二つの因幡街道

 そこからツーリング先の話になったのだけど、


「バイク乗りって街道が好きじゃないですか」


 そうかもな。走り屋系なら街道レーサーになるよな。もっとも最近では街道レーサーの定義とか使い方も変わってきて、


「痛車で走る人となっています」


 らしい。あんなカスタムをしたいとか?


「そうじゃなくてツーリングの話ですよ。昔の街道って今でも国道とか、県道になっているところは多いじゃないですか・・・」


 そっちか。東海道みたいな大街道もそうだけど、けっこうマイナーな街道もそうの時が多いはず。さらに言えばバイパス整備が進んでいるところなら、旧国道になっていて、


「生野街道もそうでした。ああいう道をバイク乗りは好みます」


 バイパスが出来るとクルマの数も減り、とくにトラックが減るのはありがたいんだよ。それにそういうところって、歴史のある建物とか残っていたりもあって、ちょっとした見どころになっている事もあるんだ。


「昭和チックな店があるだけでも楽しい時があります」


 初鹿野君も今回は街道巡りみたいなツーリングを考えていたようだけど、興味を持ったのは因幡街道か。あれって、佐用から北上するはずだけど、


「ですから龍野ぐらいまで回って因幡街道を北上するのを最初に考えていました」


 龍野まで行くとそこは因幡街道じゃなく出雲街道じゃないのか。


「部長らしくもない。街道の呼び名もあれこれ歴史的変遷もありますが・・・」


 そうだった、そうだった。もともとは姫路から津山を結ぶ美作道が最初だったはず。これが津山から松江まで伸びたのが出雲街道で、佐用から鳥取まで北に伸びたのが因幡街道だ。だから共通区間になる佐用から姫路まではどっちとも呼んでたはず。


「ですが調べてみると因幡街道はもう一本あるのです」


 そう言えばあった気もするけど。


「揖保川を北上し山崎を通るルートです」


 新いなば街道とか呼んでいるのもいたけど、


「どっちが新といえば佐用からの因幡街道が新のはずです」


 ちょっと待った。佐用経由の因幡街道は鳥取藩の参勤交代ルートになって本陣とかも整備され、物流でも栄えてたはずだぞ。


「ええそうです。平福宿とか、大原宿とか、智頭宿は有名です」


 そうのはず。平福宿には行ったことはあるけど、宿場町の面影が残されていて、かつての繁栄を偲べたぞ。


「そうなのですが明治政府が重視したのは山崎経由の因幡街道です」


 なんだって! 明治十八年に出された国道表てのがあるそうだけど、その時に指定されたのが全国で四十三本になり、これが現在の国道の始まりみたいなもので良さそうだ。そのたった四十三本の中に、


「山崎を経由する因幡街道が国道二十二号として指定されています。今の国道二十九号です」


 国道は一般的に号数が若いほど整備されている事が多いけど、今だって二桁国道の上位三分の一だからかなり重視されていた事になる。


「佐用経由の因幡街道は国道三七三号です」


 四百番台国道には酷道と揶揄されるのが多いとされるけど、三百番台も多いんだよな。


「あくまでもちなみにですが、明治に国道二十二号が決められた時に佐用以北も含まれるとはなってはいますが、国道三七三号が国道に指定されたのは一九七五年です」


 明治以降は佐用経由の因幡街道より山崎経由の因幡街道が重視されてきたとしか思えないじゃないか。でもどうしてそうなったんだ。普通に考えれば、江戸時代からの続きで佐用からの因幡街道に重点が置かれるはずだろう。


「わたしもそう思いましたし、因幡街道を調べても佐用経由の因幡街道ばかり出てきて、山崎経由の因幡街道はついでにぐらいにしか書かれていません」


 ボクもそんな感じで因幡街道を理解してた。どうして明治からの逆転現象が起こったのだろ。


「それを知りたいとは思いませんか?」


 そりゃ、知りたいよ。でもどうやって、


「街道を知るには実際に感じることが一番です。ですからツーリングで鳥取を目指します」


 山崎経由の因幡街道を走ってムックする企画ってことか。それは良いアイデアだ。走ったから必ずしもわかるとは限らないけど、走らなければわかるはずもないものな。そうなると鳥取まで走ることになるけど、


「宿はここにしようかと」


 聞いた事の無い温泉だけど、


「さすがに羽合温泉とか東郷温泉、三朝温泉は遠いかと」


 たしかにな。ここは初鹿野君が選んだ温泉と宿を信じよう。


「それと今回のツーリングにあたり、是非ともご了承頂きたい事がございます」


 なんか怖いけど。


「わたしには美玖と言う名前がございます。これからはこちらでお呼びください」


 そろそろ名前呼びにしようか。ならボクは、


「剛紀と呼ばせて頂きます」


 なんか照れ臭いが、


「美玖のお願いです」


 どうせ抵抗しても無駄か。もうそこまでの関係になってるはず。ボクも心を決めよう。わかったこれからは美玖と呼ぶ。ところで鳥取で良いのか。


「もちろんです。因幡には白兎伝説がありますもの」


 それって大国主命が出て来るやつ。


「大国主命がワニに皮を剥がれた白ウサギを助ける話は有名ですが、剛紀ならそれだけの話ではないのはご存じのはず」


 そういうことか。考えようによってはロマンチックと言えない事もないけど。美玖が白ウサギの設定か。


「ご冗談を。剛紀はウサギに欲情するのですか?」


 しねえよ。そっちも合わせてムックするって事だな。今夜美玖と逢えてよかった。ボクは、


「美玖を生涯の一穴にする決心がつきましたか?」


 だから一穴と言うな!

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