第32話 亡き騎士王戦ー1
美しい花畑へと誘われる。
花弁舞うその中心には、美と強さを兼ね備えた一人の騎士がただ待ち構えていた。
レベルは35000。
あの強敵よりは弱くとも、されど僕より格上の存在。
そんな相手を僕は決して侮ることなく、勇敢に立ち向かった。
騎士が僕の姿を捉え、動き出す。
花畑の柔らかい土より見え隠れする剣は、綺麗な銀色で光り輝いていた。
目を光らせ、確実な殺気を僕へと送る騎士に応えるように、僕もまた空中より剣を抜き出して構えた。
隙など与えない。
油断もしない。
あいつを倒して、僕はより強くなる。
その決意を胸に、僕は最初から全力で奴へと向かった。
「【金剛力】【絶風】【
今までの戦闘でさらに洗練された僕のスキルは、その力を満遍なく振るい、敵へと襲いかかった。
レベルも上がり、スキルレベルも上がり、ちょっとした強さを身につけた僕は、自信満々に奴へと急接近ーー後に、一太刀奴の眼前で振るった。
しかし、僕の攻撃は虚しくも通らず、何かに弾き返され、止まった。
咄嗟に奴の足元を見る。
しかし、そこには未だ、地に刺さる剣のみがあった。
一体何に弾き飛ばされたのか?
そんな疑問が頭を駆け巡る中、僕はあることに気がついた。
足元とは対照的に、空中を見上げると、四本の剣がプカプカと浮いているのが見てとれた。
地面へと落下する体で受け身を取り、痛みを軽減させてから再度奴を見る。
すると、四本の剣は奴の隣で綺麗に整列されながら浮いており、奴の手元にあった最後の剣もそこへと加わった。
「剣五本って......それでも騎士かよ......」
剣士ではなく、騎士の有り様を説いた僕だったが、途中でそんなものをモンスターに問うのは筋違いだと感じ、すぐさま自分の頭の中で納得させた。
剣士というより、魔術師の風貌を感じさせる目の前の騎士に、僕はされど警戒の色を色濃く持ちながら、突破口を探した。
敵の手数はこちらの5倍。
しかも、人間の限界に沿った『決められた動き』とは違い、奴は変幻自在の型でこちらを攻撃することができる。
浮いているが故に剣を扱う術師自身を叩くのも苦しく、捉え方によっては、あのサイレント・オークをもしのぐ猛者と言ってもいいだろう。
一見、今の僕のレベルでは不可能かに思える戦況。
しかし、どんなモンスターにも弱点はある。
それは、あのサイレント・オークも例外ではない。
自分の強さと能力を過信したが故に、奴は僕らに敗北した。
なればこそ、目の前の敵も例外ではない。
同時に5本も剣を自在に操るのであれば、魔力の消費量も相当のものだろう。
何より、レベル35000という小さい数値であれば、多くの魔力を保有できないはずだ。
決まりだな。
僕の勝機は、こいつの魔力切れを狙うことだ。
突破口を見出し、僕は一部スキルを解除した。
こちらの魔力を温存させ、相手の魔力が切れたところで一気に叩くという戦法だ。
溢れるオーラが一部減少したことで、敵は一瞬の戸惑いを見せ、その動きを止めた。
しかし、状況が読めなかったのか、奴は警戒の色を薄め、僕の魔力切れだと思ったのか、ここぞとばかりに攻撃を加えてきた。
空中を飛び交う狂気の刃が一目散に僕へと向かう。
臓器が集まる人体の急所を的確に狙った突きは、しかし、僕の飛躍によって簡単に躱されてしまった。
空を切った五本の刃は、その場を通り過ぎ、すぐさま跳躍を果たした僕の足元を狙ってきた。
変幻自在のその型は、既存の形をもろともせず、予測不能の攻勢へと躍り出た。
逃げ場のない空中への逃走を安易に選択した愚かな獣を刈り取るように、その剣戟は軽やかに、簡単に、僕の全身を削った......かのように思われた。
「甘いん、だよ......ッ!」
容易に僕の無防備な姿を捉えた騎士は、その獣に隠された牙があるかも警戒せず、舞い上がった剣は僕の黒剣により撃ち落とされた。
美しい五連撃を見せた僕は、軽やかに着地し、すぐさま次なる攻勢に備えるために構えた。
撃ち落とされた五本の剣は、すぐさま騎士の元へと舞い戻り、次なる一手を模索する。
騎士と僕との間で異様な雰囲気が流れる中、奴は微かに頬を釣りあげたかのように見えた。
嬉しそうに、ただ戦いを楽しむようにして。
そして騎士は再度放った。
先ほどよりも一段早く、鋭く、その剣たちを。
空を切る独特な音を発しながら、剣は迫る。
