第22話 エミリア 回想6 カクヨム版
カークスさんが王都を出た翌朝。午前六時半。
パーティーの皆と最後のお別れをした私は、ヴィーヴィル行きの馬車に乗る為に、大きなバックパックを背負って馬車乗り場の近くの物陰で馬車を待っていた。
すると、突然背後から「おはようございます」と声を掛けられた。
振り向いた私の目の前には、あの男、クレアさんの浮気相手のケントという冒険者が、にこやかに笑みを浮かべて立っていた。
「っ!……あなたは」
他の人に見つからない様にと隠れていた、ほぼ初対面である私にわざわざ声を掛けてくるなんて明らかに偶然とは思えない。
そう思って咄嗟にその場から離れようとしたが、ケントと言う男は慌てて手を振った。
「ちょっと待って!僕は君に敵対したいわけじゃない。少し話をしたいだけなんだ」
「初対面のあなたとお話することなんてありません!」
折角カークスさんが自由になれたのに、クレアさんと繋がっているこの男に余計な情報を与えたくない。
男の制止を振り切って再びその場を離れようとした私に、その男は私の前に回り込んで、私に向かって両手を合わせた。
「君が今からヴィーヴィル、カークス君の所に行くなんて絶対誰にも言わないって約束するから!」
「っ!……」
逆に言えば、話に付き合わないと、その事をクレアさんに喋ると脅しを掛けてきたケントとかいう男。
何で私がヴィーヴィルに行くか知ってるかなんて、考えなくても分かる。
この場所から出発する馬車は幾つかあるが、この時間に出発する馬車はヴィーヴィル行きだけだから。私が迂闊だった。
「考えても見てよ。僕がクレアにカークス君の居場所を教えるメリットなんて無いでしょ?一応、君と僕の目的は似たような物なんだからさ」
「……」
「そんなに時間は取らせないよ。馬車が来るまでには終わる話だから」
そう言って男が指したのは傍にある石のベンチ。
逃げる事を諦めた私は、余計な事は喋らない様に警戒しつつ、ケントの指示に従ってそのベンチに腰を下した。
♢♢♢
「えっと……エミリアさんだよね?一応初めましてかな?僕、ケントって言います」
私から二人分の距離を取ってベンチに座ったケントは、警戒している私の様子に困惑しながら自己紹介をしてきた。
「……初めてです、だからお話する事なんて無いと思いますけど」
「まあ、ユーラス渓谷では話をしなかったし、初めてって事になるよね」
「っ!……やっぱり私がいるの知ってたんですね」
クレアさんとケントの後を付けたあの日、ユーラス渓谷で二人の痴態を見てしまった私は、この男の視線を感じて引き上げたけど、やっぱり気付かれていた。
「ははっ、僕らの待ち合わせ場所、あの森から君が後を付けてきている事は気付いていたんだ。まあ、クレアは気付いて無かったから安心して。って……今更そんなことはどうでもいいか」
「私がいるって知っててあんなことを」
「僕にとっては知られて困るどころか、カークス君とクレアを別れさせる良い切っ掛けになるし、それに、カークス君にはクレアと一緒にいる所をもう見られていたしね」
「じゃあ……」
この男は、カークスさんが見ている事を知っててワザとキスをしたんだ。
この男の思い通りになってしまった事が悔しくて、私は奥歯をグッと噛み締めた。
「それで君がカークス君と繋がりがあるって考えた。まあ、普通そう考えるよね?」
「私が余計な事をしたから……」
「いやいや、君の行動で何かが変わったわけじゃないよ。強いて言えば、今こうして話をする機会が出来たことくらいかな?」
「私の行動を監視してたから、ここに来たんですね」
「監視ってほどずっと見張ってた訳じゃないけど、昨日の君とクレアとの話をちょっと聞いててさ、君がカークス君の居場所を知ってるんじゃないかって思ったから、朝から君のホームで待たせて貰っただけなんだ」
「盗み聞きなんて趣味悪いですね!」
「えっ!?君がそれを言うの?」
「っ!」
「まあまあ、それは置いといて……僕はクレアの事を愛してる」
当たり前だ。
遊びだったって言うんなら、私が今ここでこの男を切り伏せてやる。
この男を見ればそんな事は無理だって分かってるけど。
「だからクレアがカークス君じゃなく、僕を選んでくれるように多少は頑張ったんだよ」
「多少って」
「でも、昨日のクレアを見た君も知っての通り、彼女は結局……彼女にとって僕はカークス君の代用品でしかなかった……薄々気づいてはいたけどさ」
