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 アレクサンドロス・シーザー・ドラゴミールが物心ついた頃には、彼は母親と共に地下室で日夜を過ごしていた。

 決まった時間に配膳される食事を摂り、備わっていた書棚から選んだ絵本を母に読んで貰う。彼はそうして字を覚えた。


 母は彼をシーザーと呼んだ。それが彼の名前だった。

 外の世界を知らないシーザーは母と過ごすこの地下室で満足していた。時折り、地下室から母が連れ出されて一人寂しい夜を過ごす時があること以外は、幸せを感じていた。


 けれどもそんな幸せは長く続かず、シーザーが8歳の時に母が病気で亡くなった。それから、彼の人生は激変していく。


 地下室から連れ出されて見た初めての外の世界。絵本の中にあった世界が目の前に広がっていたことに、ひどく感動した。

 母を亡くした悲しみが少し癒された瞬間でもあった。


 シーザーの父を名乗る男を初めて見た時、彼は父に憧れを抱いた。

 立派な服を着て、立派な王冠を被り、そして王座に座るその姿はまさに、絵本で知った『強き皇帝』そのままの姿だったからだ。


(俺の父は、この世界の主人公なのだ!)


 父について行けばいい、そう目を輝かせるシーザーに待ち受けていたこれからの未来は、8歳の少年にとってあまりにも酷い未来であった。


 父はシーザーを皇子とは認めず、あくまでも私生児として扱った。周りの目も厳しく、罵詈雑言、そして暴力が毎日のようにシーザーを襲った。

 兄皇子たちからはお遊びで軽い毒を盛られることもあった、折檻の代わりを受けさせられることは当たり前だった。


 なぜ父は母と違いシーザーを愛してくれないのか彼には分からなかったが、ある日、シーザーの母は敗戦した国の王族で手柄として父に無理やり帝国へ連れて来られた戦利品なのだという話を耳にした。


(だから俺は愛されないのか…)


 シーザーは腑に落ちた。自分が弱いから愛されないのだと理解し、諦めがついた。


 シーザーには剣の才能があった。

 兄皇子たちの御付きとして剣術の稽古を度々目にする事があり、彼はよく見て学んでは隠れて木の枝を振っていた。

 シーザーの才能を見出したのは帝国最強の騎士と謳われる帝国騎士団所属の隊長だった。


 一目置かれていた騎士隊長の強い進言で皇帝はシーザーにも剣を学ぶ機会を与えた。同じ師を持つ兄弟子は騎士隊長の息子だったが、彼との出会いはシーザーにとってよい刺激となった。

 シーザーの才能は花開き、すぐに兄皇子たちを追い抜いた。


 皇帝は戦好きなことで有名で、13歳のシーザーも戦争の最前線へ駆り出されることとなった。皆、シーザーは戦死するだろうと考えていた。

 父である皇帝も、分かっていて王命を下したのだ。この王命が「死ね」と言っているのも同義だということを。


 しかしシーザーはその戦争で英雄となり帰還する。彼の為した偉業を皇帝は認め、やっとシーザーを皇子と認めたのだ。


「お前に皇子の名を授ける。お前はこれから、アレクサンドロス・ドラゴミールだ」


 アレクサンドロスは皇子として兵を率い、戦場を駆け回った。

 気付けばカイザル竜帝国の領土は拡大していて、属国と植民地が増えていた。それと比例するように皇帝は自らでは何も成し得ない、己の欲ばかりを追い求める醜い豚と成り果てていった。


 彼が19歳となる頃には、すっかり戦争狂などと陰口を叩かれていたが、戦場では女子供も無情に斬り捨てると噂され冷酷無慈悲な性格ゆえに恐れられもしていた。


 そんな彼が自分の兵を率いて反旗を翻し、兄皇子たちと父皇帝を殺し皇位に就いたのはつい最近のこと。


「…アレ、ク…サンド…ロ、ス…なぜ、この父を…殺…」


 皇帝が事切れる前に、アレクサンドロスは父に理由を教えてあげる事にした。


「弱い者は淘汰される。父上が俺に教えて下さった唯一のことではありませんか」


 皇帝が絶望する表情で果てていく中、彼はもう父を見ていなかった。アレクサンドロスが『強き皇帝』に重ねて見ていた父はもはや弱者であったのだ。


 皇族に虐げられてきた過去を持つ彼にとって、このような下剋上は復讐となり得ることなのだが、アレクサンドロスにとって皇族の彼らは復讐する価値も無い人物であった。

 だから、喜びや達成感、愛憎すらもない淡々とした感情で、さも当然の如くアレクサンドロスは王座に座る。その姿は、まさに『強き皇帝』の姿。


 それからアレクサンドロスは帝国の膿みを吐き出すかのように、国に不必要な貴族たちを粛正していき、皇室を更なる血で染めた。


 屍の山の頂きにある王座に座りし彼は、『カイザル竜帝国、皇帝アレクサンドロス・シーザー・ドラゴミール』と名乗ったのだった。

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