第27話 サイレント・オーク掃討戦ー完
「行こう、渉」
「ああ、そうだな。ユリウス」
肩を並べ合い、僕らは駆け出した。
多少ふらつく体を必死に抑え、その鋭い形相を敵へと憎悪として向ける。
少し前、僕らはこの強大な壁を乗り越えるため、秘策を話し合った。
「渉、残り魔力はどれくらいだ?」
ユリウスが背中合わせに問うてきた。
今回、ユリウスの攻撃が通じない以上、僕の攻撃に頼らざるを得ない。
つまり、僕の魔力残量ーーそれすなわち、勝機への確率となる。
ユリウスに問われ、僕は横目で瞬時にステータス画面を見る。
そこに記載されている微細な魔力量を確認し、それを今のスキルの使用量と照らし合わせ、答えを導き出す。
「...全部繋ぎ合わせて、30秒だけ持つかな...」
30秒という刹那の時間。
わずかに近づけるかもわからない、短すぎる単位。
しかし、我らが騎士団長には、それは瑣末なことだった。
「30秒か...十分だな」
「さすが...」
絶望的数値。
僕が外せば、この戦い全てに敗北するというのに、浮かべるその希望の笑み。
まさに、僕らの光ーー騎士団長そのものだ。
「私が先行し、時間を稼ぐ。その間に渉。お前が決めろ」
覚悟と決意の決まった面相。
全ての信頼を僕という他者に預け、その生涯の全てを賭ける。
およそ管鮑の交わりの関係でなければ、やることにさえ値しない行為。
それを彼は今、やってのけようとしている。
それは、彼が騎士団長だからだろうか?
それは、彼の守らなければいけない者達が後ろにて、羨望の眼差しを向けてくるからだろうか?
否。どれも正解ではあるが、正しくもない。
彼の行動理念それはーー。
「行くぞ!」
親友を守るためのものである。
☆☆☆☆
時は数刻前にまで遡る。
それは、ユリウスが他の残党を狩っていた時の話だ。
圧倒的戦闘センス、そして持ち前のステータスの高さで敵を難なく圧倒するユリウス。
彼が着実とその討伐数を増やしていく中、背後に微かな違和感を察知した。
サイレント・オークの奇襲ではない、もっと禍々しいものの塊。
少し離れた位置で揺れる、不安定の権化。
そんな突然の異変に、彼は咄嗟に振り向いた。
そして見てしまった。
雨宮 渉ーーその青年が再び全身からあの黒い靄を吐き出している所を。
「....!?」
瞬間、駆け出す。
友人の危機を逸早く察知し、その暴虐を食い止めんと思って。
「渉...!」
振り翳されようとする裁断を止めに入り、その決定的瞬間を食い止める。
「しっかりしろ、渉...!」
剣同士が交わり合い、甲高い音を鳴らして鍔迫り合いを起こした。
およそ人間が耐えることのできない強大な一撃、それを矮小の身でなんとか耐え凌ぐ。
押され、押され、されでも後ろの親友をこれ以上不幸な目に遭わせないために、その不安定な均衡を気持ちだけで押し止める。
そして、決意が漲ったその時、思いが現実の事象を覆した。
「はあ!」
敵の強大な一撃を跳ね除け、私は非情な運命に抗った。
そしてすぐさま渉に駆け寄り、奴の手を力強く握った。
闇より出し深淵からその手で引き摺り出し、彼から徐々に邪悪が消えていった。
「さあ、立て、英雄よ」
そう言い、ボロボロの彼と背中を合わせ、僕らは二人で障害を打ち倒すために動いた。
☆☆☆☆
「行くぞ、【
まずは余力を多少残していた、ユリウスが先行する。
ステータスが安売りセールよりもカットされているとは思えないほどの速度で迫る彼は、まさに閃光そのものだった。
「【金剛力】、【絶風】」
同時に僕も駆け出し、ユリウスと隣り合わせでやつへと向かう。
心強い味方を背に僕は勇ましさを見出した。
「抜かせ、ニンゲン供...!、【
僕らを脅威と捉えたか、はたまた、ただ興が乗りすぎたのか、奴は少しばかりの怒りを露わにした。
「来るぞ!」
ユリウスの警鐘と共に、奴がスキルを放つ。
先ほどのスキル【
先ほどとは違い、自らの本領を発揮させたオークは、4匹の異形から、20匹にまでのぼる異形を生み出した。
巨大な背中から伸びる黒い蛇状の生き物は、他の何にも構わず、一直線にこちらへと向かってきた。
先行したユリウスに6体、僕に14体と送り出し、死へと僕らを誘った。
「はあ...!」
順々と襲う、怪物。
それをユリウスは一つ一つ、確実に落として回った。
圧倒的で美菜な剣技を披露した彼は、それを苦とも捉えず、ただ敵へと向かった。
そうして、一通り切り終わった彼は再度駆け出し、敵へと猪突猛進し、僕のための隙を生み出しに彼は勇気のかけらを自ら生み出した。
その姿に相応しい言葉は、勇猛果敢ーー確たる威厳をしかと見せてくれた。
そして、そんな美しい姿に見惚れていると、それを遮るかのように奴ら異形に迫られ、僕はハッと我に帰った。
ここは戦場。
生み出していい隙なんて、一片たりともない。
騒つく心を凪ぎ、荒ぶる心の大海を沈める。
五感を強化し、文字通りに集中力を極限まで高める。
今の魔力残量を鑑みて、こいつらに裂ける時間は10秒を下回りたい。
ーー行けるか...?
