初夜談義

 ロングツーリング、それもお泊り付きだから美玖と相談してモンキーをカスタムすることにした。バイクの欠点の一つに荷物がとにかく乗らない点はある。日帰りツーリングなら荷物なんていらないようなものだけど、さすがに泊りとなると着替えとかが必要になるし、女の美玖ならなおさらのはずだ。リュックに担ぐ手もあるけど、


「肩が凝ります」


 あれも担ぎ慣れないとそうなるんだよな。とはいえモンキーにはリアキャリアもないし、タンデムじゃないからシートも短いから、シートの後ろに荷物を縛り付ける手も使いにくい。というかロープを引っかけるフックもない。


「縛っただけではバイクを離れる時に心配です」


 ナイフ一本あれば盗み放題みたいなものだからな。財布とかは持って歩いてもバッグの中身を荒らされてしまう。


「下着泥は嫌です」


 当たり前だ。ボクのじゃなく美玖の下着だぞ。もし見つけたら半殺しにしてやる。半殺しじゃ気が済まない、市中引き回しの上で磔獄門だ。磔獄門じゃ手緩いよな、八つ裂きにして火炙りにしてやる。だって、もしそうなったら着替えの時に美玖が困るじゃないか。


「あのぉ、それどこか鉾先がずれてますけど」


 照れ隠しだ。美玖の下着問題もあるから、


「だからずれてれます」


 うるさい。だからリアボックスを付けることにしたんだ。具体的にはキャリアを付けてボックスを載せるスタイルだ、格好は少々悪くはなるのと乗り降りが少しやりにくくなるけど。


「絶対便利ですし、格好だって悪くありませんし、乗り降りだってすぐ慣れます」


 良く言うよ。不格好になるからって、どれだけ渋りまくったんだよ。乗り降りだってどれだけブー垂れてたことか。その気持ちはわかるけど使ってみたら、


「これならもっと早くに付けておけば良かったです」


 実用性はすこぶる高いのがリアボックスで、あえてクルマにたとえたらトランクが出来たようなものだ。ボックスだからお手軽に入れられるし、蓋もあるから落ちないし、雨にも濡れない。かなり大きめのものにしたから積載能力もかなりある。



 そうそうあの夜だけどバーで帰ったよ。あの勢いのままもありかもしれなかったけど、あの状況の流れで結ばれてしまうのはチョットってぐらいで良いと思う。美玖だって旅行で望んでいたし、


「だいぶ遅くなりましたが初夜の気分で臨ませて下さい」


 気持ちは同志愛でわかるんだよな。二人とも結婚式が終われば迎えるのは初夜だったはずなんだ。初夜と言っても童貞と処女が初めて結ばれるわけじゃないけど、


「世の中にそんなのいるのですか」


 ゼロじゃないぐらいだろ。と言うか、ゼロで結婚なんかする気になれるかの疑問は素朴にある。両方ともゼロはレア過ぎるけど、片方、とくに女がゼロはまだあるのじゃないかな。


「どこのお姫様なのですか。皇室のやんごとなきお姫様だってやってますよ」


 そうなんだよな。現実的にまだありそうなのは、


「二人ともその相手しか知らない」


 処女と童貞で結ばれて結婚するケースだ。そうだな、幼馴染ラブならあるはずだ。


「幼馴染もありそうですが、高校生ラブでそのまま結婚なら多いのじゃないですか」


 高校生ラブが実っての結婚なら多いはずだよな。話が脱線したけど、初夜と言っても婚前交渉、さらに恋人時代に経験は積んではいるけど結婚式当日の初夜は別格のはずだ。


「そう言いながら、結婚式から披露宴でくたびれてやらないのも案外多いそうです」


 新郎が披露宴で酔いつぶれてもあるらしい。だがボクは初夜に期待してた、


「それは剛紀が三か月もお預けにされていたからでは?」


 別に初夜のために禁欲していたわけじゃないけど、それだけ禁欲すれば期待したって良いだろうが。美玖だって一か月お預けだっただろうが。


「初夜に期待していたのは否定しませんが、今どきの初夜って単に婚前か婚後の違いぐらいしか意味が無いのかもしれません」


 そりゃ、またドライな。この辺はなんだかんだと言っても二人とも夫婦生活を知らないんだよな。初夜って男が童貞を捨てたり、女が処女を卒業するのに比べても、メモリアルの重みはどうなんだろう。


