パフェとサンデー

 二回目のツーリングもすぐに呼び出しがあり、丹波へのツーリング。篠山に行くのかと思ったけど、鐘が坂トンネルを越えて柏原まで走ることになった。柏原には柏原藩の陣屋もあるけど、


「それもついでに見ておきますか」


 陣屋はついでなのか。まあ、ボクも見たことはあるし、初鹿野君もそうみたいだよな。もう一回見たって悪くはないけど、


「右に入ります」


 やっぱり陣屋に行くのかと思ったけど、あれれ、通り過ぎるぞ。そしたら、右に入って、左に曲がって。こりゃ、住宅街の路地並の道じゃないか。こんなところに何かあったっけ。


「ここが駐車場になります」


 はぁ、砂利を敷いた広場だぞ。それは良いとして、なんにも無さそうなとこだけど、


「少し歩きます」


 来た道を歩いて引き返すのか。だいぶ歩いてから、


「ここです」


 中山大祥堂って看板が上がってるし、茅葺屋根の建物だから和菓子の店かな。店に入る前に初鹿野君は改まった感じで、


「部長、お願いがあります。ここは部長の奢りにして頂けませんか」


 それぐらいはOKだが何か理由があるのかな。店の中にはショーケースに飾られたケーキがあるけど、名前と見た目と違い洋菓子の店なのか。ケーキでも買って帰るのかと思ったら、なるほど喫茶部もあるのか。ここを奢りにしろって意味だな。初鹿野君は、


「丹波栗の贅沢パフェをお願いします」


 初鹿野君も女だな。わざわざ柏原までこのパフェを食べに来たってことか。いや、それもまたツーリングだ。パフェどころか、ソフトクリーム目当てに走るツーリングもいくらでもあるもの。よほど美味しかったのかな、


「初めてです。前から食べたかったのでが、お一人様だと敷居が高くて。マスツーしてくれた部長に感謝です」


 パフェが来たのだけど、昔からの疑問を初鹿野君に聞いてやろう。初鹿野君が頼んだのはパフェだけど、似たようなデザートにサンデーってあるじゃないか。あの二つの違いってなんなんだ。


「パフェとサンデーの違いですか? そうでうね、パフェは細長いグラスに盛り付けられていて、サンデーは浅いグラスに盛り付けられるのはありますね」


 でも細長そうなグラスのサンデーを見た気がするけど。


「パフェとサンデーに実は容器による区別はありませんし、材料による区別もありません」


 はぁ、だったら同じものなのか。


「日本ではパフェの方が高価で、サンデーの方が安価のイメージもありますが、そもそも同じ店でパフェもサンデーもあるのは珍しいはずです」


 そんなものなのか。


「最大の違いはどこで産みだされたで良いはずです」


 パフェはフランス生まれで、完璧を意味するパルフェからパフェになったとか。心は完璧なデザートぐらいかな。これに対しサンデーが生まれたのはアメリカで、日曜日限定で売られていたことがあり、サンデーと呼ばれるようになったのか。


「スタートしてはパフェがパティシエによるデザートとして誕生し、サンデーは日曜日のちょっと贅沢なお菓子ぐらいだったと考えています」


 サンデーが生まれた背景として日曜日は教会に礼拝に行くのだけど、当時は日曜礼拝の日に炭酸飲料を飲むのは不道徳とされていたらしい。


「炭酸飲料と言ってもソーダ水の事です」


 レモネードの類かな。そこである牧師さんがアイスクリームにチェリーの砂糖煮をかけたものを日曜日限定で発売し、これが大人気になり全米に広まったとか。牧師さん公認だから信仰の問題も気にしなくても良いぐらいだったのかもしれない。


 ここなんだけどパフェはパルフェから来てるけど、パルフェはパーフェクトアイスクリームを指したパルフェだったらしい。要するにアイスクリームに甘いシロップをかけたデザートぐらいを思い浮かべれば良さそうなんだ、


 つまりって程じゃないけど、パフェもサンデーも平皿かせいぜい浅いカップで提供されていたらしい。これがあの細長いカップになったのは、チョコレートサンデーが出来たからなんだそうだ。


 このスタイルも大人気になったらしいのだけど、これをパフェも取り入れて、あの細長いグラスをパフェグラスとも呼ぶらしい。


「日本にはパフェとサンデーが流れ込んでいますが、パフェの方が高級感もありますから、そっちが多くなってるのではないでしょうか」


 もともとを言い出せばキリがない気もするけど、原型と言うか出発点はアイスクリームだったみたいで、それにあれこれ盛り付けをしているうちにこうなったぐらいだろうな。


「これ美味しいです」


 嬉しそうに食べてるな。初鹿野君だって女だから甘い物が好きで、パフェが好きでも良いのだけど、店を見た時に抹茶と和菓子じゃないかと思ったのは黙っておこう。ところでだけど、ボクの奢りにしたのはなんか意味があったのかな。もちろんこれぐらい奢るのはなんでもないけど。


「それですか。女と男が二人でカフェに来て、割り勘と言うのも味気ないと思いまして」


 そういう考え方か。この辺も最近の常識は変わってるみたいだからな。たとえばデートでも割り勘ってカップルが増えてるそうだ。この辺も二人の考え方とか、距離感で変わる部分はあるそうだけど、


「自分のカネで食べた方が遠慮しなくて済む部分はあるとは思います」


 それはある。ボクも前職の時は、いわゆる上司の奢りはあったけど、あれはあれで気を遣わされた。いくら、


『好きなものを食べてくれ』


 こう言われたって、どこまで奢る気なのかは常に考えておかないといけないのだよな。あれだって、メニューなりお品書きに値段表があると良いのだけど、


「ありますよね。料金を書いてないところ」


 そうなるとお酒を選ぶのだって気を遣う。なるべく真ん中のを選んでいたかな。それよりも上司の選んだものと同じにしていた。そこぐらいまでは許容範囲だろうって判断だ。男と女と言うか、カップルでもある時はあるんだろうな。


「気にもせずに、これがチャンスとばかりに食べまくるのもいますけど」


 あれも実は見られてるだよな。この辺は心理状態と懐事情で変わる部分はあるけど、そうやって食べてくれて嬉しいと思う時と、


「こんなやつとは思わなかったです」


 ここは話を単純化するけど、ある年齢以上で交際となれば、どうしてもゴールに結婚を念頭に置く。この辺に温度差はあるにしてもあるはずなんだ。それなのに値段を気にせずムシャムシャ食べられると将来に不安を感じてしまうぐらいだ。


「奢り奢られるのもある種の技術だと思います」


 身も蓋もないけどそうかもしれない。奢る方だって奢るからには気持ちよく奢りたいし、奢られる方だって気持ちよく奢られたい。そういう相手の意図とか、気持ち、懐事情をどれだけ探り合って合意点を見つけるかぐらいかな。これも簡単なようで難しいと言うか、難しそうで簡単と言うか、


「阿吽の呼吸がどれだけ出来るかです」


 そうなる。あんなものカップルが議論の末に決めるものじゃない。それが厄介だから割り勘カップルも増えてるのだろうけど、


「それでも奢り奢られの呼吸を覚えるのも大事です」


 会社の付き合いじゃなく、結婚さえ念頭に置くカップルならね。


「今日のわたしはどうですか?」


 食べてるものと同じだよ。パフェだ。


「御馳走様でした」

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