およそ人間技ではなし得られないような厳しい制限時間。
だが、なぜだろうか。
不安と共に押し寄せてくるのは、「行けるかもしれない」という観測だけだった。
「ーー行くぞ」
自信を胸に、僕は動き出す。
その先の未来を、掴み取るために。
まずは3匹。
それぞれ、右腹、首、左足首を狙って来ている。
死の予兆を激しく感じ取るほどに脳が危険信号を送り出したが、それを全て無視。
高波の荒々しい音を聞くのではなく、心の中の水のせせらぎを聞き分ける。
頭をスッキリにし、冷静さを保つ。
そしてーー。
「......」
上から順に剣を振り、流れる川の水のように滑らかにその魔の手を切り払った。
「次」
流れる血の激痛に耐えながらも、冷酷に澄み渡る脳は次を要求した。
今度は4匹。
それぞれ、首、左脇腹、右足、左足首と僕を狙った。
手に取るようにわかるその単調な動き。
虎視眈々と僕の急所を狙う彼らは、まさに脳のない野生動物と同じで非常にわかりやすい。
対処するに苦なし。
振り下ろされていた剣を再度上に持ち、そこから飛び上がり、宙を舞い、体を捻りながら剣を円形に振り回した。
結果、ほぼ同時に迫っていた奴ら4匹は、その首部分を無様に切り落とされ、声もなく芥へと変化した。
「最後だ」
未だ冷静さを保つ脳にもう一踏ん張りするように命令を出す。
残り時間は、4秒。
行ける。
最後の攻撃と、7匹同時に送り出すサイレント・オーク。
その黒色のドス黒い化け物達は、なんら変わらず単調に急所を的確に狙う。
学ばないと言うか、そもそもスキルの性能が悪いというかーーどちらにせよ悪い点がよく目立つ。
もうすでに作業と化していた戦闘を、されど急ぎの用と促してこちらも冷静にこなす。
少々手厳しい数だが、今の僕の敵ではない。
澄み渡る感覚が、手に残る感触が、その全てを物語っていた。
『スキル【中級剣術】が【上級剣術LV1】へと進化しました』
吸い付くような柄の感触を肌で感じ取り、僕は一閃を放つ。
一段階上の次元へと足を踏み入れた武技は、奴らの接近を一切許しはしなかった。
ちょうど10秒。
まずまずの成果だ。
僕は勢いそのまま、足を止めることはなく、先に戦うユリウスに加わろうと向かう。
「【
「【
獰猛な野獣が敵に噛み付く鋭い声と、雷撃の激しく轟く音が戦場に響いた。
一心不乱に敵の攻撃を受け流すユリウスに対し、僕は彼に合図を送る。
「ユリウス...!」
精一杯叫んだ声は、荒々しく天変地異の起こるその場所へと小さくーーされど、しっかりと伝わる。
僕の声をしかと聞きとめたユリウスは、返事を返さずとも、次の行動に移る準備を終えていた。
轟く雷鳴を受け流し、その圧倒的身体能力を発揮させこちらへと下がり、僕と合流する。
今一度だけ目を合わせ、そして軽く両者に頷く。
そしてその合図を受け取ったユリウスも僕も、ここで決着をつける覚悟を決める。
「行くぞ...!」
その最後の一言を皮切りに、光の如き速さで突進するユリウスは、今度はもう妥協はしない。
これが最後の攻撃、外せば皆死ぬ。
「食らうが良い、オークよ。私の奥義を...【
絶対の剣。
その威力を目の前の敵へと向ける。
七色の光を放つその剣は美しく、敵さえも魅了する。
それはどうやらあのサイレント・オークも例外ではなく、一瞬の隙を突かれた奴は、我ら栄光の騎士の一撃をモロに喰らった。
美しい彩虹とは違い、痛々しい音が奴から鳴る。
身を焼かれながら引き裂かれる痛みは、今の彼にしかわからないだろう。
「グゥォオオ....!!」
圧倒的悲鳴を上げ、奴はさらなる隙と痛みを見せびらかす。
残りスキル発動時間15秒。
鮮血が流れる奴の胴体に狙いを定める。
全てのスキルを総動員させ、僕は今出せる本気で奴を迎え撃つ。
奴の真下まで迫った僕は、その剣を振り上げる。
決着を求めて、奴へと最大火力をお見舞いする。
しかし、やはり歴戦の戦士。
