喧嘩

@chococake

第1話


高校二年生の私。お父さん、お母さん、お姉ちゃん、妹の五人家族。とっても仲の良い家族だ。家族の仲の良さは自慢できる。学校の友だちと遊んだりするのはもちろん楽しいが、やっぱり家族でいるときの安心感は抜群だ。お姉ちゃんや妹といると、一番素が出せているような気がする。そんな、私にとって大事な存在である家族の中で起こった出来事を話そうと思う。

私が高校二年生の夏、妹が反抗期に突入。中学二年生である妹は、基本的には今までと変わらず明るくて素直で良い子なのだが、ふとした瞬間に彼女の口答えや自分の意見をバーっとツラツラ述べる時間が始まってしまう。最初は、「もうやめな」とか「わかったわかった」とか色々言っていたけど、周りから何と言われようと彼女は自分の考えを曲げようとしない。私たちがつべこべ言っても意味はない。だから、最近ではみんなが彼女の発言を深く捉えすぎずもはや聞き逃しているような状況になった。それにより、妹がいないときに残りの四人で妹について話す機会が多くなった。それは大概が妹への不満や疑問などであり、マイナスの感情が募っていくばかりだった。

そんなある日、妹は中学校で一学期が終わり、通知表を持ち帰ってきた。私とお姉ちゃんは学校のテストなどに気合を入れて取り組んでいたため、内申はかなり取れている方だった。お姉ちゃん二人ができてたんだから、というイメージがあるからか、お父さんやお母さんは妹も同じように内申が取れるものだと思っていた。しかし実際はというと、内申はそこまで良くなかった。それを見たお父さんとお母さんは、驚きや焦り、失望感から、ショックを受ける。妹もできるものだ、という先入観と、できるだろう、という期待があったからこそ生まれた残念な気持ちだろう、私はこう思っていた。

当時の私は、妹にどんな言葉をかけるべきなのか、いや、そもそも言葉をかけることが正しいのか、全然わからなかった。妹からしたら、私に色々言われるのを気に入らないのでは、と思った。私の方が内申が取れていたからといって、上から色々言ってもそれは妹からしたらただの嫌がらせのようになるし、今後前向きに頑張ろう、と立ち直るどころか頑張る意欲を失うことにもなり得る。反抗期であることを踏まえれば、何か言葉をかけることはかえって私と妹との関係性にリスクをもたらすことになるのではないか、その恐怖が私を襲った。だから私は妹との会話の中でその話には一切触れなかった。

それから一週間ほどたったある日、家族みんながびっくりするほど、妹の性格が急に穏やかになった。最初はそこまで深く捉えていなかったけれど、しだいに本当に本人なのか疑ってしまうくらい、変わって良かったとすら思えないくらい、いつもの妹ではなくなってしまった。お父さん、お母さん、お姉ちゃんは「変わってくれてありがたい、自分たちとの関わり方も穏やかになったし」と思っていたらしい。でも、私からは何かおかしい、という疑問の気持ちが消えなかった。なぜなら、妹の口数が明らかに減ったし、顔は野生っぽくなったし、なにより彼女から獣の匂いがする。どうして私しかこの変化に気が付かないのだろう。一番それが怖かった。妹への心配と他の三人が気が付かないことへの不思議な気持ち、逆に自分だけがすべてをわかってしまっていることへの恐怖で頭がごちゃごちゃになる。

妹の身に何が起こっているのか、事実を確認したいと思った私は、怖いながらも、妹本人に聞いてみることにした。

「最近、なんか前までと違うけど、どうしたの?」聞くことに抵抗はあったが、それで理由を知ることができるなら良い、と思って恐る恐る聞いた。返ってきた言葉に、血の気が引いた。「人間やめた。」ぶっきらぼうに、ただそれだけしか答えてもらえなかった。思わず涙がこぼれた。私だって妹に対していつもプラスの感情だったわけではない。でも、反抗期だったとはいえ、成長の過程だってわかっていたし、必ずしも悪いことばかりではない。大きくなっても、小さい頃と変わらず明るくて元気なところが、私は好きだった。そんな妹が。「人間をやめるって、自分の意志で?どうやって?じゃあ今のあなたは何なの?」色々な感情が、あのときの涙にすべて乗っかっていたのだろう。人間をやめた理由と、今の妹は他のどんな生物なのか、とにかく最初に知りたいと思った。

それからというと、私は毎日が全然楽しく感じられなかった。常に「人間やめた。」という言葉が頭から離れないし、誰よりも信頼していたお姉ちゃんに対してでさえも妹の異変に気がついていないことへの怒りと不信感が高まり、以前までと同じように接することができなくなってしまっていた。お姉ちゃんから、「なんかあった?」とか聞かれるたびに、本当に自分だけしか知らないことが重すぎて、抱えきれなくなりそうだった。でもこのことは誰にも言ってはいけない、という謎の義務感が私の心を操り、お姉ちゃんに相談することができなかった。真相を知りたいという思いが強烈に強くなった私は家族全員が眠りについたのを確認したあと、そっと妹を起こした。私がこれまでにないくらい真剣な顔で事実を話してほしいと頼むと、考え込みながら、少しずつ話してくれた。

