第37話 美華ちゃんを救え!

「カンナちゃん、美華ちゃんが連れ去られちゃったのはどうして?」

「カンナたちの後をつけていたみたいなの」


 え!? 全然気がつかなかった……。

 美華ちゃんがわたしたちをつけていたなんて、どうして?


「音楽室へ向かうカンナたちを見て、気になってついてきちゃったのよ。悪気はないの」


 そっか……。

 カンナちゃんは美華ちゃんの考えがわかるの?

 

「そうだよ。カンナは死神――神様だもん」

「死神ってそんなことまでできちゃうの!? すごーい!」


 ……じゃなくて!

 早く美華ちゃんを助けなくちゃいけない。

 だけど……。

 わたしは足を止めた。


「行き止まりだよ、カンナちゃん」


 ここまで一本道だったから、道を間違えたなんてありえない。

 これ以上先へは進めないの?

 そんなの困るよ!

 美華ちゃんを助けられないじゃない!


「焦らないで待って。すぐ始まるから」

「何が?」


 首をかしげていると、視界が暗転した。


 ジャジャジャジャーン

 ジャジャジャジャーン


 聞いたことのあるメロディが響いた。

 これは『運命』の有名なフレーズ。

 頭上から当てられた強い光に目がくらむ。


「第1問。ジャジャジャジャーン」


 音楽室で頭に響いた声が、今度は音になって聞こえた。

 第1問って……?


「答えてね、レイちゃん」

「う、うん……?」


 説明してほしいけど……カンナちゃんの言う通りにしよう。

 七不思議は何をしてくるか分からないもの。


「歌曲『魔王』を作曲したのは誰か答えよ」

「シューベルト」


 音楽の教科書に載っていたから分かるよ。

 授業で鑑賞したことも覚えてる。

 男の人が「マイファーザー!」って叫ぶように歌うの。

 ピアノの鍵盤を連打するのは、馬が走る音を表現しているんだって。


「第2問。ジャジャジャジャーン」

「あ、待ってください」


 どういう状況なのか分からないんですけど。

 説明してくれませんか?


「シューベルトの肩書を答えよ」

「歌曲の王。あの、待って」

「第3問。ジャジャジャジャーン」


 だから待って!?

 問題には答えるから、せめて何がしたいのか説明して!

 それと正解か不正解か教えてよ!


「シューベルトのフルネームを答えよ」

「フランツ・ペーター・シューベルト! ちょっと待ってよ!」

「質問は受け付けない。第4問。ジャジャジャジャーン」

「もーっ!!」


 あと何問あるの!

 さっさと答えて、説明してもらうからね!


「ベートーヴェンのフルネームを答えよ」

「ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン!」

「第5問。ジャジャジャジャーン。私が効果音に使用しているメロディは、ベートーヴェンのなんという作品のフレーズか答えよ」

「交響曲第5番ハ短調!」

「第6問。ジャジャジャジャーン。『交響曲第5番ハ短調』の日本での通称を答えよ」

「運命!」


 こんなの簡単だよっ!

 問題にするほどでもない。

 ひばり学園の生徒に答えられない人なんている?

 

「第7問。ジャジャジャジャーン。お前の名を答えよ」

「な、名前? 神在月零……」


 何? 急に問題というより質問に……。


「第8問。ジャジャジャジャーン。姉がいるか答えよ」

「いません」


 お兄ちゃんならいるよ。

 今は一人暮らししてる大学生。


「第9問。ジャジャジャジャーン。この先に【力の源】がある。お前が取るべき行動を答えよ」


 そ、そんなこと聞く……?


「……【力の源】を、あなたから奪うこと」

「全問正解。おめでとう」


 パチ、パチ、とゆっくりした拍手がすると、わたしたちの前にドアが現れた。

 ギィ……と音を鳴らしながら、行き止まりだった道が開けた。

 なんだったの……?


「レイちゃんさすが!」

「あー……うん。それより早く美華ちゃんを探そう」


 気になることはあるけれど、音楽室のベートーヴェンは七不思議の1つ。何をしでかすか分からない。疑問を解消するのは後にして、やるべきことをやらなくちゃ。


「暗いね……」


 一本道を歩くことおよそ10分。

 照明は点滅しながら弱々しい光を放っている。


「道は見えるから平気だよ。レイちゃん、そこに扉がある」

「また?」


 今度は何? さっきみたいにクイズを出されるのかな。

 …………物音ひとつしないんだけど。

 もしかして、押したら開いたりして!


