第29話 人体模型の【力の源】
「逃げよう」
晴夜くんはそう言うなり、わたしの手を引っ張って走り出した。
ちょっ、ちょっと、どこに逃げるの!?
「捕まらないように逃げるんだよ! 要するに鬼ごっこ!」
「え!?」
「ははははっ! 俺から逃げるだと? できるものならやってみろ!」
人体模型が大口を開けて笑う。
自分のお腹に手を突っ込むと、肝臓を抜き出した。
野球選手のように手足をピンと伸ばして大きく振りかぶり、全身の力を込めて投げつけてきた。
「いやあああっ!?」
「ゼロこっち」
晴夜くんがわたしの腰に手を回して引く。
晴夜くんに抱きとめられると同時に、わたしがいた場所を肝臓が通り抜けていく。
本当に野球選手が投げたみたいな剛速球……。
「おい! か弱い女の子を狙うなんて紳士的じゃないぞ!」
「はっ。たしかに……」
「可愛い可愛い女の子をこんな場所に誘拐するやつは、誰であろうともれなく最低!」
「か弱い」やら「可愛い」やら、そういう言葉はいらないから……。
女の子って連呼するのもやめてほしいな。
晴夜くんはわたしのこと女の子だと思ってるんだなぁ、なんて、ちょっとソワソワしちゃうもん。
……それより、いつまで腰に手をやってるの?
嫌じゃないけど、なんだか恥ずかしいよ。
……と、伝えるのも恥ずかしい。
結局、頭で色々考えただけで、何も言葉にしなかった。
「わかった。銀髪のお前が俺の内臓をすべて避けきれたら、元の場所に返してやろう」
「じゃあついでに【力の源】もゼロに頂戴」
わたしもお願いしたい!
花ちゃんのお願いだもの。
晴夜くん、ちゃんと聞いててくれたんだね。
花ちゃんのお願いを聞いた日は、そばにいるのに早平くんと遊んでいるように見えていたよ。
「【力の源】と花子を知っているとは、お前たち、小さな身体に抱えきれないほど大きな秘密を持っていそうだな」
人体模型はキュッと口を閉じた。
目を瞑って少し黙る。
再び目を開けると、晴夜くんを見据えた。
「その提案、受けてやろう。内臓を避けきれなかったら、お前たちの目玉をくれ。銀髪の目は何色だ?」
「勝利品の中身はお楽しみだよ」
晴夜くんはほほ笑む。
わたしに「離れてて。僕の視界から外れないようにね」と言うと、わたしから手を離した。
言われたとおり距離をとる。
それを合図に、人体模型が胃を引きちぎった。
……といっても作り物だから、血が出ることはない。
さっきと同じように投げる。
「晴夜くん!」
思わず名前を呼んだ。
あんなものが当たったら、ただではすまないよ……!
晴夜くんは、胃を軽い動きでひょいと避けた。
さすが晴夜くん! ――じゃなくって!
見てるこっちとしては、すごくハラハラするよ……。
その後も晴夜くんは飛んでくる内臓を避け続けて(なんて奇妙な言葉の並びだろう)、人体模型の中身が空っぽになったとき、とうとう人体模型が叫んだ。
「うわあああ!! 想定外! 外見詐欺師か!? 名はなんだ!」
「……僕は相滝――」
「相滝!? 我らの
えっ、わたし!?
「か、神在月零です……」
「神在月ぃ!? ちょちょちょ待て待て! お嬢さん、まさか何も知らな――あ! 相滝といったな! 本当に相滝なんだな!」
「あ、間違えました。木瀬です」
それは芸名でしょっ。
ごく自然に嘘つかないで。
それより、人体模型はなんで騒いでいるのかな。
シロさんもわたしの名字を聞いて、不思議な反応をしていたよね。
「ま、まあいいだろう。俺の負けだ」
人体模型はケホンと咳払いすると、投げて散らばった内臓を拾っては身体にはめ込み、拾ってははめ込み……を繰り返す。
「【力の源】を渡すという話だったな」
内臓をすべて集め終わると、わたしに言う。
「よろしく頼みますよ、お嬢さん」
よろしく……って、【力の源】を大切にしてってことかな?
と首をかしげていると、人体模型が自分の後頭部をゴンッ!! と殴った!
ええーっ!? 何してるの!?
晴夜くんと2人で凝視する。
人体模型の右目があったであろう穴から、白くて丸い真珠のような玉がひとつ出てきた。
……え?
「どうぞ、お嬢さん」
人体模型の手に乗った“それ”は、紛れもなく【力の源】。
わたしは顔を引きつらせながら受け取った。
「ど、どうもありがとうございます……」
そのとき脳内に、白黒の映像が電流のように走った。
シロさんのときにも見た、セーラー服の女の子。
人体模型と話している。
「ケイジ、これは【力の源】というの。あなたの力を強く大きくしてくれる」
「おお! なんて魅力的なんだ」
「大切に、失くさないようにね。わたしと同じ名字の女の子が来たら、わたしてほしいの。お願いね」
「どうして
「わたしは――そのときにはきっと、この世にいないわ」
女の子がふっと哀しげにほほ笑んだところで、映像が途切れた。
ザザッとノイズがしたあとに、真っ暗になる。
別の女の子の声だけが聞こえてきた。
「見てください! とっても綺麗なお花畑ですよ、……様!」
「美しいですね」
「でしょう? ……様も、ここに咲くお花さんたちのように、早く強く元気になってください。……は、……様に長生きしてほしいです」
この声、カンナちゃんに似てる――?
この前も聞いた、ふわふわした可愛い声。
ところどころノイズがかかって、聞き取れない。
どうして【力の源】に触れると、映像や声が聞こえてくるの……?
「ゼロ? ボーっとして、どうしたの」
晴夜くんに呼ばれて、現実に戻ってきた。
「なっ、なんでもない!」
「ふうーん? だったら帰ろう。よろしく人体模型」
「ああ。それでは、また会おう!」
晴夜くんの呼びかけに人体模型がうなずいて、パチンと指を鳴らした。
一瞬で景色が変わり、わたしたちは理科室に帰ってきたのでした。
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