「じゃあ、あんなことをしておいて、クレアさんの事は諦めるって言うんですか?」
「まあ、結局そうなるかな。たぶんどこまで行っても彼女はカークス君の事を……それに僕には時間も無いしね」
「っ!本当に勝手ですね!」
「それについては言い訳はしないよ。僕の勝手な事情でこうなってしまったんだから……」
全てを壊しておきながら、簡単にクレアさんを諦めた事の身勝手さを認めたくせに、まるで責任を感じていないかのように飄々と話すケントに呆れてしまったが、私にはこの男をそこまで責められない事情がある……あったのに、この男はその事情を軽々と口にした。
「でも……君がどこまで知っているか分からないけど、カークス君にとっては良かった部分もあるんじゃないかな」
「!……なんで……知ってるんですか?」
カークスさんがずっと秘めていた本当の気持ち。
私が知るまで半年近く掛かったそれを、なぜこの男が知っているのか。
「やっぱり君も知っていたんだ」
「あっ……」
「いや、僕もおかしいとは思っていたんだ。クレアが話してくれたカークス君の行動が、どうも彼女を意図的に遠ざけてるんじゃないかって思えてさ」
「……」
「それで、それを確かめる為に、カークス君の前で彼女を……抱いた」
「あなたっ!」
それが、浮気をしている事をカークスさんに知られたとクレアさんが気付いた原因だろう。
そんな惨いことをして、それを悪びれる様子もなく話すこの男に、私はめまいがするほどの怒りを感じた。
「半信半疑だったけど僕には時間が無かったし、これでクレアが僕の物になってくれれば助かると思ってね。で、僕たちが愛し合っている様子を覗いていたカークス君と目が合った瞬間に分かったよ。彼の顔には怒りの色は無くって、寂しさと……どこか安堵するような諦めの色が浮かんでいたことを……」
「くっ!そんな酷いことをよく平気で言えますねっ!」
「まあまあ、でも、さっきも言った通り、僕も本当は気付いていたんだ。クレアにとって僕はカークス君の代用品だって。カークス君に対する不安を誤魔化す為の偽物以上にはなれなかった。僕も結構辛かったんだよ」
「そんなの!」
「だから僕は一度全て壊そうと思ったんだ。このままだとあの二人にとって碌な事にならないと思ってさ。こういっちゃなんだけど、僕からのお詫びのつもりでね」
「あなたが自分の都合のいい様にっ!後からそうやって―――」
「あっ!馬車が来たみたいだよ。あれじゃないかな?」
自分の欲望のままに動いたくせに、結果だけを見て都合のいい様に言うケントに、怒りが収まらなくなった私が声を荒げてしまったその時、遠くから一台の馬車が走って来るのが見えた。
「クレアの事は心配しなくていいよ。今の彼女の状態はだいぶ不味いけど、暫くは僕が何とかフォローするから。あ、もう彼女には手出しはしないから。一応言っておく」
「そんなこと私に言われたって!」
ギギッと鈍い音を立てて、私の前に馬車が止まった。
今日の乗客は私一人らしく、御者の補助の人が私に乗るか確認してきたので、慌ててバックパックを手に取って立ち上がった。
「時間を取らせて悪かったね。僕がこんな事を言える立場じゃない事は分かってるけど、最後に一つだけお願いがあるんだ!」
馬車に向かう私の背中にケントの声が追いかけてくる。
「もしいつか……何年後か分からないし、そうならないかもしれないけど、もしその時、君がカークス君の傍にいて―――」
荷台にバックパックを投げ込み、馬車に乗った私は、未だに話しかけて来るケントを振り返った。
「その時クレアが訪ねて来ることがあったら―――」
私を乗せたヴィーヴィル行きの馬車が、再びギギっと鈍い音を立てて動き出すと、ケントの姿が徐々に小さくなっていく。
「どうするかは君たちの判断に任せるっ!けど、せめて君だけでも彼女の話を聞いてあげて欲しいんだ!」
徐々に小さくなっていくケントは、最後にそう叫ぶと、暫くその場に立ち尽くした後、背中を向けて歩き出した。
冒険者になって二年間過ごした王都。
私が最後に見た王都の光景には、小さくなって消えていったケントの後ろ姿があった。
今でも思い出すあの時の光景。
そして、ケントが最後に言ったお願いが、数年たった今でも私の耳に残っていた。
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