第40話 零と悪夢

「神在月先輩〜!」

 

 次の日、中庭にいたわたしのもとへ美華ちゃんが猛ダッシュしてきた。

 ギュ〜っと抱きつかれて、わたしはギョッと目を丸くした。

 

「ど、どうしたの!?」

「晴夜先輩に振られちゃったぁぁぁ」

 

 うわぁぁんと、美華ちゃんは泣く。

 一緒にいたカンナちゃんと早平くんが顔を見合わせて、晴夜くんを見た。

 美華ちゃんを振った当の本人は、わたしと美華ちゃんの様子を見て「知り合い?」なんて口にした。

 う、うん……そうだけど……。でも今は存在感消していたほうがよかったんじゃない……?

 なんて心配したけれど、晴夜くんの言葉は泣いている美華ちゃんに聞こえなかったのかも。

 晴夜くんを見向きもしない。

 うーん、言ったほうがいいかな……。

 

「あの、晴夜くんいるよ……」

「え……? ――あ、あ、あぁぁ……晴夜先輩!?」


 美華ちゃんはパッチリ可愛い目をまんまるにして、晴夜くんを凝視した。

 泣いて赤くなっていた顔が余計に赤くなる。

 そんな美華ちゃんに向けて、晴夜くんはキュッと口角を上げた。

 誰が見ても丸わかりな営業スマイル。


「こんにちは」

「こ、こ、こんにちは……さよなら……」


 シューと真っ赤になって茹でダコのようになる美華ちゃん。

「先輩、ちょっと来てください」と、わたしのカーディガンの裾をつまむ。

 手を振りほどくわけにいかないから、引っ張られるままついていった。

 中庭から十分離れたグラウンドの近くまで行くと、美華ちゃんはほっぺを膨らませた。


「晴夜先輩がいること言ってほしかったです」

「美華ちゃんが来ること想像してなかったから」

「あ、そっか……そうですよね。……すみません」

「ううん」


 美華ちゃん、すっごく驚いちゃったんだね。

 ところで、どうしてわたしを連れてきたの?

 

「あたし、わかったんです。晴夜先輩のタイプは神在月先輩なんですよ。だから神在月先輩みたいな女の子になります! 絶対に諦めませんっ。と、言いたくて連れてきました。まあ全部、今朝決めたんですけどね」

 

 え? わたしが晴夜くんのタイプ?

 いやいや、そんなわけ……。

 だけど美華ちゃんには、わたしの否定なんて聞こえていないらしい。

 

「あたし、先輩に負けない女の子になりますから、先輩も自分磨きしてくださいね! ボーっとしてたら、あたしが晴夜先輩を惚れさせちゃいますから。さよならっ」


 待って!? 話を進めないで!

 帰らないでー!!

 ああ、帰っちゃったよ……。

 

「レーイちゃん。宣戦布告されちゃったね」

「ひゃー!? か、か、カンナちゃん、いつからいたの!?」

「最初からいたよ。カンナは死神だって言ったでしょ? 気配を消すなんて、ちょちょいのちょいなの」


 そ、そうなんだ。死神すごい……。

 振り返ったらカンナちゃんがいるなんて、想像できないよ……。びっくりしたぁ……。

 

「どうするの? 美華ちゃんの対抗心に火がついちゃったみたいだよ」

「うう……。困ったなぁ」

 

 ど、どうしてこんなことに……。

 わたしは、大きなため息をついたのでした。


 ❀


 美華ちゃんに宣戦布告された日。

 夜おそくに目が覚めた。

 

 ――夢を見た。

 水の中にいるの。

 水面がどんどん遠ざかって、身体は深い深い水の底へ沈んでいく。

 沈みゆく先に赤い光がふたつ。

 わたしを見つめる、真っ赤な瞳。

 ゴボッと口から泡が溢れた。

 肺が水に満たされる。


 苦しい、怖い――!


 水から顔を出そう、酸素を吸おうと必死に身をもがいて――目が覚めると布団にいた。

 背中が汗でびっしょり濡れている。

 ああ、夢でよかった……。

 

 カラカラに乾いた喉を潤すために、お茶を飲みにキッチンへ行く。

 仕事から帰ってきたらしいお母さんがお皿洗いをしていた。

 

「零ちゃん、ただいま」

 

 お母さんはわたしに気がつくと、温かくほほ笑んだ。

 お母さんの顔、久しぶりに見た気がする。

 ここ最近はお仕事ばかりだったもの。

 

「おかえりなさい」

「起こしちゃった?」

「ううん。怖い夢のせいで目が覚めたの」

「そう……」

 

 お母さんはタオルで手を拭き、にっこり笑って両腕を広げる。

 もしかして……。

 少し恥ずかしく思いながら近寄ると、お母さんはわたしをギューッと抱きしめた。


「怖いのは幸せな気持ちで吹き飛ばしちゃおう」

「ふふっ。うん」


 嬉しいな。あったかいな。

 お母さんとハグしたの、いつぶりだろう。

 

 あ……美華ちゃんのこと、言うべきかな。

 わたしはお母さんから身体を離して、息を吸った。


「あのね、お母さん。この前、わたしの妹だっていう子と知り合ったの……」

 

 ちゃんと話しておかなくちゃ。


「綿宮美華ちゃんって1年生がいるんだ。その子のお父さんは、わたしのお父さんなんだって」

「……」

 

 お母さんは黙り込んでしまった。

 

「お母さん?」

「……零ちゃん、話さなくちゃいけないことがあるの。座ってくれる?」

「うん……」

 

 お母さんはわたしを手招いて居間に座る。

 わたしは首をかしげながらも、お母さんの言う通りにした。

 

「あなたのお父さんは、お腹の子が女の子だと知ったとき、とっても喜んでくれたのよ。1人目は男の子だったからね」

「じゃあ、どうしていなくなったの?」

「それは……お母さんが本当のことを教えてしまったから」


 本当のこと?

 

「この子は大人になれません……って」

「え。どういうこと? わたしの話だよね? 大人になれないって、わたし病気でもあるの?」

「そうじゃない。そうじゃなくって……」

 

 お母さんは、泣き出してしまった。

 わたしを引き寄せると、さっきよりも強く抱きしめる。

 

「ごめんね、ごめんね零ちゃん。何もできなくて、ごめんなさい」

「お、お母さん? 謝らないで」

 

 何もできないなんて、そんなことないよ。

 お母さんは、いつも頑張ってくれているじゃない。

 どうして謝るの?

 

「もう寝るね。おやすみなさい」

 

 わたしは部屋に戻る。

 布団に潜り込んでから、もんもんと考えてしまった。

 お母さんは何を言っていたのだろう。

 わたしが大人になれないって……。

 病気ではないらしい。余命宣告されたわけでもない。でも、わたしは大人になれない。

 いったいどういうこと……?

 そういえば、音楽室のベートーヴェンが「運命」について話していたな。

 色々わからないことばかり……。

 いつか、わかったらいいな。

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