第14話 奇天烈行動に意外な異能

「ちょ、ちょっと!! シャノン!! そろそろ放してくれ!!」


 執務室からシャノンに引きずり出されること十数分。

 シャノンはその小柄な体に見合わぬ怪力を以て、ルークを超人的なスピードでダンジョン近くの森まで引きずり回した。


「……」


「ぐえっ!」


 森の入り口で急停止すると、シャノンはピタリと止まってルークを放す。

 突然支えを失ったことで、ルークは地面に倒れ込んだ。

 そんなルークを、シャノンはかがんでのぞき込む。


「……じゃあ、ルーク先輩。指導よろしくお願いします」


「そこは礼儀正しいんだな……」


 ゆっくりとルークは体を起こし、体中の痛みに渋い顔をする。

 指導、とは言っても、半強制的にギルドから引っ張り出されたルークは正直何を教えてやればいいのか、皆目見当がつかなかった。

 というかそれをギルド長から教わる前に引きずり出された気がする。


 『果たしてまずは何をやればいいのやら』という感じでルークは頭を抱えるが、目をキラキラさせているシャノンを放って帰る訳にもいかず、何かそれっぽいことをやらなければ……と考える。


 すると。


「あ、スライム」


 シャノンが呟いた先には、下級魔物のスライムがうねうねと地を這っていた。

 そのスライムを見たルークは、とりあえずシャノンの実力を確認してみるか、とスライムを指差した。


「じゃ、じゃあシャノン。とりあえずあのスライムを狩ってみてくれ。それで君の実力がどれくらいか見極めるから」


「りょーかい」


 シャノンはてけてけとスライムに向かって不用心に歩いていく。

 それを見たスライムは、自分の体をうねりと大きく引き伸ばし、シャノンを包み込もうと襲い掛かった。


 下級の魔物と言えど魔物は魔物、それなりの戦闘能力を有している。

 ルークがこの前戦ったスライム・ファイターほどではないが、今回のスライムも下級冒険者には十分脅威となり得る強さなのである。


「む」


 しかし、急激に体の面積を増やしたスライムを面倒くさそうにシャノンは避ける。

 避ける、と言っても数歩動いただけだったが、しかしスライムに体を絡めとられる位置から確実に脱していた。

 上手い、ルークは直感でそう思う。


 普通、下級冒険者なら『的が大きくなった』と反撃される可能性を考えずにいきなりスキルを撃つか、それとも『危険だから一旦退避しよう』と一定距離を取るかするのに、シャノンはこのどちらでもなく必要最低限の距離だけを歩き、スライムへ攻撃を与えられるだけの距離を保っていた。


 スライムの側面に回ると、シャノンは腰に差していた短剣を抜き、スライムの核に突き刺そうとするが。


「……あ、ちょうちょ」


 シャノンとスライムの目の前を、呑気に蝶がひらひらと横切る。

 瞬間、短剣はピタリと止まり、シャノンは蝶をフラフラと追いかけ始めた……。


「って、何やっとんじゃ!? シャノン、まずはスライムを倒すんだ!」


「わー」

 

 ルークの言うことを一切無視して蝶を追い、森の奥へと歩いていくシャノン。

 それを見たルークは頭を抱える。


「何、この……何!? 何なんだ!? なんでスライムより蝶に意識が向くんだよ!?」


 初対面で頭にかじりつかれた時から若干思っていたが、シャノンはどうやらかなり奇行の目立つ子供らしい。

 一人にすると危ない、とルークは慌ててシャノンを追うものの、数歩歩いた先にはもうシャノンが蝶への興味を失い、草むらに寝転んで伸びをしていた。


「ルーク先輩、眠くなったので少し寝ます」


「いや寝るな寝るな! 危ないから! ほら、スライムまだそこにいるから!」


 何とかスライムに意識を向けようとするものの、直後に聞こえてきたシャノンの寝息にルークは絶句する。


「な、何なんだコイツ……」


 用事があったのに無理やりギルドから引きずられ、実力を見ようとスライム討伐に目を向けさせたのに蝶に気を取られて戦線離脱、挙句の果てに魔物が数多く住まう森のど真ん中で昼寝を始める。