「本当の意味での夫婦の初夜は別の日の気がします」


 それはあるかも。


「名越由衣なら結婚式前夜に持ち逃げ野郎と真実の愛を見た時」


 なんちゅう喩えを持ち出して来るんだ。でも実感としてはそうかもしれない。その相手と結婚すると決めた夜が夫婦のホントの初夜かもしれない。そうだな、交際してから深い仲になり、どこかの時点でその相手と結婚しようと決断した夜かな。由衣なら結婚式前夜になるのがコンチクショウだ。


「美玖はもうちょっとロマンチックにするのが夢です。だってベッドでやってる最中に決めるって生々し過ぎませんか?」


 ドッキング中に結婚を決意するのは現実してあるかもしれないけど、生々しいのは同意だ。だったら美玖はどうしたい。


「その相手との結婚を決意した上で結ばれたいです」


 なるほど、なるほど。とは言うものの、その前にやってるよな。


「それじゃ、前回のベッドは単にやっただけで、今夜のベッドがそうなだけじゃないですか。美玖の夢は結婚を決心した相手と初めて肌を合わせる夜を初夜にしたいのです」


 なにが普通かはさておき、恋人になりドッキングを重ねて結婚へのボルテージを高めて行くのが多いはず。美玖はそうじゃなくて結婚の決心をしてから肌を合わせたいのか。そういう想いで結ばれるのは確かにロマンチックだ。


 心がそうなった上で体が結ばれるのは新鮮な体験だろうし、それこそ身も心も一つなれた感動もあるだろうから本当の初夜になると思う。とは言えだよ、そうするのはなかなか難しい・・・うん、うん、うん、そのシチュエーションって、


「あくまでも美玖の夢ですよ。いくら一穴主義の剛紀でも、それだけで決められるのは重過ぎるでしょうし、嫌なのぐらいわかってます」


 そういう事だったのか。これはロマンティストというより、いじらしさ、いやボクへの精いっぱいの愛そのものだ。美玖は初めて肌を合わせるの意味を、経験者が次の男とドッキングする時としているはずだ。


 美玖は一人しか男を知らない。経験者として次の男と肌を合わせた経験はまだない。美玖は初肌合わせをせめてボクに捧げたいで良いはず。そんなものにどれほどの価値があるかと言うのもいるかもしれないが、価値の評価はボクの勝手だ。これほど貴重なものがこの世にあるものか。


 それに美玖の夢を載せたいのが希望だろ。好きなだけ載せてくれ。残らず全部受け取って叶えてやる。言うまでもないが初めて肌を合わせる夜を二人の夫婦としての初夜にすると約束する。こんないじらしい願いを叶えなきゃ男じゃない。



 どうしたって美玖からトンずらしやがった野郎に憎悪の炎が燃え上がる。美玖はトンずら野郎が初めてだ。きっと夢と希望を胸に抱いて初体験に臨んだはずだ。そうだよ、単なる初体験じゃない、美玖にとっては本当の意味での初夜だったんだ。


 そこまでの美玖の想いを踏みにじりやがって、そんな野郎は吊るし首でも飽き足らない。一寸刻み、五分刻みで、苦しみと絶望の果てに放り込んで殺してやりたい。どうして美玖じゃダメだったんだよ。どうしてトンずらしやがったんだよ。


「あれはあれで良かったと思っています。美玖もハズレ野郎と籍を汚さずに済みましたから」


 それはそうなんだけど、その報いも受けずにのうのうと暮らしてやがると思うと猛烈に腹が立つ。


「思い出に残る夜にして下さい」


 当然だ。なんか緊張してきたな。


「緊張し過ぎて萎えないで下さい」


 それが言葉の選び方に難があるって言うのだ。どうして、


『わたしも緊張してます』


 これぐらいで無難にやり過ごせないんだよ。

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