彼女と僕は首を絞めあう

マツモ草

プロローグ

 その世界には町や村を襲い、家畜や人間を喰らう魔物が溢れている。


 世界各国も騎士団や軍を使って魔物に対応をしているが、他国との戦争や都市の警備もあり、細々とした魔物討伐にはなかなか兵を動かすことが出来ない。

 その為、各国では魔物討伐に懸賞金を賭け、民間に魔物討伐を代行させていた。


 そんな魔物討伐で生計を立てている人々を冒険者と言う。

 冒険者達は冒険者ギルドという組合を作り、国や地方領主からの討伐依頼はギルドが一括して受注し、冒険者はギルドに登録することで魔物討伐クエストを受けて成功報酬を貰える仕組みになっていた。


 冒険者は常に命の危険に晒される危険な職業だがその分実入りもよく、孤児や職に就けないあぶれ者、腕に自信のあるもの、一旗揚げたい野心家などが、今日も世界中で命を懸けて魔物と戦っていた。




 ♢♢♢ 午後十時 そんな世界のとある王国の王都 ♢♢♢ 


 王都の歓楽街の裏に小さな一軒家が密集する地区がある。

 日当たりも水捌けも悪く、格安で一軒家を借りられるため、いつの間にか冒険者たちが集まるようになり、荒くれ者の冒険者たちが毎晩騒ぐために治安も悪くなり、更に家賃が安くなるといった、冒険者たちにとっては都合のいい地区だった。


 夜の帳が下り、クエストから帰ってきた冒険者たちが歓楽街でどんちゃん騒ぎを始めてからだいぶ時間も経ったある夜。


 そんな地区のとある一軒家の二階の一室で、一人の若い男がベッドに横になっていた。


 綺麗な金髪に整った顔立ち。


 そんな男の顔を窓から差し込んだ月明りが明るく照らし始めると、男は何かを感じたかのようにゆっくりと目を開いた。


 最初から寝ていなかったのか、開いたばかりの男の瞳には濃い悲しみの色が浮かんでいて、身じろぎもせずにただ黙って天井をジッと見つめている。



 と、その時。


 ギシ……ギシ……ギシ……


 誰かがゆっくりと階段を上がって来る足音が男の耳に入ってきた。


 忍ぶようなゆっくりとした静かな、軽い女性らしき足音。


 男は一瞬緊張したようにビクッと身体を揺らすが、「クレア……」と、小さく呟いた後、再びゆっくりと目を閉じた。


 その足音はゆっくりと階段を登り切ると、男の部屋の方に向かってきた。


 そして、その足音は男の部屋の前でピタッと止まり、まるで男の部屋の気配を伺うような静寂が続いた。


 男がただ黙って静かに目を閉じていると、部屋の扉が音もなくゆっくりと開き、僅かに開いた扉から若く美しい女が顔を覗かせた。


 部屋を白く染める月明りに浮んだその女は、少しだけ開いた扉の隙間からしばらくの間、男の様子を伺っていたが、男に声を掛ける事もなく静かに扉を閉めると、静かな足音が遠ざかって行った。


 男が再び悲しみの色を浮かべた瞳を静かに開いて天井を見つめると、女の足音は再び階段を静かに降りて行った。


 その忍ぶような足音を聞きながら男は感じていた。


 今日までの全てが、フィナーレに向けて動き出したことを。


 そんな男の耳に、階段を上る足音が再び聞こえてきた。


 ギシギシ……ギシギシ……ギシギシ……


 さっきと同じように忍ぶような静かな足音。

 だが、さっきとは違うのは、足音が二つ重なっていることだった。


 一つは明らかに女のもの。


 ギシギシ……ギシギシ……


 だが、もう一つの足音は……女よりも重く聞こえる。


 男がベッドから静かに起き上がると、階段を登り切った二つの足音は、女の部屋の方に向かい、女の部屋の扉が開く音が僅かにギッと鳴った。


 その音を聞いた男は、暫くの間身じろぎもせずベッド脇に立っていたが、女の部屋から微かな声が漏れ始めたのを合図の様に、また小さく呟いた。


「クレア……」


 男の瞳には恐怖の色も絶望の色も見えない。

 僅かに歪めた端正な顔には、深い悲しみと僅かな苦悩が浮かんでいた。


 男は軽く拳を握ると、音を立てずに部屋の扉をゆっくりと開き、漸く迎えたフィナーレに向かって静かに歩き出した。


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