第26話 サイレント・オーク掃討戦ー6
打ち合う。
打ち合う。
「はあっ...!!」
「フンッ...!!」
甲高い音を鳴らす剣たちは、この戦中、幾度となくその身を振るい、他者とぶつかってきた。
故にそれは摩耗し、至る所にその歴戦の証を刻み、残してきた。
スキルを満遍なく使い、向かい合う猛者二人の攻防は、長きに渡った。
剣を差し込み、それを防ぐ。そして差し込まれ、それをまた防ぐ。
剣技が通じないとあれば魔法を使い、それをなんとか防ぎ切った矢先の隙を狙われる。
魔力も体力も何もかもが底をつきそうな状態で、未だ自らの勝機を両者握りしめる。
「【
「【
焚ける炎のように赤いサイレント・オークは、残り少ない魔力でスキルを発動させる。
4体の得体の知れぬ黒い蛇状の化物を生み出し、それを高速で打ち出しながら僕へと噛み付かせた。
それを、必死にない魔力を絞り出しながら僕もスキルを発動させ、切り刻みながら前へと前進した。
自動追尾機能の備わったその4匹の異形は、僕の黒き剣により散らされ、そのまま前進させた体を、剣を前に出しながらその最後一撃に賭けて、その剣を敵の体へと捩じ込ませた。
「はあ...!!」
「グゥォ...!」
すでに傷ついた胸部へと抉り込んだ剣は、そこから特色の鮮血を吹き出させながら、最後に身を裂く音と共に引き抜かれた。
悶え苦しむ敵の唸り声が耳を掠める中、途中、異形が噛みついた足に猛烈な痛みを感じる。
「っ...」
剣を地中に刺し、地面に膝をつき、足首ら辺を傷ついた手で抑える。
疲労しきった双眸でその片足を見てみれば、紫色に腫れ上がった、見るも無惨な状態にあった。
『状態異常:猛毒に罹っています』
システムから告げられた悲惨な宣告。
それは、僕の足が段々と壊死していることを証明した。
猛毒状態に陥ったこの身では、たとえ【状態異常耐性】で治ったとしても、その後の戦闘継続は不可能に近くなるだろう。
体力面、スキルを発動するための魔力面、どちらももうゼロの近い。
今や滝汗を流し、堪えるような痛みに耐え、膝をつくのが精一杯だ。
もう剣の柄を握り締め、迫り来る数多の憎悪を避け、その命を脅かすような攻撃を繰り出すのは、無理だ。
だが、だからと言って休めるほど、僕の背中の重みは軽くはない。
毒が回る痛みに耐えながら、全身に伝わる切り傷の痛みに耐えながら、血を吹き出し、視界が霞むような苦しみに耐えながらも、その剣を握りしめて、立ち上がった。
みんな、後ろで戦っている。
ユリウスも、カエデも、他のこれまでの時間を共にした戦友も、みんな。
必死に死に直面していようとも、僕に希望を観て、全てを託して戦っている。
大事な背中も、大事な仲間も、大事な故郷も、その全てを載せて。
だからこそ、僕はどんな苦しみに悶えようとも、立たなければいけないんだ...!!
剣を草原から抜き出し、さながら勇者の凱旋のようにして剣を振り上げ、それを胸の前で力強く握った。
敵をこれまでにないぐらい強く睨め付け、覚悟と決意を漲らせて、敵へと立ち向かった。
その間、敵もまた堪えるような痛みに耐えながらも、その部族と戦友たちを守るために必死に立ち上がった。
いくら血を流そうとも、いくら自分が失われようとも、その後ろの者たちのために、彼らは何度でも立ち上がる。
その命、尽き果てるまで。
「フン...ニンゲン。貴様、随分と無様な姿をしておるな...」
血反吐を吐きながら、されど楽しそうにこちらを見るオークは、この後に及んで挑発の言葉を並べ立てる。
煽りの一環?、いや、そんなものではない。
これは、彼が僕に対しての覚悟を探っているのだ。
ならば、答えは一つ。
覚悟には決意で返してやらなければ。
「それはお前もだろ...豚野郎が...!!」
「それも、そうだな...!!」
ふらつく足取りで前へと踏み出す。
力無く上がる剣は、スキルの上々補正でなんとかカバーされる。
両者雄叫びを上げ、まるでこれが最後の一撃のようにお互い、それに全てを乗せた。
そして、自らの刃の射程圏内を捉えると、その剣を振り翳し、互いの首を狙った。
「【
「【金剛力】、【絶風】、【深淵付与】...!!」
奴は、今までに隠しに隠し通して来たスキルをここぞとばかりに披露する。
体からは禍々しい、濃い赤色の光が漏れ出し、血管は浮き出て、目が充血するほど赤く染まった。
それと同時に奴の握っていた大剣は黒炎を吐き出し、猛々しく燃え盛る炎を散らして、僕を焼き焦がさんとしていた。
動揺。
一瞬、そんなものが刹那の意識に浮き上がる。
