第16話 ダンジョンへ

夢。

誰しもが見る、夢境の地。

そこには、人が感じる最大限の幸福か、ある程度の不快感を覚える、不幸が眠る。

人が眠り、見る種類の夢はこの二つの交互だろう。

少なくとも、僕はそうだった。


されども、その地にての出来事は全て、幻。

幾度と見ても、起きればすぐに忘れてしまう、嘘の世界。

所詮は、現実に支障をきたさない、偽りの光景。


しかし、もし、その夢境の地にての出来事を、全て覚えていてしまったら?

夢が夢とは言えないほどに出来過ぎているものだとしたら?

現実の何ら変わらず、痛みを、喜びを、悲しみを、感じて分かち合うことできたなら?

その全てを鮮明に、現実的に、精神に異常をきたすまでに、不幸な夢を永遠に忘れないように覚えているとしたら?


それは、もはや、現実となんら変わりはないのだろうか。





そして、起きる。


「ハァ.....ハァ....クソッ........またか......」


僕は、寝目覚めの悪い夢を思い返しながら、起き上がる。

時計を見れば、時刻は朝9:00、いたって健康な時間だ。

頭痛を少し感じながら、ベッドを降りて、深呼吸をする。

降りたベッドを見れば、汗が大量についており、乾いていた布は、今や汗まみれだ。


「はあ....」


ため息を一つ付き、ベッドのシーツを取り外し、リビングへ向かう最中に洗濯機の中に放り込んだ。

寝巻きも着替え、それも洗濯機に入れた後、僕はテーブルに置いてあったご飯を食べ、再び部屋に戻った。


最近はいつもこうだ。

夢を見て、弩に打たれたように起き、シーツを変え、ご飯を食べる。

なんといっても、その夢の内容だ。

エルファス王国から戻ってきてからというもの、僕は悪夢を見るようになった。


場面や、時間帯、場所は何もかもが毎回違うが、重要な所だけは、毎回同じ内容の夢が流れる。

それは、ユリウスとエリーのどちらか、もしくは両方が死に、最終的には、あのによって、僕も死を体験するという内容だった。


それを何回か続けて見た。

エルファス王国から戻って訳5日が経ったが、見る夢はほとんど同じ。

最終的には苦痛を味わって僕は死に、精神的に削られながら、起き上がる。


システムを呼び出し、ステータスが変化したのを見て、戸惑う。

それが夢なのか、現実なのかもわからず、ただただ見過ごして。

それに耐えきれず、システムを呼んで、エルファス王国へ戻れるように頼み込んだこともあったが、その時だけはシステムも黙り込んで、いうことを聞くどころか、返事すらしてくれなかった。


正直、これ以上耐えるのは、精神的にきつい。

何か、気を紛らわせるものがないと....。


僕は、自分の部屋をぼーっと眺めて、あるものに目を止める。

それは、僕の部屋の壁に置いてあった、ボロボロのダンジョン装備だった。

錆びた胴胸、血濡れたローブに革装備、刃がかけた短剣。

そんな、使い古した、初心者装備。


そんなものを見て、僕はふと、あることを思いつく。

それは、僕が以前は、苦痛と思っていた程の作業の工程であった。

それに、ちょうど我が家の貯金も底をつきそうなので。


「ダンジョンに......行こう」




















「........少し、懐かしいな」


僕は、ボロボロになった装備を着こなしながら、数ヶ月ぶりとなる、ある場所へとやってきた。

そこは、とてつもなく大きいビルの建造物で、中からは、活気あふれる雰囲気が漂う場所。

冒険者教会。


僕は、少し匂うローブを頭まで被せて、スタスタと教会へと入っていく。

不思議だ。

以前ならば、一度足を止めて、下を向きながら入っていった、嫌な場所。

それなのに、今は特に何も感じない。


少し、嫌な記憶が蘇ってきても、抵抗だとか、不安だとかが押しかかってくる感じもしない。

なぜだろうか?