「えいっ」


 両手で扉を強く押すと思った通り。

 意外と重たいな、この扉……。


「カンナちゃん、通っていいよ」

「危ないレイちゃん!」


 カンナちゃんの悲鳴に似た怒鳴り声と同時に飛んできたのは、わたしたちを領域に連れこんだ額縁だった。


「え――」

「はあっ!」


 カンナちゃんが大鎌を振って、額縁を蹴散らす。

 びっ…………くりしたぁ!

 ベートーヴェンはわたしたちを通してくれたんじゃないの!?


「ちょっとしたサプライズってところかしら。美華ちゃんは絶対この先にいるわ! ここはあたしに任せて、レイちゃんは行って!」

「う、うん!」


 わたしは走って通路を抜ける。

 息を切らしながら走り続けると、ひらけた部屋に出た。

 でも、おかしいな……。見覚えがあるような……?


「ま、まさか、最初の場所に戻ってきちゃった……!?」


 不安に押しつぶされそう。

 だけど、美華ちゃんを探さなくちゃ。

 美華ちゃんがいれば、ここはきっと別の部屋。【力の源】もある。ベートーヴェンが言ってたもん。


「美華ちゃーん!」


 名前を呼ぶ。反応はない。

 ここにはいないのかな……。

 ――ううん、眠っているのかもしれない。気を失っているのかも。早く見つけて起こしてあげなきゃ。

 名前を呼びながら部屋を歩き回る。


「美華ちゃーん! ――あ!」


 い、いたーっ!!

 客席の端っこでぐったりしている女の子。

 顔が小さくて、まつ毛が長くて……。

 この子はたしかに美華ちゃんだよ!

 わたしは美華ちゃんに駆け寄った。


「美華ちゃん、しっかり……!」

「んん……神在月先輩……?」


 よかった……!


「大丈夫?」

「あたし、なんで寝て……ここは?」

「ここは……ええっと……」


 ど、どう説明したらいいの?

 音楽室のベートーヴェンの領域だよ、なんて口が裂けても言えないし……。

 美華ちゃんは七不思議に連れてこられちゃったんだよ、なんて言ったって混乱させちゃうだけだし……。

 よ、よし!


「ここはひばり学園の秘密の場所なんだよ。選ばれた生徒しか入れなくて、無事にここを出られた人には賞品があるんだって」

「ええ〜! すっごぉーい! 早く出ましょ、先輩! 賞品ゲットー!」


 わたしが嘘を言うと、美華ちゃんは目をキラキラ輝かせた。

 右手を天井に突き上げて、ぴょんっと跳ねる。

 よかった、信じてくれた……! あ、でもこれって、賞品を用意しなくちゃいけない……?

 えーい、それはそのとき!

 今は美華ちゃんと行動しながら【力の源】を見つけなくちゃ。


「美華ちゃん、わたしと一緒に来てくれる?」

「はい。道知ってるんですか?」

「ええっとね、ちょっと探したいものがあるの。はぐれないようにしてね」


 わたしは目を閉じる。

 シロさんのときは声が聞こえたんだ


 ――――こっちだよ。


 やっぱり聞こえた!

 直接頭に語りかけてくる女の子の声。


 ――――転ばないでね。

 

 わたしはここだよって、手を引っ張られているみたい。

 知らない女の子の声は、わたしを先へ先へと導いてくれる。


 ――――誰も見つけてくれないと、やっぱり少しさみしいです……。


 別の女の子の声に変わった。

 カンナちゃんにそっくりだけど別の人……。

 そういえば、シロさんのとき聞こえたよね。

 ここにいれば、いくら……さまでも見つけられません、と。

 なんとかさまって、誰のことだろう……。


「――あ! 見つけたっ!」


 ステージに――演奏者が不在で飾りのように置かれている楽器が囲む台の上で、丁寧にクッションに包まれている。

 わたしはそれに、思いきり手を伸ばした。

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