第17話 『王国の悩み』−2
王様との謁見の後、僕たちは近くにあった会議室へと入室した。
少し小さい会議室で、ちょうどここにいる人数分席が用意されてあった。
円卓のテーブルの対面に僕とエヴリンさんが。
そして間を挟むようにして、ユリウスとエリーが席に座った。
「それで、そのお願いっていうのは、一体なんなんですか?」
「うむ、実はーー」
そう僕が話を切り出すと、エヴリンさんは重苦しくも語ってくれた。
そして、そこから語られたのは、この国の現状と大草原の真実だった。
エヴリンさんの話を要約すると、こうだ。
このエルファス王国のすぐ近くに位置する大平原、テラリア大草原で最近、無視できない出来事が合ったらしい。
お察しかもしれないが、僕はこの時、テラリア大草原という名前が出てきてからは、重い腰でこの話を聞いていた。
まあ、僕の事情はさておき、事態はこうだ。
テラリア大草原の生態系の上位に位置する魔物、サイレント・オークがここ最近、その数を急激に減らしたらしい。
その影響あってか、不気味な均衡を保ってきた大草原では、今まさに危機感が増大している。
そして早い話、その影響がこちらまで及んできそうなのである。
「そういうわけで、雨宮君。お主には、是非ともそれを食い止める手伝いをしてほしいのだが...」
「......」
今の話を聞いていた、全僕ならわかるだろう。
すいません、エヴリンさん。
その数を急激に減らしたの、多分僕です....。
チラリと右手に召喚した小さい深淵の宝庫に目を向ける。
この中には、あの数ヶ月分のサイレント・オークの死体が詰まっている。
累計千匹は超えるだろう。
「どうかしたのかね、雨宮君?」
エヴリンさんに呼ばれ、僕は視線を戻す。
「いえ....大丈夫です。それよりその任務、是非とも僕に受けさせてください....」
「そうか!、受けてくれるか!」
「は、はい....」
そう返事を返した途端、エヴリンさんは重苦しい表情を消しとばし、嬉しそうな態度で僕へと接してきた。
「うむ!、いや、正直助かったぞ!、お主が行ってくれなければ負け戦だったからな!」
「あはは....」
満面の笑みを浮かべる彼に対して、僕は苦笑いで返答する。
気まずい。
非常に気まずい。
ここまで喜んでいるエヴリンさんに、「実はその原因、僕でした!」なんて、死んでも言えない。
結構本気で。
それこそ、今度は国外追放どころではないかもしれない。
これは僕の胸にしまっておこう。
永遠に...。
僕は、喜ぶ王様をよそに、密かに贖罪の意を示す。
それにクエストである以上、どちらにしろ僕は拒否できない。
ここは、気を引き締めて挑もう。
「それで、具体的にはどうすればいいんですか?」
しかし、まずは情報と。
詳細を聞き出そうと、僕はエヴリンさんに更なる情報を求めた。
「うむ、知っているであろうが、サイレント・オークには我々の攻撃では通じない。歯が立つとしてもユリウスぐらいだろう。そこでお主にはーー」
「ま、待ってください!」
話を進ませようと、エヴリンさんは何気なく今の話を流そうとしたが、僕の耳には確かにそれは止まった。
「ん? 何だね?」
「攻撃が効かないってどういうことですか?」
驚愕の事実を聞かされた僕だが、エヴリンさんたちは何気ない顔で僕を見てくる。
ユリウスやエリー含め、誰も僕の疑問に賛同する人はいなかった。
「雨宮君、もしかして知らなかったのか?」
「え、あ、はい。知らなかったです....」
そう素直に答えると、皆驚いたような顔をしていたが、エヴリンさんの一言でユリウスが説明を挟んでくれた。
「ユリウスよ、説明してやってくれ...」
「はい。実は、サイレント・オークという種族には、私たちーーつまり、この大陸に住むすべての人族の能力値を99%下げる特性を保持しています」
「きゅ、99%....!?」
「はい、ですから、いくらレベルが高くとも、私たち人間には手出しができません」
「そういうことだったのか....」
サイレント・オークの真の脅威をユリウスに聞かされ、僕は素直に驚いた他にも、納得してしまった。