僕は、自分の境遇を不思議に思いながらも、教会のドアを開けて、受付へと向かう。

血濡れたローブの匂いに慣れてきた中、僕は、クエスト掲示板に並ぶ紙を一枚取り、受付へと渡す。


「すいません、このクエストを受けたいのですが」


「ん? あ、はい!大丈夫ですよ。えーと、C級ダンジョンの荷物持ちクエストですね!」


「はい」


若い、新人らしき受付嬢の元気な接客で、懐かしさを感じる荷物持ちクエストに行く。

今回はC級だ。

少しランクが高い気もするが、僕の今のレベルなら、少しぐらいなら無茶しても大丈夫かもしれない。

まだ自信はあまりないけど。


「では、冒険者ライセンスの提出と、お名前を聞かせてください!」


「あ、はい。えーと......」


ゴソゴソと、ポケットの中を弄っていると、ふと、あるものに目が行った。

それは、冒険者教会の壁に貼ってあった、1枚の大きい紙。

その紙の上には、『今月のダンジョン死者名』と書いてあり、死亡したと思われる人の名前がずらりと書いてあった。

一番上の『あ』の欄から下に行き、『い』の段まで到達して、僕の名前は載っていないことを確認する。


「.............」


「えーと、すいません。どうかされましたか?」


「あ、いえ、すいません」


僕の名前が載っていない。

それは、幸か不幸か、安心できない状況だ。

もし、ここで本名を名乗り、 と、あいつに知られたら、今度こそ、確実に殺されるかもしれない。


一抹の不安と、狂うほどの憎悪を持って、僕は想像する。

あの男に、もう一度相対し、もう一度殺される未来を。

ギルド:アークナイツのAランク冒険者 町田 行持に殺される運命を。


僕はゾッとした。

今だからこそわかる。

あの男のAランク冒険者という肩書きは伊達ではないと。

ひょっとすると、あの悪夢で見た厄災:サイレント・オーク・ロードをも超える力を持っているかもしれない。


僕は静かに息を呑み、再び受付嬢へと向かう。


「冒険者登録....をお願いします」


「え............あ、はい!すいません!冒険者登録ですね!」


一瞬戸惑ったような態度を見せた彼女だが、瞬時に作業に戻り、テキパキと準備を進めてくれた。


「すいません、てっきり、ベテランの冒険者の方だと」


「え?」


僕がベテランの冒険者?

冗談か何かか?


「佇まいや、雰囲気から、ここに初めて入る感じではないですし......しかもその、ボロボロで血濡れた装備!、百戦錬磨の上級冒険者だと確信していたところでしたよ!」


「あー.......なるほど。確かに、これは.....」


なるほど、このボロボロの装備のせいか。

確かに、こっちに戻ってきてから、洗濯とかはしてみたが、固まっていて中々落ちなくて、そのままなんだよな。

佇まいとか、雰囲気とから辺はよくわかんないけど。


「えーと、それで、登録したんで、このクエストを受けたいんですけど.....」


「あ、はい!すいません! えーと、Cランクダンジョンの荷物持ちクエスト.........って、えーと、失礼ですけど、本当にこれでいいんですか?」


元気よく接客していた、彼女の表情はみるみるうちに沈み、ついには冷や汗を垂らしながら、不安そうな目でこちらを見上げてきた。


「ど、どうしたんですか?」


僕が戸惑った表情で彼女をみていると、彼女は、怒ったような真面目な表情で説教を始めた。


「あなたは今さっき、この冒険者協会で冒険者になりました。それは立派なことです。しかし、あなたは初任務でCランクへと赴くことを決めました。荷物持ちのクエストですが、非常に危険です。私は、この目で何人もの自慢げに話す冒険者たちが戻ってこないのをみてきました。どうか考え直してください」


