第2話 02
変り種のお客様を引き連れて店内を縦断する。
キッチンに一番近い丸テーブルの椅子を引き、「どうぞ」と手を差し伸ばせば、「恐れ入ります」と、こちらの要望にそって腰を降ろす彼女。
その振る舞いから伺える歳の頃に似合わない落ち着きっぷりは正にお嬢様然として見受けられ、思わず胸の内で感嘆の声をこぼす。
(これは本気で、良いとこのお嬢様ですね)
背筋をすっと正して座る洗練された物腰に、質素な丸テーブルすらも高価な調度品のように描き出される始末。
思わず、私もこういった振る舞いを身につけるべきなのだろうか、などと身の丈に合わないことを考えてしまうのも仕方のない事なのだろう。
と。
「さて、注文は決まったのかい?」
キッチンから身の丈にあった声がした。
お嬢様から視線を外して声の聞こえた方に目を向ければ、そこには軽く腰を曲げて厨房カウンターに頬杖をつくリニアの姿。その視線は、凛と座るお客様へと向けられている。
「ええと……」
問われ、戸惑った様子で辺りを伺うお嬢様。おっといけません。メニュー表をお渡しし忘れていましたね。
「すいません。こちらがメニュー表に──」
「おすすめで良いかな?」
私が慌てて小脇に挟んでいたメニュー表を差し出そうとするのを遮って、リニアが声を張る。
「え?」
少し驚いた表情で両目をぱちくりとさせるお嬢様。そんな彼女の戸惑いなど構いはしないとでも言いたげに、
「おすすめで良いよね?」
再び張られる声。あまりと言えばあまりな礼節を欠く押し売りに、それを嗜めるべく私が口を開くよりも早く、
「で、では、おすすめでお願いいたします」
決断の早いお嬢様もいたものです。ではなくて、
「ちょっとリニア」
「良いじゃないか、何か訳ありなんだろう?」
む、勘付かれてしまいましたか?
「何やら難しい顔で話し込んでいたかと思えば、こんなガラガラの店内でわざわざその席に案内したんだ。これから何を話すのかは知らないけど、あわよくば私を巻き込もうとしているのが見え見えだねぇ。そうだろ、カフヴィナ?」
むむむ、ちょこざいな。
「それにだよ。別に変なものを飲ませようとしているわけじゃないんだし、少しくらいの無作法は見逃してくれても良いんじゃないかな?」
「……仕方ないですね。用法用量は守ってくださいよ」
言い出したら聞かない。そんな礼節などどこ吹く風な彼女だが、その知識はひょっとしたらお嬢様の困りごとに何かしら役立つかも知れない。
そんな思いもあって、変わり種のお客様をこのテーブルへとお通しした意図は、まったくもってリニアの指摘した通りだったりはした。
(ここは下手に逆らうよりも、機嫌を取っておいたほうが得策ですかね)
などと考えていると、お嬢様が戸惑った顔で、私とリニアを交互に見比べていることに気が付いた。仕方なく、私はお嬢様に事情と腹づもりを打ち明ける。
「すいません。彼女、ここの本にとても詳しいんです」
事実。居住宅を別に持つ通い勤めな私とは違い、リニアはこのお店に住み込み始めて二年は経つ。
そんな彼女が、暇な時間にお店の書物を手に取っている姿などは日常的に見かける光景だし、正直な話し”本探し”という目的にこれほど適した人材もあるまい、と。だから、
「ひょっとしたら、何かお役に立てるのではないかと思いまして」
そう告げると、お嬢様は「お、お心遣い痛み入りますわ」としどろもどろに言葉を紡ぎつつ、口元を引きつらせながら、
「ところでわたくしは、何を飲まされようとしていますの?」
当然すぎる疑問を口にするのだった。
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