復讐推進委員会~あなたの復讐手伝います~

タヌキング

***

 私は本当にあの人のことが好きだったのだ。だからあんな仕打ちをされるなんて思いもしなかった。あれだけ尽くして来たのに結末がこれだなんて、許せない、許すことなんて出来ない。この沸々と湧いて来る感情が復讐心なのだろうか?今までこんなドス黒い感情を持ったことが無いから戸惑いもあるが、それでも彼に対する想いはドンドンと膨れ上がって行った。


「あなたの復讐を応援させて下さい。」


「あなたは誰?何処から入ったの?」


 急にどこから来たのか、黒いスーツを着た中年のサラリーマン風の男が、私の前に現れた。髪型をオールバックに決めて、如何にも仕事が出来そうな感じの男である。


「私のことなど、どうでも良いのです。それよりも復讐をしますか?しませんか?」


 ・・・そんな質問をされたら答えは一つしかない。


「復讐するわ。私、そうじゃないと気が収まらないもの。」


「かしこまりました。それではアナタの復讐人の所に向かいましょう。」


 結局のところ、このサラリーマン風の男が誰かなんて分からなかったけど、復讐すると決めた私に怖い物なんて無かった。




「ふぅ、疲れた。」


 深夜、今日も日雇いのバイトを掛け持ちして、クタクタでアパートに帰って来た。ふーっ、階段を登る足が重くて堪らない。久しぶりに働いているが、こんなにも疲れるとは思いもしなかった。こんなことなら、あの女にもっと働かせておけば良かったかな?・・・なんてことを考えたところでしょうがない。結局のところ、人間は今を一生懸命生きるしか無いのである。


「ただいま。」


 玄関の戸を開けて、そんなことを言ってみる。前なら「おかえり」と言ってくれる奴も居たが、今はそんな言葉が帰ってくるわけが・・・。


「おかえり。」


 俺は背筋がゾッと震えた。なんで?・・・なんでアイツの声がするんだ??

 しかし声が聞こえたのは一回限りで、その後はシーンと静寂が包んでいる。

 もしかして俺は罪悪感を感じてしまっていて、幻聴が聞こえたのだろうか?いや、そんな筈はない。俺はそんな男ではない。罪悪感なんてこれっぽっちも無い筈だ。

 俺は恐る恐る声の聞こえた居間の方に歩を進めていく。ギシギシと床が軋む音すら俺の緊張を煽り、胸の鼓動がドンドンと大きくなっていく。落ち着け俺、あれは幻聴なんだから何を気にする必要もないんだ。気をしっかり持て、アイツはもう居ないんだ。

 だがしかし、俺の希望的観測は居間に辿り着く前に崩れ去った。


「もう遅いじゃない。待ちくたびれちゃうぞ♪」


「か、香織。」


 俺の目の前に香織が現れた。俺が買ってやった白いお気に入りのワンピースに、この騙しやすそうな屈託な笑顔を俺が忘れる筈がない。


「ねぇ、私がここに居るってことは、自分が何されるか分かるよね?」


「ひっ‼」


 俺は腰が抜けて、ドンッ‼と尻もちを突いてしまった。誰か助けてくれ、誰か、誰か・・・。


「誰かぁ‼助けてくれ‼」


「落ち着いて、マー君。すぐに終わるから、すぐに私の復讐は終わらせるから。」


 ずーっと笑顔で近づいて来る香織に、俺は抵抗する術を持たなかった。居るはずの無い女がそこに居て、恐怖から心が完全に折れてしまったのだ。

 そうして香織は右手を俺の方に伸ばし、細くて長い指が俺の首をガシッと掴み。俺の体をいとも簡単に持ち上げた。香織は華奢な女だった筈だ。こんなことが出来るなんて夢にも思わない。


「マ―君。マー君、私はずっと好きだったんだよ。それなのに酷いよ・・・だから死んで♪今すぐ死んで♪」


 香織の右手の力がギュッと入り、俺の首をギシギシと締め上げて行く、俺はジタバタと足掻いてみたが、香織の右手は微動だにしない。首が絞められているので命乞いをすることも出来ない。畜生、俺が何をしたって言うんだ・・・いや、したのか。そうだよな、したよな。俺は香織を崖から突き落として殺した筈だよな?


“ゴキッ‼”


 俺は自分の首の骨が折れる音が聞こえて意識を失った。




「そろそろ終わりましたかね。」

 

 彼女が事を終えるまで、私は近所の喫茶店でコーヒーを飲んでいます。

 自己紹介がまだでしたね。私は復讐の推進を促進させることを生業にしている男で田中と申します。アナタはこれから関わることが無いでしょうから、名前を覚える必要は一切ありません。

 さて、復讐促進させるといっても人相手の商売ではないんです。相手は地縛霊、それも出来るだけ成りたての話の通じる相手に限ります。そう彼女の様に。


「終わったわ。田中さん。」


「おっ、予想通りの時間でしたよ。」


 突然、テーブルを挟んだ向かいの椅子に香織さんが現れましたが、驚いてはいけません。こんなことは日常茶飯事なのですから。


「マー君の最後の怯え切った顔。あれを見てたら色んなことが吹っ切れたわ。ありがとう。」


「いいえ、仕事ですから。」


 香織さんは生前、マー君という悪い男に引っ掛かり、貢ぎに貢いだ。それで貯金が無くなり、借金で首が回らなくなった彼女をマー君は邪魔に思って断崖絶壁から突き落としたわけです。いやはや何とも復讐され甲斐があるクズ男です。


「田中さん。私、あのまま崖に居座ったら、どんな悪霊になっていたのかしら?」


 興味本位からか、香織さんがそんなことを私に聞いて来ました。私は長年の経験からこういう風に答えます。


「そうですね。来た人の足を引っ張って、崖の下に転落させる悪霊とかですかね?まぁ、あくまで予想ですが。良い人も悪い人も関係無く転落させる質の悪いのになっていたと思いますよ。」


「あー良かった。そうならなくて。あんなクズ男の為に私が人を殺すなんて申訳ないもんね。ありがとう田中さん。アナタ私の恩人だわ。」


「いえですから、仕事です。」


「うふふ♪そろそろ私行くわ♪地獄であの人が待ってるだろうから♪」


「はい、末永くお幸せに。」


 私がそう言うと香織さんはパッと消えてしまいました。彼女が再びマー君と出会えるかは分かりません。そこは管轄外ですから。

 先程の話の続きになりますが、私には地縛霊を移動させる力があり、その力を使って霊の方々に復讐をしてもらっているのです。霊の方が殺人を起こすのですから私が罪に問われることはありませんし、悪霊退治するよりリスクが少なくて、地縛霊の方が悪霊になるのを未然に防いで、悪霊に殺される人を助けることにも繋がります。

 クズが一人死んで大勢の人が助かると思えば、なんと有意義な仕事でしょう。私はこの仕事に誇りを感じています。

 さて、そろそろ次の仕事に取り掛かるとしますか。

 それでは皆さんごきげんよう。あぁ、復讐は生きてる間にしてはいけませんよ。復讐からは何も生みだしませんから。

 復讐と殺しは死んでからです。



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