「まず、結論から言うと、私は今見た目とか声は人間だけど、心はゴリラなの。なんでゴリラなの?って思うかもしれないけど、それにもちゃんと理由があってね。最近自分でも、反抗期だなっていう自覚があったの。心では自分が悪い、みんなが合ってる、って思ってることでも、どうしても自分に非があることを認められなかったり、本当は違うってわかってるけど自分以外の人を悪く言ったり、自分でも自分がコントロールできないことが多くて、それが悩みで。こうやって悩んでることとか、みんなに対して感じてる申し訳なさとかをどうしても自分の口から言えなくて。自分の中でもこういう葛藤があるときに通知表が来て。余計に溝は深まるばかりだった。私だって不満に思うことはあったけど、それよりも自分のことで家族みんなのテンションを下げてしまったり、私に聞こえてるとは思ってないであろう四人の会話がたまたま聞こえてきたり、家族に何も良い影響ないなって思っちゃったの。あー、もうこんな人生やだな、そう思って寝た日の夢で、ゴリラが話しかけてきたんだよね。”あなたには、仲間を大事にする気持ちや協調性が足りていない。このままだとどんどん家族の溝は深まっていくし、関係性が崩れていく可能性も高い。でも一つだけ、そのピンチを解決できるかもしれない方法がある。ゴリラになってみることよ。”そう言われたの。冷静にこの話を聞いていれば、いやどういうこと?ってなったはずだけど、そのときの私には冷静になる余裕もなくて気がついたときにはゴリラになります、となぜかとびっきりの笑顔で答えていたの。そうして心がゴリラになった後に、どうしてゴリラなのかがとてつもなく気になってゴリラについて調べてみたんだ。すると、温和で仲間を大事にできる、協調性に優れた動物であることがわかったの。そこで初めてわかった。私に足りていないところを、ゴリラの気持ちになることで自分で気がつけるように、神様がしてくれたんだ、と。」ここまで話して、妹は話すのをやめた。

すべてのことを一度に知った私は言葉を失った。今まで妹に対して抱いていたマイナスの感情を、かなり後悔した。妹は「反抗期」という誰でも経験する時期を苦しみもがきながら誰にも相談もできず一人で乗り越えようとしていた。なのにそんなことを一切考えずに、思ったことを正直に、ときには強く言葉にしてきた私たち家族。自分側から見れば大したことではなくても、色んな意見を一人で受け入れるしかなかった妹。どれだけ辛い思いをさせてしまったのだろう。今妹は自分に足りない感情や性格を身につけるためにゴリラの心になっているが、それは彼女が本当に望んでいることではないことは流石に私にもわかる。ありのままの妹で良いから、そんな妹が良いから、人間に戻ってほしいと強く願う。

妹は自分の口から家族に話すことを躊躇しているようだったので、妹がいない四人の時間に、私はすべてを話した。そもそも異変にすら気がついていなかった彼らは、それはまあ驚きが隠せない様子だった。自分たちにも反省すべきことがあることがわかったときには、ぼろぼろ涙を流した。なんとか泣き止んだ彼らの中で、妹と直接話がしたい、人間に戻ってほしい、という気持ちが一致した。そんなわけで、五人で話す時間をつくった。その場では、私や妹を含め全員が、誰かに対して思っている気持ちや改善してほしいところなどを素直に語った。五人で顔を見合わせてあんな風に話したのは、とても久しぶりだった。次第にお互いの良いところを褒め合ったり、日頃の感謝を伝えたりする雰囲気にもなっていった。これでこそ、世界中に自慢できる私が大好きな家族。そう思えたことが嬉しくてたまらなかった。

翌朝、起きたときには既に妹とお母さんの喧嘩が繰り広げられていた。いつぶりだろう。相変わらずだな、また大変になるな、とか思っていたけど、よく考えてみれば、、。「妹が人間に戻った!!」喧嘩を見ていたお父さん、お姉ちゃん、私の三人で大喜びした。喧嘩をしているのにも関わらずお母さんと妹の目には感動の涙が。昨日みんなでいっぱい話しているのを見ていた神様が元通りの私たちに戻してくれた、そう思って神様に感謝した。同時に、「これからも、私たちらしく、一人一人の良いところも悪いところも愛おしく思えるような温かい空間が続きますように」と神様にお願いをした。神様と私が会話しているこの状況でも、真横で喧嘩は起こっている。でも、喧嘩が何よりも微笑ましいことのように感じられた素敵な朝だった。

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