやー朝からすまんなぁ、リマも申し訳ない」
「いえ国王、問題はありませんが…。せめて一言仰って頂いてもよろしいですか?」
リマがバキ、と手で箸を折った。
それを見た俺とアンジュと父上は思わず顔を見合わせた。
「全く…。朝食の用意も大変なんですからね」
「……すいません」
「分かっていただけたならよろしいんです」
リマの顔は笑っていなかった。
「コ、コホン。さてアンジュよ。以前話していた食事会なのだが、来週に決まったぞ。問題ないかな?」
「ら、来週、ですか…?」
アンジュは机の下で拳をぎゅっと握りしめていた。
「都合がつかないのなら、別日にするが…」
「だ、大丈夫です!頑張ります!」
「アンジュ、本当に大丈夫か?」
俺はその拳を手で包み込む。
「はい、ノラ王子が一緒ですから」
「アンジュ…」
「よし!では来週楽しみにしておるぞ!リマよ、朝食は世話になったな!美味であったぞ!」
「有り難き幸せ」
父上は満足そうに屋敷を出ていった。
「アンジュ、本当に大丈夫なのか?手が震えていたが…」
「はい、少し緊張しているだけです…。ふぅ……」
「でしたらアンジュ様、息抜きにお買い物に行きましょう!お食事会用のドレスを見に行くのはいかがです?」
「お買い物…」
「ノラ王子もついて行きますからね?」
「お、俺が…?」
買い物が嫌いな訳ではないが、以前姉様やチダリ様に付き合った時、かなり時間がかかった事と、荷物持ちにされた事を思い出す。
「ね?王子?分かってますよね?」
またリマの目が笑っていない。
俺に拒否権などないらしい。
「……分かった」
「ではご飯を食べ終わりましたらお出かけの準備をいたしましょうね!」
「お買い物…」
「アンジュ様?もしかして、お買い物はお嫌いですか…?」
アンジュの反応の薄さに、リマが心配そうにアンジュに声を掛けた。
「あの、私、お買い物なんて、した事がなくて…」
「「えっ!?」」
「あの、えっと……」
世間知らずという話では済まないだろ。
買い物に行ったことがない?
そんなこと有り得るのか。
アンジュはテレサ王国でどんな暮らしをしていたのだ。
「あ、いや…。じゃあ今日はめいいっぱい買い物を楽しもう!な!リマ!」
「え、ええ!そうですわね!さ、アンジュ様!早くご飯を済ませましょう!」
「あ、はい…」
落ち着け俺。
アンジュを不安がらせるな。
いつも通り、いつも通り接しろ。
「アンジュ、何か欲しいものがあったら言っていいからな」
「あ、はい…」
(欲しいもの…そんなの、わからない)
***
俺がおかしいのは、ここに来てからなんとなくわかってた。
俺はあの部屋と、外の怖い世界しか知らなかったから。
でも、ノラ王子とリマさんの反応を見て、やっぱり俺はおかしいんだって思った。
こんな俺でも、一緒にいていいのかな。
不安な気持ちしか湧いてこない。
「アンジュ?大丈夫か?」
「あ、王子、大丈夫です!」
この前倒れた時みたいに、迷惑をかけたくない。
だけど、どうしたらこの不安な気持ちはなくなるんだろう。
わからない、だれか、たすけて。
***
「わぁ…!人が、たくさん…!」
「ふふ、笑顔が戻ったようで何よりですわ」
「…だな」
「王子!これはなんですか!」
「アンジュ!待て、離れるな…!」
出発前まではあれ程暗そうな顔をしていたのに、今は色んな店に行きたいと一人できゃっきゃとはしゃいでいる。
そんなアンジュをなんとか引き止めて、仕立て屋に向かった。
「アンジュ様、此方は普段お世話になっている仕立て屋でございます。こんにちは、マルムさん」
「あら、リマさんにノラ王子!こちらの方は…」
「マルムさん、こんにちは。まだ公表はしていないのですが、実は…」
「えーーーっ!!」
アンジュの事を話すと、マルムさんは大声を上げた。
「マルムさん、しーっ…」
「ノラ王子、申し訳御座いません、つい…。アンジュ様、初めまして、マルムと申します。どうぞお見知り置きを」
「は、はい…。ええと、アンジュ・リーヴェです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
アンジュとマルムが挨拶を交わす。
「して、本日はどのようなご要件で」
「ああ、来週うちで食事会をする事になってな。その為のドレスを今あるものでいいから、アンジュに用意してやって欲しいんだ」
「畏まりました!アンジュ様、ではまずサイズを…」
「マルムさん、サイズはこちらで測っておりますので、こちらでご用意願えませんか?」
アンジュの事をまだ公表していない中で、アンジュが男だと気づかれるのは不味い。
なので事前にサイズを測る事で事を回避しようと考えたのだが…。
「ですがサイズが合っているかは私共で確認させて頂きたく…」
「どうか、お願いします。アンジュには事情があって、体を見られたくないのです」
俺がマルムに頭を下げると、マルムは諦めてくれたのか、リマが渡したサイズでドレスを何着か用意してくれた。
「お着替えは如何いたしましょう」
「私がさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「畏まりました。アンジュ様、お好きなドレスをお選び下さいませ」
真っ黒のスラリとしたシンプルなドレスに、袖なしのグリーンのドレス、背中の空いた赤と白のドレス、そしてアンジュの瞳と似た、水色のドレス。
どれもアンジュに似合うだろう。
アンジュはそれらを見て、子供のように目を輝かせる。
「お、王子はどれが良いと思いますか…?」
「どれも似合うと思うぞ」
「「王子?」」
事実を述べたまでだと言うのに、女子二人の目が俺を睨みつける。
俺に選べ、という事だろう。
「そ、それなら俺は水色のを着てほしい、が」
「畏まりました!ではリマさん、アンジュ様、こちらへ!」
「あ、はい!」
暫くして、アンジュが試着室から出てきた。
「王子、如何でしょうか……?」
「……っ!」
水色のドレスは、胸元に刺繍が入っていて、スカートの部分はグレーのデザインがあしらわれていた。
アクセントに、真珠のアクセサリーと、サファイアのイヤリング、真っ白の手袋。
髪型は今朝、リマに整えて貰った簡単なポニーテールだが、これがまた別の髪型でもよく似合うのだろう。
「よ、良いと思うぞ…」
「ですってアンジュ様!ではこちらになさいましょうか!」
「……は、はひ!」
マルムが興奮気味にアンジュに話しかけると、アンジュは緊張してか、顔を赤くして固まっていた。
「ありがとうございました。またよろしくお願いいたします」
***
「王子、これは何でしょう?」
ドレスを見終えた後、もう少し市場を見たいというので、ふらついていた所、アンジュが御守りを手に、俺に問いかけた。
「ああ、これは御守り、だな」
「御守り…?」
「家内安全や恋愛成就や健康祈願、あとは戦いに出るものへ、無事に帰って来て欲しいと願いを込めたりもするかな」
「戦い…」
「あぁ。このリーヴェ王国も、君のいたテレサ王国も、戦争を経験しているからな。今後そういう事が起きないとは限らない」
しまった。
また不安にさせる様なことを言ってしまった。
アンジュの顔を見ると、案の定、少し暗くなっていた。
「すまないアンジュ、君を不安にさせるつもりは…」
「あ、いえ、そう、ですよね…。戦争…」
アンジュは御守りを手に握りしめ、御守り、御守り…と呟いていた。
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