それに僕はなんとか反応し、一個ずつ着実にその凶器を落としていった。
しかし、そんなところで終わる連撃ではなく、落とされてはまた迫り、落とされてはまた迫りを繰り返していた。
頭、胴体、足、手首、腕。
ありとあらゆる人体の急所を狙う的確な攻撃は、どれほど僕のことを陥落させたいのかが染み染みと伝わってきた。
跳ね除けるたびに速度を上げる刃は、徐々に僕のことを押していった。
当たる剣と剣が火花を散らす中、僕の目と体は段々と奴の猛攻に追いつけなくなっていった。
このままでは完全に押し切られる。
そう思った時、僕は思考を変え、『守り』から『攻め』へと方針を転換した。
「行くか......」
舞い踊る剣戟のわずか一瞬にも満たない隙を狙う。
じっくりと、限界までその狂気を引きつけ、そして感覚とも呼べる、僕自身の体が捉えた一瞬を僕は狙った。
「ここだ!!」
封印していたスキルを再度発動し、襲撃を試みる。
「【
抑えていた魔力を一気に解放し、薄く、広く、暗黒の魔力を広げる。
瞬間的かつ限定的に発動させた魔法で、それが奴の背中へと届くまで広げる。
なるべく魔力を消費せず、そして何より素早くそれを花園へと侵食させる。
そして、それが奴の背後へと辿り着いたその瞬間、スキルの真髄を発揮させる。
「【
百という今の自分には膨大な魔力量を消費し、このチャンスを掴みに行く。
直前、空中へと飛び上がった剣がこちらへと方向を転換し、集中して魔力を広める僕にトドメを刺そうとしたが、それは叶わず、意思を持った剣は2度目の空を切った。
そして瞬時に背後へと瞬間移動を果たした僕は、奴がこちらの存在に気付く前に思いっきり剣を振るった。
「油断したな......!!」
瘴気とも呼べる暗黒の霧を身に纏い、最大限の火力を振るった僕は、この勝負での勝利を確信した。
案外、簡単なものだったとがっかりしたのも束の間、僕の剣は弾かれ、風に吹かれる葉っぱのように僕は吹き飛ばされた。
「......!?」
突然の緩急により、手は痺れ、僕は思わず剣を床に落としてしまった。
遠く離れた場所へと墜落した長剣は、僕の敗北を真しやかに囁いていた。
飛ばされた体を急いで起こし、たった今何が起きたのかの状況確認を行う。
弾き返された衝撃に耐えながら上を見ると、そこには背中越しにこちらを見る騎士と背中に浮かぶ一つの銀色の盾が構えてあった。
「あれは......」
背中にピッタリとくっついて浮かぶ大楯。
考えなかったわけではないが、その可能性を頭の中から排除していたことは否めない。
剣を操れるのであれば、他の武器防具を操れるのも不思議ではないだろう。
また新たな情報を頭の中へとインプットし、次の作戦を練り立てる。
しかしーー。
「まずいな......」
遠くを見れば、地面へと突き刺さった自分の漆黒の長剣が見える。
その近くでは数本の剣が宙を舞い、近づくものを徹底的に排除しようとしている。
作戦を立てようにも、自らの最大の武器を奪われた今の状態では、勝機もありはしない。
魔力切れを狙おうにも、身を守れないのであれば、僕の敗北は確実だろう。
つまりーー。
「まずは剣の回収だな......」
冷や汗を垂らしながら、剣と騎士を交互に見つめる。
騎士の側には剣が二本。
長剣の側には剣が三本浮いている。
おまけに騎士の手には新たに一本の剣が握られており、自衛も完璧な状態となっていた。
「畳み掛けるつもりか......最強の騎士ってのは、悪辣なんだな」
情も何もない淡々としたその行動に、激しい冷たさを感じる。
しかし、ここで負けるために来た僕ではない。
僕はこいつを倒して、成長の糧とする。
そう決めているから。
「出し惜しみはもうできないな......行くぞ!【金剛力】【絶風】【深淵付与】」
スキルを一斉に発動させ、爆発的な速度を展開する。
奴の猛攻を振り切る為の初っ端からの全力。
そしてそれに応えるように、奴も制止させていた剣たちを始動させ、僕へと襲い掛からせた。
高速で動く剣を超高速で移動する身で捉える。
一直線へと向かった僕に対して真っ直ぐに向かう剣は、もう目と鼻の先にまで迫っていた。
このままでは衝突してしまう。
膨大なエネルギーで体を発進させた身を今更停止させることは叶わず、高速で動く視界では剣を正確に捉えることもできない。
