第16話 ひとつ屋根の下
シャノンをパーティに引き入れた翌日、ルークたちは件の一軒家を買った。
一軒家、というよりちょっとした豪邸といって差し支えない物件を手に入れたルークたちは、意気揚々と宿から引っ越しを行う。
一階には全員が集まることのできる広々としたリビング。
二階にはそれぞれの個別の部屋。
その他は応接間や物置、トイレ・風呂などの水場と言った感じで、非常にシンプルな部屋構成だったが、今まで宿暮らし、シャノンに至っては森暮らしだった四人にとって、とても満足出来るものだった。
そして、四人が同じ家に住み始めてからそれなりの日にちが経つ。
― ― ― ― ―
一軒家に棲み始めてから数週間後。
「ふー。ただいまー」
ルークとエマは家のドアを開けて、買ってきた食材をダイニングに持っていく。
「お、おかえりー」
ダイニングテーブルで一人、酒を飲んでいたメリッサが軽く手を振った。
エマはルークと手分けして、食材を魔道具の一種である『魔道冷蔵庫』に入れていった。
魔道冷蔵庫はその名の通り、食材を一定の低温で保存する魔道具である。
この魔道具の出現以来、世界の食事・料理事情はかなり変化したと言ってもいい。
「今日の晩御飯は
「おー、いいじゃん。私アレ好きなんだよね」
食事当番は基本的に四人のローテーションで組む……ことになっていたのだが、メリッサは元来料理をしないタイプらしく、さらにシャノンは料理という概念すらピンと来ていないという危険な状態だったので、必然的にルークとエマでほとんどを分担していた。
しかし、ルークも料理が得意というわけでもないので、結果として暫定で一番料理が出来るエマが大半を担当し、ルークがその補助をしているという形ではあったが。
そしてその他の家事、風呂掃除や洗濯などをメリッサとシャノンが多めに担当することになっていた。
「シャノンは?」
「あー、部屋で昼寝してるよ」
「そっか。夕飯出来たら起こさないとな」
そこからはルークとエマのほぼ共同作業で、夕飯を作っていく。
野菜を細かく斬り刻みながら、あるいは鳥を煮込みながら、時々エマはルークを意味もなく吸う……ものの、ルークは動きにくくなるからやめて欲しかった。
しかし面と向かって拒否することも出来ず、もごもごと口を動かす。
「君たち、その距離感で付き合ってないってマジなの?」
「いや、私はルークさんのことが『人として』好きなので? 付き合ってあげてもいいんですけど? でもルークさんはそういうのが苦手らしいので、結果としてこの距離感です」
「結果としてこの距離感、はおかしいと思うけどね……」
「え、エマ、頼むからペタペタ引っ付かないでくれ。恥ずかしい……」
「えーいいじゃないですか」
「お熱いことで」
ルークとエマがキッチンでイチャイチャしているのを見ながら、メリッサはコップに酒を並々と注ぎ、グイっとあおった。
やがて夕飯が出来上がると、ルークはシャノンを起こしに二階へと上がる。
部屋のドアを開けると、シャノンはベッドから落ちてひっくり返った格好で、ぐっすり寝ていた。
「す、すごいな……シャノン! 夕飯出来たぞ!」
「……う、む」
とりあえず頭が逆さになっているのは危なっかしいので、体勢を元に戻してからルークはゆさゆさと肩を軽く揺さぶる。
すると、シャノンはゆっくりと目を開いた。
「ゆう、はん……食べる……」
「よしよし、そのまま起きて降りよう」
シャノンの手を引いてルークは階段を降りると、既にエマとメリッサが配膳を済ませていた。
「「「「いただきまーす」」」」
一斉にスプーンやフォークを取り、各々の食事を始める。
パンをちぎり、もさもさと食べながら、何気なくルークが口を開いた。
「……そういや、家を買うだけのお金を貯めて、実際こんな立派な家を買うことが出来たけど。次の目標は何にしよう?」
「そうですね。とりあえず、まだ聞いてなかったメリッサさんとシャノンちゃんの目標も聞いてみます?」
ルークとエマは、メリッサとシャノンの方を見る。
「私は毎日そこそこの依頼をやって、終わったらゴロゴロしてたまにいいお酒を飲めれば、それでいいかなー。あとタバコ」
「すごい勢いで体をダメにしそうな生活だ……」