奴の生存能力は、並外れたものだった。
「舐めるなよ、ニンゲン...!!【威圧】...!!」
最後の抵抗と言わんばかりに、スキルを出鱈目に発動させる。
しかし、そこは流石の猛者。
選んだスキルは僕らに効果抜群だった。
急激にのしかかる重圧に耐えきれず、僕とユリウスはその場で膝をついた。
「くっ...」
もう何もかもが限界のこの状態で、このスキルをレジストする余力はどこにもない。
全てを出し切ろうとしていた僕らは何もできずその場に伏せ、目を血眼にしながら冷や汗を流すだけだった。
それを好機と捉えたか、奴は胴の傷を強く押さえつけながら、僕らを前に敵前逃亡を果たした。
にやける奴の顔が脳に焼き付く。
これほどの損害と被害を出しておいて逃げるなど、あって良いものか。
許せない。
許すことなんてできない。
「クソ、っが.....逃げるなぁ...!!」
背を向け、無様に逃げる奴に憤怒の気持ちを表した僕は、されど何もできずに、ただ魔力と時間が過ぎて行く。
あと一撃。
あと一撃だけあの背中に喰らわせることができれば....。
誰か、頼む。
あいつのあの無防備な背中に、ただ一撃を差し込んでほしい。
ただ...ただそれだけで、勝てるのに。
「クソ...っ」
悔しさが込み上げ、僕は顔を下に向けた。
もうどうしようもできない。
僕らは、敗北したんだ。
奴の策略に負け、全てを失った。
だけど...こんなの、あんまりだ。
しかし、そう諦めかけたその時、暁光が僕らに差し込んだ。
『対象:サクラギ・カエデのスキル【
「え...?」
『成功しました』
『プレイヤー:雨宮 渉の状態異常【威圧】が解除されました』
その報告の連続に一瞬戸惑う。
しかし、その確かな名前を見て、僕は瞬時に後ろを振り返り、その一人の少女を強く見つめた。
こちらへと腕を伸ばし、疲れ果てそうになりながらも必死に呪文を詠唱したであろう彼女の勇敢な姿が目に焼き付く。
そして彼女は言った。
最後に、掠れた小さな声で、はっきりと。
「行ってください...雨宮、さん...」
そして僕は瞬間、顔を上げてもう一度立ち上がった。
(ありがとう、カエデ)
心の中で密かに感謝を伝える。
そして彼女の思いに応えるべく、僕は再び地に足ついて駆け出した。
残り時間は3秒。
ここで、決める。
足元の土がひしゃげるほどに強く力み、僕は飛び出した。
数秒で離れた大きな距離は、刹那にして埋まれ、その背後を確かに捉える。
そしてそれを見過ごすほど落ちぶれてはいない奴は、その無様な背中を返らせ、こちらへと目を向けた。
恐怖。
そんなことで埋め尽くされているような表情を浮かべる奴は、その血濡れた剣を振り上げ、一直線に向かう僕へと果敢に振り下ろした。
決して止まることが許されない、時間を考慮した完璧な一撃。
ここで僕が止まれば、僕の魔力は底をつき、敗北を決するだろう。
しかし、オークよ。
忘れてはいないだろうか。
あのスキルの特性を。
「【
広がった闇の円は、その背後まで広がり、その背中へと僕を瞬時に移動させた。
そして予想外の行動をされ、空を裂いた奴は、もう今更どうすることもできない。
惚け、焦る顔が今は、憎たらしくも思えない。
決着だ。
「【金剛力】、【絶風】、【深淵付与】...!!」
グサリと差し込まれた剣は、その後、奴の胴体を完全に半分に切り離し、死を奴に授けた。
鮮血を吹きながら倒れ込んだその大きな死体は、地響きを鳴らし、終戦の合図を掲げた。
そして僕はその倒れ込んだ赤い死体を見下ろしながら、顔を上げ、もの共に示した。
誰が勝者か、を。
『サイレント・オーク(赤)を討伐しました』
「しゃぁああああああ....!!!!」
『レベルがアップしました!』
『レベルがアップしました!』
『レベルがアップしました!』
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