貯金睡眠

 熱い日差しが全身にふりかかって、セレーネは目を覚ました。

 夏でも朝は涼しいというが、それもせいぜい六時か七時くらいまでの間の話だろう。

 八時にもなれば太陽が必要以上に照り輝いて周辺の温度を狂ったように上げる。

 それは、室内ですら例外ではない。

「あつ……」

 セレーネはボソッと呻いて目を覚ますと気だるげに寝返りを打った。

 隣には休日でいつもよりも長く眠りこけているケイがいる。

『ご主人様の体温はヒンヤリしていることが多いし、ベッドの位置的にも日陰にいる。これは、ついご主人様に抱き着いてしまっても不可抗力』

 サッサと起きて朝の支度をするつもりだったが、日陰の中でスヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てるケイが魅力的で、ベッドに寝転がったまま彼の元へすり寄った。

 暑くて剥いでしまったのか、ケイはシーツの塊を隣に投げ捨てて横向きで眠っていたのだが、捲れた部屋着から覗くツヤツヤモチモチの真っ白いお肌が妙に気になる。

 セレーネはスルリとケイの腕の中に入り込んで胸板に頬をすり寄せると、スベスベなお腹を撫でた。

 それからシーツを引き寄せ、自分とケイの体に被せるとセレーネは清潔な布の中でフフフと小さく笑みを浮かべる。

 正直、寝ている人間の体温など暑くて仕方がないが、セレーネは嬉しそうに抱き着いたままケイの匂いを嗅いでいた。

「セレーネさん、あの、寝ぼけてる?」

 ムニャムニャと眠そうに口を動かすケイが、自分の脇に顔を突っ込んだまま動かなくなるセレーネに心配そうな目を向ける。

 これに対し、てっきりケイは熟睡しているのだと油断して好き勝手に振舞っていたセレーネは、ギョッと目を丸くして脇から顔を離した。

「うぇ!? ご主人様!? これは、えっと、多分、あの、涼しそうだったから……寝惚けて、入り込んじゃったんじゃないですかね、ハハ……」

 真っ赤に体を熱くしたセレーネが酷く汗をかきながらキョロキョロと目を泳がせる。

 乾いた笑い声と共に出された言い訳はだいぶ厳しい。

「脇は人体の中でもかなり暑い部分だと思うけど。ところでセレーネさん、大丈夫? 顔は赤いし汗も結構出てるよ。熱中症も怖いからさ、よかったら水を飲んだら?」

 ケイの指差す棚の上には水差しと伏せられたコップが二つ置かれている。

 セレーネはコクリと頷くと体を起こしてコップに水を注ぎ、一杯分だけ飲み干した。

 寝起きの乾いた喉や火照った体にぬるい水がしみわたり、体の内側をドコドコと振動させていた鼓動や異常な体温が少し落ち着いた。

「ご主人様も飲みますか?」

「いや、俺は平気だよ。ありがとう」

 ポテンと寝転がって緩く首を振るケイは起きる気配がない。

 まだ少し火照ったままの体でイソイソとケイの隣に戻るのも恥ずかしいし、それに、セレーネには朝食を作るという仕事が残っている。

 セレーネが起き上がって台所へ向かおうとすると、コロンと寝返りを打ったケイが少し浮きあがった彼女の腰に後ろから抱き着いた。

「どうしました? ご主人様」

「いや、何となく。ねえ、セレーネさん、もう少し一緒に寝ない?」

「それは構いませんが。でも、こんな風に寝っ転がってたら、また昼過ぎに起きる羽目になっちゃいますよ? せっかくの休日を睡眠にとられちゃってもいいんですか?」

 キュッと腰を抱く腕に力を込め、甘えた声を出すケイの頬をつつく。

 すると、ケイがキリッと顔を上げて真剣な目つきになった。

「いい。そもそも、休日って眠るためにあるから」

 キメ顔で自信たっぷりに言い放ち、

「だからセレーネさんも寝ようよ」

 と、再び腰に鼻先を埋める姿がなんだかかわいらしくて、セレーネが小さく笑みを溢した。

「お金がある人も、やってることは庶民と似ているんですね。知ってますか? ご主人様。休日を睡眠で潰せば食費も娯楽費も浮く上に体力が回復するので、健全に貯金ができるんですよ!」

 ケイに負けず劣らずのドヤ顔で返してやれば、彼も、

「知らなかった」

 と、目を丸くする。

「それなら、セレーネさんは俺と貯金しよう」

 ケイが悪戯っぽく笑って、ギュムッと後ろに倒すようにセレーネの体を引っ張る。

 クスクスと笑うセレーネがケイの動きに合わせてコテンと横になり、そのまま彼の方を向く。

 するとケイはモゾモゾと動いてセレーネの胸よりも少し下の辺りに顔を埋めた。

「暑くないですか? ご主人様」

「うん。平気。あのさ、少し照れるんだけれど、頭を撫でてもらってもいい?」

「いいですよ」

 少し寝癖のついた、湿りけのある髪を梳く。

 真っ黒い髪がサラサラと自分の指の間をすり抜けていくのが少し面白い。

「ご主人様の髪は手触りが良いですね」

「そうかな? あんまり自分では気にしたことがなかったよ。むしろ、ボリュームがないから頭髪が薄く見えて苦手なんだ」

 セレーネの胸元に埋まったケイの口が微妙そうに歪む。

 猫毛はケイのちょっとしたコンプレックスだ。

 だが、

「ご主人様の頭髪を気にしたことはありませんでしたけど。どちらかというと手触りが良くて気に入っていますし」

 とセレーネが再度、髪を梳くと、

「セレーネさんが気にしないならいいか」

 と笑って柔らかく目を閉じた。

 撫でられている内に心地が良くなってケイが眠り、彼につられてセレーネも眠る。

 二人ともすっかり宿酔してしまったため、本当に休日のほとんどが睡眠で溶けてしまった。

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