「えー、これでも健康には気を使ってるんだよ? たまに医者にも通ってるし。まぁ私の目標、というかとりあえずの日課はそんな感じかな」
「なるほど。シャノンちゃんはどうです?」
「私は、記憶を取り戻したい。自分が前は何者だったか知りたい」
「うーむ。確かにめちゃくちゃ重要な目標だよな、自分の過去に関わるんだし……そういや何か手掛かりはないのか?」
「……ない。わからない。気づいたら着の身着のままだった」
「ゔーん」
メリッサは特に大きな目標はなく、逆にシャノンは目標が大きすぎる状態である。
これでは、二人の目標をパーティの目標にそのまま転用するのも難しいだろう。
そして、ルークの『強くなりたい』という目標は漠然としているし、エマの『流星竜の巣に行ってみたい』という目標も、現状は差し迫っているものでもないらしい。
となると、四人の行動・過去とは全く別、やはり『パーティとしての四人全員に共通する目標』を立てるべきだろう。
そこまで考えたところで、ルークはあることを思い出す。
「そういえばさ、一つ気になってたことがあったんだけど」
「何です?」
「いや、俺は推薦状でいきなり上級冒険者になったけどさ。普通の冒険者ってどうやって昇格するのかなって」
「普通は主要都市で行われる昇格試験に参加して、合格しなければいけません。たまに国家を救うレベルの偉業を達成した人なんかは、例外的にそれだけで昇格出来ますが」
「なるほど。そして昇格したら、それだけ上のランクの依頼も受けられるようになるんだよな?」
「ですです。……あ、もしかしてルークさん、このパーティで昇格試験を受けようと考えてます?」
エマに心中を言い当てられたルークは、その通りと言うように何回か頷いた。
「確かに、いい考えかもしれません。現在はルークさんとメリッサさんが上級、私が中級、シャノンちゃんが下級ですよね。それぞれが一ランク上がるだけでも依頼の種類も増えますし、報酬もかなりアップしそう」
「だろ? そしたら増えた金で、また何か新しいことを始めてみてもいいんじゃないかな。それこそその金を資金に世界を旅してみたり」
「いいですね、夢が広がる。お二人はどう思います?」
エマは再びメリッサとシャノンを見るが、二人共特に異論はナシという感じだった。
「昇格してもらうお金が増えれば、飲めるお酒の質も上がる! こんなにいいことはないよー」
「……私も、王都に行けば記憶喪失の手掛かりが得られるかもしれない。行きたい」
「ということは、決まりだな。次のパーティの目標は、昇格試験に合格か」
ルークたちは新しい目標が出来たことにより、若干ウキウキとした手つきで夕飯を終えた。
食器を片付け、メリッサが皿洗いをしている間にエマは思い出したようにテーブルに置いてあった冊子の束を取る。
「そういえば、ギルドで『何か役に立つかもしれない』と思って色々パンフレットを貰って来たんですけど」
その中から薄めの一冊、赤い冊子を出したエマはそれをパラパラと捲った。
「今年は確か、昇格試験自体はやらないそうなんです」
「へ!? じゃあ王都に行くのは来年ってことか?」
「いえ、そういうわけではなく。今年は昇格試験と闘技大会を合わせた、盛大な催しが王都で開かれるみたいです。なんでも、五年に一回のお祭りだとか」
どれどれ、とルークとシャノンが冊子を覗き込んでみると、そこにはでかでかと『
「魂測戦抜……なんだかカッコいい響きだな」
「そうですかね? とりあえず今年……今から三か月後にはこれが開催されるので、私たちの目標は『魂測戦抜への参加』ですかね」
「なるほどね。燃えてきた!」
両拳に力を入れて興奮するルークを横目に、エマは嬉しそうに笑う。
シャノンは普段通りの無表情だったが、魂測戦抜の文字に何かを見据える
そしてメリッサは、洗い終わった皿を横に置きながら三人を感慨深そうに見つめていた。
ルークたちのパーティは第二の目標『魂測戦抜参加』へ向けて動き出した。
……しかし、四人の生活は、翌日の事態によって急変する。
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