彼女は深く頭を下げると、その場で静止して、ピクリとも動かなくなってしまった。


なるほどな、彼女は僕の安否を、全冒険者の安否を第一に考えてくれているのか。

なんか、懐かしいな。

あの頃に、冒険者になったばかりの頃に、高ランクダンジョンへ行くと言って、猛反対された時のことを。

反対を押し切って、ダンジョンに行って、死ぬ思いをして、命からがら逃げてきたのを。

冒険者という職業の危険性を、初めて深く理解したのを。


「すみません、言い忘れていました。僕、実は、ダンジョンには何度か潜ったことがあって、それで今回Cランクを受けようと思ったんです」


「え? そうだったんですか?」


僕の言葉に頭を下げっぱなしだった彼女も、頭を上げて僕を見る。


「ええ、ですから、安心してください。あと、ありがとうございます」


「そうだったんですね! 少し、安心しました。では、Cランク荷物持ちクエストの受注、完了しました!行ってらっしゃいませ!」


「はい」


誤解を解いて、元気を取り戻した彼女はテキパキと作業を進めて、冒険者ライセンスの発行と、クエスト受注手続きを終わらせてくれた。

こんないい子も、いたんだな。


手続きが終わり、僕は手を後ろに振りながら冒険者協会を出ていこうとした時、彼女が何かを思い出したかのように、僕を呼び止めた。


「すいません! ライセンスを登録するのに、あなたの名前を聞いておくのを忘れていました! お名前を聞いてもいいですか?」


名前。

名前か。

当然だが、ここで雨宮 渉の名前は使えない。

そんなのは、僕が生きていると、あいつに知らせるだけだ。


つまり、全く新しい、別の名前。


(うーん......)