 ルークはシャノンの奇行ぶりに、ただただ困惑するしかなかった。

 しかし、そんな時。


「グルルルル……」


 森の奥から、二本の巨大な結晶を体に埋め込んだ熊の魔物、プリズム・ベアーが姿を現す。

 ルークがエマと初めて出会った時と同じくらいの大きさの個体だった。

 恐らく上級に分類されるだろう。

 二人の姿を視認したプリズム・ベアーは大きく唸り声を上げた。


「クソッ、こんな時に!」


 間が悪い、と言うようにルークは片手で流星炎を発動させ、火球を作り出す。

 ルークにとってこの程度の魔物を倒すことは造作でもなかったが、シャノンがいつどんな行動に出るか予測が出来ない今、プリズム・ベアーをシャノンに任せるというのが危険な発想なのは言うまでもなかった。


 そして、シャノンはあくまでもまだ下級、新人の冒険者である。

 プリズム・ベアーのような上級の魔物を討伐するには、スキルの練度も実力も足らないだろう。


 そう思い、プリズム・ベアーに火球を発射しようとしたルークだったが。


「む、うるさい」


 火球を撃ちだす直前、シャノンが草むらから勢いよく起き上がり、手に持っていた短剣をベアーへと走らせた。

 その短剣は、器用にベアーの片目を切り裂いた後、続けて結晶の根元にも傷をつけた。


「ガアアアアッ!?」


 ベアーは予期せぬ反撃に驚いた後、苦悶の声を口から絞り出す。


「さっきまで寝てたのに、一瞬で……!?」


 突然のシャノンの行動に、ルークは驚く。

 やはり先ほどのスライムを避けた動きからして、シャノンには天性の戦闘センスがあるのだろう。


 それは今、短剣を構えて立っているシャノンを見れば明らかだった。

 隙が無い、と一言で言えば簡単だが、シャノンには何か『自分の弱点を上手く隠している』とでもいうような立ち振る舞いが感じられた。


「ふっ」


 ベアーが反撃する前に再び動いたのはシャノン。

 ベアーの体のあちこちを無数に、そして丁寧に斬りつけていく。


「ギャアッ!?」


 その攻撃を受けたベアーは、どうやら立つこともままならなくなったのか、フラフラとしつつ倒れた。

 近くで見ていたルークは、感嘆の声を上げる。


「すごいな、シャノン。普通、下級冒険者は上級の魔物なんて倒せないよ」


 短剣を軽く拭いてから腰に差し直したシャノンは事もなさそうに言う。


「私は、大気中に流れる細かな魔力の流れを感じ取れる。魔力の流れは魔物や人間の周囲にもよく流れていて、それを辿って攻撃したら弱点に当たりやすい」


「……!? それってスキルの一つなのか?」


「ううん、これは私だけの力。固有スキルでもない気がする」


 突然の告白に、立て続けに驚くルーク。

 確かに、下級冒険者にしてはシャノンの攻撃には迷いがなかった。

 それも、大気中の魔力を感じ取れる力に由来するというのだろうか。


「それより、ルーク先輩」


「なんだよ?」


「そろそろ囲まれそう」


「ッ!」


 周囲を見回してみると、ベアーの唸り声に引き寄せられた狼型の魔物、フォレスト・ウルフが十数匹、ルークたちからつかず離れずの状態でグルグルと回っていた。

 フォレスト・ウルフは体毛が濃緑なことから、森の草むらに擬態し獲物を襲うと言われている。


 しかし、ウルフたちは群れていても一匹は中級が精々なところ。

 今のルークとシャノンの敵ではなかった。


「シャノン、まだ戦えるか?」


「ちょっと疲れたので後はルーク、頼みます」


「はぁ!? 敬称もいつの間にか外れてるし……と言おうと思ったけど、そりゃ上級倒した後だし疲れるか。わかった、あとは俺に任せとけよ」


 ルークはベアーに対して不発だった流星炎を再び出現させる。


「シャノンの実力を見せてもらったんだから、ここらでサクッと俺も先輩風吹かさないとな!」


 一斉に襲い掛かって来たフォレスト・ウルフたちに向かって、ルークは全方位に向かってスキルを発射する。


流星炎メテオ・ブレイズ!」


 濃緑の狼たちがシャノンに牙を剥く直前、ルークの青い炎が周囲を焼き払い、狼たちを一掃した。

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