しかし、信じ、信じてくれるものたちの顔を思い浮かべ、そんなものは杞憂だと忘却の彼方へと投げ捨てた。
僕も負けじとスキルを発動させる。
お馴染みの3点セットーーしかし、一味違う。
最後に口にしたスキルを今までとは違う形で顕現させる。
丸く、広く、魔力を大量に吸われながら、僕はそれを僕ら二人を多い囲むほどに大きく広げた。
「...!?」
思いもしない事態に、スキルを発動させた奴も驚きを隠せないようだった。
驚愕の表情、その一瞬の隙をついて僕は、このスキルの特性を最大限に活かす。
「【
莫大な量に次、さらに多量の魔力を奪われ、僕は今期最大の好機を掴み取る。
自らの絶技を振り翳さんとする奴の背後へと一瞬にして周り、そのガラ空きの背中をしかと捉える。
こうなっては、もう後はない。
こいつに僕の最後の一撃を差し込み、それで奴の人生を終わらせる。
「じゃあね。君は僕の...最大の好敵手だったよ...!!」
最後に残った微量な魔力を最大限発揮させる。
空中から奴の背中へとこの剣を刺し、そしてこの長い戦いに終止符を打つ。
さらば。そして、僕はさらに強くなる。
君は、いい経験値になりそうだよ。
「はぁああああ!!」
声を燃やし、剣を振るう。
しかしーー。
「惜しかったな、ニンゲンよ...」
「....っ!?」
燃え盛る業火は忽然とその姿を僕の前へと表し、僕は反応もできずにその大いなる一撃をその身で味わった。
この時、幸いだったのは、その大剣の刃先は僕へと向いたはおらず、致命傷をなんとか避けた点だった。
しかし、有り余るほどの暴力的な一撃は確実に僕の無防備な体へと晒され、僕は地面へと体を打ち、その意識を遠のかせた。
頭から生ぬるい鮮血を流し、霞む視界で自分の前で悠々と立つ敵の姿を見据える。
「ニンゲンよ...あれほど危機を感じたのは数十年ぶりであったぞ。今の攻撃...食らっていたならば、地に伏せていたのは、この我の方だったな」
今の攻防の美徳を嬉しそうに語る敵の親玉。
その疲れ切った体に一撃を加えられない今の自分が歯痒く、悔しい。
「そろそろ終わりにしよう。大義であったぞ、ニンゲン。貴様の墓ぐらいは、建ててやろうぞ...」
この光景に、自らの終わりを感じた自分。
剣を振り上げ、抵抗できない哀れな自分へと慈悲深き最後の一撃を喰らわせようとする死刑人。
その構図を、僕はどこか懐かしいと感じていた。
ああ、そうか。
この構図、ユリウスの時と全く同じ構図だ。
あの時、僕が闇に染まり、彼を打ち倒しそびれたあの時と。
そう記憶が蘇ると同時に、僕の視界は暗くなっていったのではなく、暗く、内側から染まっていった。
何やら力漲る感覚を覚えるが、今の僕にはどうでもいい話だ。
体は暗き闇に覆われ始め、細やかな優しい快楽が身を包んだ。
ああ、この優しい包容力に今は身を包まれたい。
そう感じ、僕は身を完全に委ね、そして闇に覆い被された。
もうこのまま全部、この暖かい暗闇に身を委ね、忘れてしまいたい。
囁き声が聞こえ、快楽に溺れろと伝えてくる。
『もう諦めろ』と、『もう休め』と、そう聞こえてくる。
だから僕はサッと目を閉じて、その闇に、体を預けた。
そんな時だった。
「しっかりしろ、渉...!!」
抱擁される内側とは別に、外顔から力強い声が届く。
それは、僕を覆い被せた闇を瞬時に取り払い、僕を力強く闇から引っ張り出した。
霞む視界を大きく広げ、上を見上げ、自分の前のもう一人の人物の姿を確認する。
「....ユリ、ウス...?」
銀髪の輝くような長髪を靡かせ、振り翳された一撃を必死の形相で打ち止める彼の姿がそこにはあった。
「ああ、私だ...!、さあ、立て、渉!!、一緒にこいつを撃ち倒すぞ!!」
精一杯の力を込め、敵う筈もない敵へと背後の親友を守るためだけに身を呈す。
勇士が勇士たらしめる雄叫びを上げ、彼は、その巨大な一撃をなんと退けた。
その大きい覇気にたじろいだ奴は、大きく冷や汗を垂らしながら後ろへと数歩下がった。
「さあ、立ち上がれ、英雄よ」
彼は強大な敵を退けた直後、僕の方へと振り返り、手を伸ばして傷ついた僕を引き上げた。
よろよろと、しかし、応援が来た期待と希望を糧に、僕は再び自らの両の足で地面を踏みしめた。
そしてユリウスの偉大な背中と照らし合わせ、今度は二人で奴の双眸を見据える。
「行こう、渉」
「ああ、そうだな。ユリウス」
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