まさに完璧なタイミングで剣を突き刺して来た騎士は、勝機を見て心なしか少し笑っているようにも見えた。
普通ならば、ここで自分の過ちに気付き、悔い改め、諦めて死ぬしかないだろう。
しかし、今回の僕は無策でただ出鱈目にスキル発動させたわけではない。
今の状況を打開できる、一つの作戦があって、この状況にまで持ち込んだとも言える。
目の前に三本の剣が加速度的に早くなりながらこちらへと近づくのが見える。
通常、常人では捉えることのできない速さの世界。
しかし、今の僕にはそれが遅く見える。
『
『スキル【鷹の目】を取得しました』
通知の後、僕の見る世界は遅く、鈍く、遅延されたようにゆっくりになった。
そして目の前の振り被る剣三本をじっくりと見つめながら、その遅い世界で僕は華麗にその連撃を交わして、通り過ぎていった。
「......!?」
突然の絶技を目の当たりにした目の前の騎士は、驚きの色を表に出しながらも、されど接敵を防ぐため、自ら剣を持ってそれを振るった。
しかし、神速の世界を遅延して見れる渉には、そんなものはまやかしに過ぎなかった。
華麗にそれすらも交わした渉は、そのままただ一直線に目的地へと向かって、直走った。
「遅い」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
スキル名:鷹の目
熟練度:LV1
詳細:目が異常なまでに良くなるスキル。
これを使用するに当たって必要な魔力量はない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
対象を外したとわかるや否や、騎士は場の状況に停滞せず、次なる一手をすぐに刺してきた。
外した剣三本と自らの持っていた剣をさらに加え、それを高速で動く僕の身へと追撃を撃ってきた。
生身では実現不可能な僕の速さと引けを取らないほどの爆速を持って追いかける剣戟。
それを注意深く振り払いながらも、落とした剣の場所へと急いで走る。
その場にもう二本。
計六本の剣と格闘しながら、僕は覚悟を決めて飛び込んだ。
「ここだ!」
挟み撃ちに襲ってくる凶器の下の少しだけ開けた空間をスライディングで通り抜ける。
思わぬ行動に咄嗟にブレーキがかけられなかったのか、剣同士は反応はできたものの、追いかけてくることは叶わなかった。
そして自分の長剣の元へと駆け込んだ僕は、それを力一杯地面から引き抜き、右腕で構えて次なる攻勢に備えた。
(よし、これでなんとか反撃に出られそうだな......)
剣を取ったのを見て、少々焦りだす騎士王。
しかし、奴もここで負けられないと思ったのか、一度天高く腕を上げ、空中で一回指を鳴らした。
すると、地面全体が激しく揺れ動き、妖艶な花畑はその姿を変え、地中から無数の剣を排出した。
「嘘、だろ......?」
剣数十本が一斉に騎士の魔物に集まる所を見て、思わず絶句する。
目の前で飛び交う無数の銀色を見て、僕の思考は『逃げろ』と訴えかけていた。
だが、あまりもの想定外の光景に、僕の足は歩みを止めーー。
「っ......!!」
気付けば無数の刃に囲まれ、場面はチャンスから袋小路へと切り替わっていた。
「これは、やったなぁ......」
刹那の逃亡の機会を失った僕は、もはや死の運命を受け入れる他なく、その場面を見渡した。
無数の戦士がこの光景を見たら、皆一様に「無理だ」と投げ出すだろう。
今の渉にだってそうだ。
彼もまた、これを俯瞰した視点で見ていたのであれば、「無理だ」と喚いて諦めていただろう。
しかし、第三者視点ではなく、今自分自身が見ている状況で誰が諦めるものか。
当人には当人でしかわからない、覚悟と悪辣さが見え隠れしているのだ。
そして、なんの警戒もせず逃げてきた渉ではなく、彼はこの場面でも、ほんの少しの余裕を見せていた。
「おい、騎士王」
懐を弄りながら、渉はその亡き騎士へと向かって言った。
執念を燃やして、強い執着心をただ抱いて。
「次は絶対、お前を倒してやる」
懐から黒い穴を顕現させ、その中から青色の模様がついた、不気味な黒い石を取り出す。
そして、その黒い石を天高く上げながら、その石から眩い光を発し、彼はその光源に飲み込まれて何処へと消えていった。
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