どうしたものか。

そう悩んでいると、ふと、僕の頭の中に名前が一つ浮かんできた。

それは、僕の思い出の中にいる、大事な人物の名前。

いなくなってしまったけど、尊敬していて、大好きだった人の名前。

そして、願わくば、もう一度会いたいと思う、人。


「そうですね、僕の冒険者名は.......雨宮 源氏でお願いします」


「なるほど.......雨宮 源氏さんですね! かしこまりました、ありがとうございます!」


そう言って、紙に僕の新たな名前を書いた彼女は、タタっと戻ってゆき、次の人の手続きを進めていた。


雨宮 源氏。

本当に、懐かしい名前だ。

僕は一生彼を忘れないだろう。

どこに行ってしまったのかはわからないけど、今もまだ、彼に会うのは諦めていない。

それに、この名前を使えば彼の目にも止まるかもしれないしね。


僕の大切な父親に。



















今、僕の前には、廃れた洞窟につながるような洞穴のダンジョンがある。

周りには、一緒にダンジョン攻略をすると思われる人たちが複数人おり、今は、全員集合するのを待っている。

数分後、最後の一名と思われる人がやってきて、僕たちは作戦のおさらいをするために集まっていた。


「よし、いいか? 今回の目的は、攻略だ。もし、危ないと感じたら、すぐに撤退するぞ。いいな?」


「「「はい!」」」


皆一同に集まり、最終確認と喝を入れ直す。

今回は、ランクの低い冒険者が多いため、攻略は「もしできたら良い」ぐらいの気持ちのものである。

正直、少し安心している。

攻略するまで、絶対に出てはいけないとかだったら、嫌だからな。


そうして、準びを着々と進める中、先ほど、作戦の最終確認を行った人が、気分がわりに皆んな自己紹介をしようということになった。

皆、各々の準備を終わらせ、再び円形状に集合して、言われた通り、自己紹介を始めた。


「じゃあまず、私から」


最初に手を挙げたのは、二十代前半ぐらいの女性だった。

彼女は立派なローブに、長い杖を持ち、僕の方に荷物を投げながら、自己紹介をし出した。


「私の名前は、西野 明里にしの あかり。Cランク冒険者で、職業は魔法師。 よろしくね」


元気よく挨拶を切った彼女でばの雰囲気は和む。

だが、それだけの要因ではないだろう。

Cランク魔法師という点も、非常に大きい要因に見える。

なんせ、高いレベルの魔法職は、何かと重宝されるからな。


「なるほど......魔法職か、期待してるぞ」


「ええ、よろしくね」


それをリーダーらしき男もわかっていたのか、彼も期待を込めて、チームのことを頼んでいた。


「じゃあ、次は俺だな」


次に声を挙げたのは、中年の男性だった。

髭の剃り跡みたいなのを生やした、結構日焼けしている、おじちゃんだった。

見れば腰に長剣を抱えており、左手には小さい盾を身につけていた。


「俺の名前は、安西 輝彦あんざい てるひこ。気軽に、安西さんとでも呼んでくれ。職業は剣士。C級だ。よろしくな」


またしてもC級。

これはまた、熟練の冒険者だな。

どう見ても四十代ぐらいだし、それに.....。


「今回も頼む、安西」


「おうよ」


リーダーも懇意にしている様子だ。

彼とは長年やっているのだろう。

信頼の色が窺える。


そうして、紹介を進めていき、僕ともう一人を除いた、系4名が紹介を終えた。

紹介された情報を総合すると、リーダーの田中さんがC級のタンク職。

C級剣士の安西さんに、C級魔法師の西野さん。

Dランクのシーフ件アサシンの、忍者ライク服装の小林さん。

そして、僕含める、この最後の少年の役職のパーティー。


なかなかいい構成ではないのだろうか?

田中さんが攻撃を食い止め、安西さんが叩き、西野さんの魔法でトドメ、牽制をする。

なかなか整ったパーティーに見える。


この少年も、重くて丈夫そうな鎧を着ていることだし、何かしらの前衛職であろう。

これは、期待できるかもしれない。

期待を寄せて、僕は最後の子(自分含めず)の自己紹介に胸を踊らせ、聞く。


「ええと、こんにちは。僕の名前は、高羽 塔矢たかば とうや。Eランク冒険者で、役職は重戦士です。Eランクなんで心細いかもしれませんが、精一杯頑張るので、よろしくお願いします」


首にまで届く綺麗な銀髪の髪を持つ少年。

あたふたと自信なさげに自己紹介をする彼を、元気付けようとリーダーの田中さんが前に出る。


「よろしくな、塔矢くん。見たところ君はとても若い。あんまり緊張せず、気楽にやってくれ」


「........! はい、ありがとうございます!」


優しく微笑みかける、田中さんの言葉に感化されたのか、塔矢くんはだんだんと元気を取り戻していた様子だった。

いい人だな、田中さんは。

そうなんだかんだ会合を進めていくと、ついに僕の番が回ってきた。


「じゃあ、最後に、君は?」


田中さんが僕へ、会話のバトンを渡す。


「あ、はい。僕は雨宮 源氏って言います。Fランク冒険者で、今回は荷物持ちをさせていただきます」


「荷物持ちくんか。わかった、よろしくな」


田中さんと握手交わし、皆それぞれに、自己紹介を終え、最終準備をする。

その間、僕はみなさんから僕が持つと指定された荷物をかき集め、背中に乗せ上げる。


「ふぅー.......ん?」


背中に大量の荷物を乗せて、いざ出発しようと意気込んだその時、僕は少し違和感を覚えた。


「なんか、いつもより軽いな」


猛烈に.....とまではいかないが、持っていた荷物がいつも以上に軽かったのだ。

この量の荷物は何度も持ったことはあるが、大体は肩慣らしをしてからじゃないと、動くのも辛い。

というのに今回ばかりは、背中に羽が生えたように、持っていた荷物を軽く感じた。


これには驚いたが、あまり気にすることはなかった。

時間もあまりなかったしな。


そんなこんなでやっていると、皆んな準備を終えて、ダンジョンに入る時がやってきた。


「よーし、じゃあ、ダンジョンに入るが準備はいいか?」


「「「「「はい!」」」」」


リーダーの田中さんが号令をかけ、皆一同に集合する。


「よし、じゃあ、いくぞ!!」


先人を切る田中さんを先頭に、続々とダンジョンへと突入する。

これより、Cランクダンジョンの始まりである。






「あれは.....雨宮 渉?」


「何?」


「.....至急、増援を」


「.....了解」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る