なんせ、そういうことならば、今までの言動や行動が何もかも噛み合う。
僕が疑われたのも、危険だと感じたのも全て。
確かに、誰も倒すことができないぐらい強い敵を、急に出てきた変な奴が倒して王女様を救ったとかぬかしていたら、僕もそいつを疑わざるを得ない。
道理が噛み合った今、全てが腑に落ちた。
「だから、僕も執拗に疑われたんですね」
「まあ、そういうことですね」
「まあ、そういうわけで、雨宮君にはそのサイレント・オークの掃討を頼みたい」
「なるほど....」
エヴリンさんが頼んだことは、彼らからしたらとてもハードルの高いところだろう。
実際、彼ら三人から伺える顔の表情は心配や不安といったものだった。
正直、僕から見ても、この任はきついだろう。
掃討、となればどこまで倒せばいいのか、検討がつかない。
千や二千、もしかしたら桁すら違うかもしれない。
それに、あそこで見た奴らは緑色の下位種。
もし、上位種でも出てきたら.....。
エヴリンさんのお願いのハードルの高さに改めて気づく。
もしかしたら、これは僕の手に負えない案件かもしれない。
しかし、やはりやるしかない。
家に帰りたいなら。
妹に再び会いたいなら。
僕は、意地でもこのクエストを完遂させる。
「わかりました。やります...僕に任せてください...!」
「...わかった。しかし、危険なことに変わりない。最大限の補助は約束しよう」
「ありがとうございます」
やる気満々に返事をした自分だが、思っていたほど、僕はこの状況に動じてはいない。
どうやら僕は、ここ最近でよほどの自信家になったらしい。
まあ、でも一番の理由は、この人たちを助けたいからだけどな。
目の前の彼らを見て、僕は笑みを浮かべる。
せっかくここで出会った人たちだ。
見殺しにするなんて、僕にはできない。
「では、来る日まで戦いに備えるとしよう。雨宮君、君にはぜひ、騎士団の訓練に参加してもらいたい」
「え?」
エヴリンさんから発せられた意外な言葉に僕は思わず、変な声をあげた。
騎士団の訓練に参加?
こんな、僕が?
レベルも足りていない、僕が?
絶対、ゲロ吐いて、疲れ果てて、筋肉痛になるだけだ。
それは、ちょっと.....いや、だいぶ嫌かもしれない。
しかし、この案件を断るにも、僕はあまりエヴリンさんと親しくはない。
ましてや、王様の意見に反対するなんて、僕にはできない。
できるとしたら、ここで二人だけだ...!
僕はそう思い、エヴリンさんの提案を阻止するべく、ユリウスの方を向く。
彼なら僕の心情を汲み取ってくれるだろう、そう期待して。
頼むユリウス....断ってくれ....!
「それはいいですね。ちょうどレベルも足りていなかったですし、ここいらで鍛え上げましょう」
「え?」
再び変な声を上げてしまった。
うん、やはりユリウスはダメだ。
まるで、僕の感情を汲み取ってくれたりはしなかった。
やっぱり、僕の見方は君しかいない!
頼む、エリー...!
そうして、最後の希望である、エリーの方へと視線をぐるりと向ける。
心の中で彼女の大いなる発言を期待して、静かに彼女に祈る。
しかし、世は非常なのだと。
牢屋に入れられたあの時以来に感じてしまった。
「名案ですね!」
「アッ.....」
最後の頼みの綱であったエリーにも見限られ(無意識)、僕は深い絶望を味わった。
心の中で泣き崩れる僕に、颯爽と近づいてくるユリウス。
「さあ、雨宮殿。行きましょう!」
にっこりと微笑みかけるユリウスの笑みは、今や悪魔のそれにしか見えなくなっていた。
「い、いや、待ってください、ユリウスさん...!、僕に騎士団お練習なんて荷が重い....」
「何をおっしゃっているのですか、あなたこそ、ふさわしいですよ!、入団してほしいぐらいです!」
世間話をしている間、僕はもちろん必死に抵抗した。
しかし、圧倒的ステータス差の前では、僕の抵抗も虚しくーー
い、嫌だぁあああああああああ....!!
ーー心の中でそう叫びながら、僕は騎士団の訓練場へと引き摺られていった。
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