クロネコ魔法喫茶の推理日誌

花シュウ

第1話 役に立たない金のメダル①

01

 指先をちょちょいと動かして、玄関扉に鍵の魔法をかける。一応はよくある回し錠も付いているのだけれど、信頼性で言えば私の魔法のほうがずっと上。だからもう長いこと、これが朝の習慣になっていた。


(冷えますね)


 屋外の空気にあてられて、思わず両の手をもみ合わせる。こうして外へ出てみれば、魔力をくべた暖炉のありがたみがどうしたって身に染みるというもの。


「さて」


 誰にともなく呟いて向き直れば、吐いた息が白い帯となって私の口元を追いかけてくる。見渡せば、見慣れた路地の景色にも、もうすっかりと冬の彩りが添えられていた。


 小道を挟むようにして建つ、二、三階建ての建物たち。赤茶けた煉瓦の壁や白がくすんだ石造りの壁が立ち並ぶその情景は、良く言えば風情があって、率直に言えば古臭い。


 そんな変わらない朝の小道を、私はのんびりと歩き始める。


(雨、もう大丈夫そう)


 すっと視線を空に向ければ、つい明け方まで降り続いていた雨模様の気配は見当たらず、ともすれば今日の一日の好天を期待してしまう。

 とは言え、空から視線を落としてみれば、続く石敷の路面は未だに雨の痕跡を色濃く残したまま。


 足音に混じって小さく聞こえてくる、びちゃびちゃと鳴る水音。相も変わらず、この辺りの水捌けの悪さは健在のようだ。


(でもまあ、これくらいなら)


 濡れてはいるが、向かう先はほど近いお店。特に路面が凍りついている気配もないので、歩くのに取り立てて不都合と言うほどのこともない。


 私は路面の状態に問題なしの判を押し、右肩を軽く跳ね上げて斜め掛けした愛用のカバンを身体の左前に収め直しつつ進む。


 魔道書やら魔法道具なんかをぱんぱんに詰め込んだ、肩からぼてっと斜めにぶら下がる革カバン。その重さを肩口に感じつつ思う。


(それにしても、たまには本職のお仕事とか来ませんかね)


 せっかくこうして、常日頃から商売道具を持ち歩いているのだ。それならせめて、自分の特技を忘れない程度には何かしらの案件が舞い込んでも良いはずなのに。


(それがどうして、こうも毎日のように給仕や司書の真似事ばかり)


 魔法使いの師でもあった祖母が亡くなったのは15歳の冬だった。


 途端に天涯孤独となった私は、春先に迫っていた魔法学院の高等学部への進学を取りやめ、中等学部の終了を皮切りに祖母の残した魔法店を切り盛りしながら独学で魔法師としての資格を目指す道を選んだ。


 それからもうすぐ二年。こうして何とか独り立ちを形だけでも繕うことができるようになった今にして思えば、あれはずいぶんと世間知らずで意固地な小娘ではあったのだろう。


 その節は、学院の先生方や祖母の知り合いなどに随分と心配をかけたのだと思うと、少しばかり申し訳ない気持ちにもなるというもの。


 とは言え。


 先月にはとうとう二等級の試験を突破したのだ。三等級だった頃と比べれは、魔法使いとしての箔も段違い。

 となればやっぱり、給仕や司書ではなく魔法使いとしてのお仕事にあやかりたいところではあるのだが。


(上手くいかないものですね)


 分かってはいるのだ。三等級の駆け出し魔法使いが切り盛りしていた、一昔前の閑散とした店構えを思えばこそ。

 彼女の助言を受け入れて、半年前に趣向を変えて様変わりさせた魔法店が今、とても世間に受け入れられていることは、十分に承知しているつもりではあるのだ。


 あるのだが、それでもやはり。思い描いていたお仕事と日々の生活のあり方の違いに、どうしたって思うところがあるというのが、いっぱしな魔法使いとしての本心だったりもするのである。



 白んだ息を細長く吐き出しながら進む。下向きだった視線を路面から持ち上げてみれば、ほんの数棟ほどを越えた先に丸く開けた広場が現れた。


 真ん中に小ぶりな噴水を据え、その周囲を広く囲うように街路樹をあしらった、広場としては決して大きいとは言えないこの空間。そこもまた、私としてはやはりよく見知った光景の一つ。


 往来が縦横に交差するこの場所を、このまままっすぐ反対側まで突っ切ってしまったら、そこはもう目的地の目と鼻の先。ならば最短距離を行こうというもの。


「それにしても」


 路上に小さな水音を弾ませつつ思う。また少し数が増えたのではないだろうか?


 歩調に合わせてゆっくりと見渡せば、広場を取り囲むようにして点在する屋台や露店の並び様。


 まだ少々早い時間なこともあり、どのお店も開店準備に追われている様子が伺える。

 程なくすればどの店の主も観光目的の旅人相手に、己が商いに精を出し始めることだろう。


(まあこれも、良いことなんでしょう)


 去年くらいまでの見晴らしの良さ加減を思えば、きっとそれも喜ばしいことなのだろうと、そう思う。


 仮にも人の賑わう城下町。いくらこの広場が街外れに位置しているといっても、まぁそれなりに人の往来くらいはありはした。

 けれどもそれは決して栄えていたと胸を張れるような代物でもなく。

 だからこの広場が賑わっていた記憶など、私の中にはとんと無かったはずなのだ。


 ところがどうだ。


(変われば変わるものですね)


 王城へと繋がる大通りほどではないにせよ、今ではこの広場も、すっかりとこの街の観光目玉に成り上がっていたりする。


 押し寄せてくると言えば言いすぎだけれど、それでもこうして観光客目当ての露店が立ち並ぶくらいには代わり映えして見せた。


(個人的には少々、陽当たりが強すぎる気もしますが)


 良いことには違いない。しかし元々、どうにも人の多い場所を得意とできない自分としては、ちょっとだけ思うところもありはするのが、まあ正直なところだったりもした。



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