手紙

沼津平成

手紙

手紙 1

    1


 10歳のとき、「もう家出してやる!」といって、下着一枚とズボンで家を飛び出した——。

 あれから三年。今も僕は、家出をしている。

 もうそんなことわかってるよね?

 今も僕はいないんだもの。


    *


 続きを、飛鳥井瀬名あすかいせなは音読していた。夫の浩康ひろやすにも聞こえるように、大声で。

「僕の記憶が正しければ、あなたは今沼津にいます。」

 その通りだった。

「僕は、今そこからずうっと遠くにいます。

 堀井俊輔ほりいしゅんすけ。」


 とそのとき、(裏切り者め!)と声がした。

「どうしましたか?」

 上の階の浩史ひろふみ祝詞のりとの兄弟が怒鳴っていた。

「あの、あのな! 翔太から、な! 家出の手紙をくれるって手紙が来たんだが! もう一時間待ってるのに、来ないんだよっ!」

 これですか、と浩康は祝詞に便箋を差し出した。カーキ色のドアが開いて、年中くらいの子供が顔を覗かせた。

「パパ、まだは終わらないの?」

「君平、こら、静かに!」

 浩史が君平を手で制している間、瀬名は笑っていた。

「家でそんな暗号を使うんですね……」

「はい」祝詞は急に真顔になって続けた。「それより、君平が、『お兄ちゃんはどこー』って聞かないんです。こないだなんか家出しかけましてね」

 まるで我が家が脱走する動物の多い動物園かのように、祝詞はいうので、瀬名はおかしくなった。

 

    *


 翔太は堀井俊介という偽名を使っていることが発覚した翌日のことである。

 飛鳥井夫妻は桜湯さくらゆ兄弟をたずねた。飛鳥井夫妻も同じ頃に、中村璃なかむらあきという子供に家出されたのだ。

「まるで《子供たちの会議》みたいだな……」

 祝詞が浩康の言葉を訳す。「つまり、二人で計画したのではないか、と——」

 そこで祝詞は言葉を切った。

 瀬名が、「そんなことあるわけ」と祝詞に歯向かったが、浩康が、祝詞の意見を肯定していたので、一旦黙った。

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