第2話 書棚の森の中ほどで③
第2話 05
昨日、わたくしの元に姉からの手紙が届いたのは、お借りしているお部屋にて日課となっている早朝の鍛れ……手習い事も一段落しようかと言う頃合でございました。
規則正しく繰り返されたノックの音に応じれば、参ったのはわたくしと共にこの街に滞在している付き添いのメイドでした。
入室とともに軽く頭を下げた彼女は、小ぶりで横長のトレーを手にしております。
わたくしの視線は、すぐさまそのトレーに乗せられていた封筒に吸い寄せられ、そして考えました。
わたくし付きのメイドがこうして持ち込んできたのですから。ならばそれが、わたくし宛ての郵便物であることは、自然と察しも付きましょう。
ですので次には、それの差出人がどなたなのかと心当たりを巡らせてみるのですが。
しかしわたくしが考えをまとめ切らぬうちに、メイドが口を開きます。
彼女は落ち着いた口調で、その手紙が先日までこの街に滞在していた姉より差し出された物であることを告げました。
それを聞き、姉がわたくし宛に手紙とは珍しい事もあるものと思いつつも、メイドに一言労いの言葉をかけて彼女へと歩み寄ります。
茶褐色に色付けされた木製トレーの底に見える、一封の白い封筒。
特に飾り気のない白無地の質素なものではありましたが、紫色の封蝋に浮かび上がる意匠が以前より姉が好んで使用している物だと分かり、わたくしは封筒をトレーから取り上げます。
すぐに開封しようかとも思ったのですが、何気に封筒を裏返してみれば、少しばかり気になる部分が見受けられました。
「宛先がありませんわね」
わたくしの呟きどおり。本来ならば送り先が書かれているはずの面にこの場所の住所は記されておらず、ただ一筆、わたくしの名前だけがしたためられております。
「これでどうやって届いたのでしょう?」
怪訝な面持ちで独り言を繰り返すわたくしに向けて、メイドが答えます。
聞けばこちらの封筒。どうやら公共機関を利用せず、当家の所有する早馬にて届けられたとのこと。
わたくしはその報告に少なからず驚き、そして身構えました。
言うまでもなく、それはこの封筒が届けられるに至るまでの手段が、あまりにも特殊だったためです。
姉から妹へと向けた、一通の手紙。
その配達に一般の郵便を使わず早馬を利用するという判断が、どう控えめに見ても物々しさに溢れている気がして仕方がありません。
わたくしはメイドに下がるよう申し渡し、一人になるのを待ってから封筒の開封に当たりました。
ナイフの先で封蝋を跳ねて口を開けば、封口の向こう側にまとめて折りたたまれた何枚かの便箋がのぞきます。
わたくしは中身をゆっくりと取り出すと、封筒の中が空になった事を確認してから便箋を慎重に開きます。
わざわざ早馬を使って届けられたという、この手紙。
そこには果たして、どれほどに火急の用件が記されているのか。
大きな不安感と少しの好奇心が入り混じる複雑な心持ちに、便箋に触れる指先も少しばかり震えていたかもしれません。
そうして目にした最初の言葉が、「御本を探してくださるかしら」との一文でした。
便箋の上部に、他よりも一際大きくしたためられたそれを目にして、私は少なからず混乱してしまいます。
だってそうでしょう?
何度も繰り返しますが、この手紙はわざわざ早馬を使って届けられるような物なのです。
そこまでして告げられた姉からの手紙にあって、これは余りにも不釣り合いで意味の分からない文面と言う他ありません。
ですので、目の前の手紙に視界を揺らしつつも、どうしたってわたくしは戸惑うのです。
想像と現状に大きな開きを見せ付けてくるこの一文は、果たして文面どおりに受け取ってしまって良い物なのかどうか、と。
ひょっとすると、何かしらの隠語の類なのではないのか、などといった風にすら思えました。
もしも仮にこれが、直接書き記せないような何かしらの重要案件を暗に指し示しているのだとすれば。
それであれば、わたくしにはそれを読み解く義務があるようにも感じました。
とは言え。このような言い回しの一言に、心当たりなどあるはずもありません。
姉の真意を汲み取れずにいたわたくしは、仕方なく続く文章に目を通していきます。
一枚目二枚目と読み進め、その内容の殆どが探すべき御本にまつわる記述ばかりの内容を目の当たりにして、わたくしはようやく理解できました。
ああ。姉は本気で御本を探せと、わたくしに申しているのだと。
やれ、御本の題名は元より、筆者のお名前や出版社などの特定情報に関しては何一つ覚えていない事や。
やれ、その御本は先日こちらのお店で拝読したもので、お話の内容が恋愛要素のあるミステリー小説だったこととか。
その他にも。御本を探すのに役立つかもしれないと箇条書きされていた、幾つかの覚え書きに至るまで。
何かしらの伝言が隠されているのではないかと、目を皿のようにして探しましたが、しかし──
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