捻くれ者の恋
宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿中
販売中のセレーネさん
性奴隷。
それは人間が人間を性的消費するためだけに作り出された、おぞましい商品であり、奴隷との違いは「そういう目的」で購入し、「そういうこと」をすることが契約上、認められているか否かだ。
配偶者や恋人、一夜を購入した程度の相手ではできぬ暴力的な性行為や特殊な性行為、口にするのも憚られるアレやコレをして、最終的に殺してしまっても咎められぬ存在。
奴隷の中でも最底辺の存在である。
容姿が美しく抜群のスタイルを誇っていたがばかりに騙されて性奴隷となってしまった女性、セレーネは市場で小さくため息を吐いていた。
『最悪。家事等を行う比較的マシな部類の奴隷になれるって聞いてたのに、蓋を開けてみれば性奴隷なんてね。奴隷商人ごときに誠実さを説いても仕方がないけれど、本当、最悪だわ』
細かい文字の読み書きができず、契約書の内容もロクに理解できないまま署名してしまったことが悔やまれるが、今更だ。
それに、状況的にも契約を断ることはできなかった。
端的に不運という言葉で語ることの出来ない人生を送っている女性、セレーネは二十三歳の元町娘だ。
幼い頃に両親が蒸発して以来、たった一人の家族となった妹を必死に育て、時に盗みを働いたりゴミ箱を漁ったりしながら死に物狂いで生きてきた。
二十歳歳も二十四歳もフィジカル的には大差がない。
成人してからの人間は多少、年が離れていても体力や免疫力、身体的な能力においては大した差がないが、成長段階にある十七歳くらいまでの子供は違う。
四歳と八歳では身長などの体格でも大きな差が生じているし、何よりも疫病への耐性が全く異なる。
ましてや、セレーネと彼女の妹とでは六つも年が離れているのだ。
当時、十一歳だったセレーネには耐えることができたとしても、五歳の妹では暑さや寒さに堪えきれず体調に異常をきたしてしまうだろうし、不衛生な物を口にすれば死んでしまう。
優先されるべきは頑丈な自分ではなく繊細で壊れやすい妹の方だ。
そのように判断したセレーネは家財を売って購入したコートを妹に着せ、自分は穴だらけのボロを身にまとった。
拾った野菜くずや残飯ばかりを食べて、妹には比較的マシな部分や盗んだ果物、何とか恵んでもらえた少量のパンくずを食べさせた。
それから三年後には何とか就職できた工事現場で肉体労働をしながらあくせくと働き、ボロボロの賃貸を借りられるようになる。
妹も十四歳ごろになると飲食店で働き始め、そこからしばらくは二人で協力し合う生活が続いた。
そしてセレーネが二十三歳になった頃、十八歳になった妹が数年前から恋愛をしていた男性と結婚を決め、家を出て行った。
妹が一人前になるまでは自分が面倒をみなければいけない。
そのように考え、自分のことよりも妹のことを優先していたセレーネだったが、妹の独立によってようやく彼女のための人生が始まった。
給料日だけ食べ歩きをし、安物ではあるが幼い頃と比べればマトモな洋服を着て街を歩く。
もう少しして安定したらお洒落をし、恋をしてみたいと自分の人生に夢を見て、幸せな妄想にふけった。
しかし、結局セレーネが不幸な人生から解放されることも無ければ、ベッタリと体に染みついてしまった自己犠牲の精神が剥がれ落ちることも無かった。
妹が嫁いで約半年後、突如、彼女の病を伝える知らせが届いたのだ。
大急ぎで妹夫婦の家に駆け付けてみれば、そこにはガリガリに痩せてベッドの上で苦しそうな呼吸を漏らす妹と、仕事と介護で板挟みになって限界を迎え、目の下にクマを作ってフラフラになりながらも懸命に看病を繰り返す彼女の夫がいた。
表面上は綺麗で美しく健康そうに見えた彼女だが、その実、内側は病魔に巣食われて酷いことになっていた。
セレーネの方が無茶な生活をしていたとはいえ、元から体の強くなかった彼女の妹にとってこれまでの生活は十分過酷であり、無理がたたって重い病気にかかってしまったのだ。
幸い、妹の病は治らないものではなかったが治療に莫大な時間と金額がかかるものだった。
定期的な検診代や治療費、毎日服用しなければならない薬の値段も馬鹿にならないが、やはり、最も金銭的に重くのしかかってくるのは、今すぐにでも受けなければ死んでしまうと医者から脅されている手術の代金だった。
妹夫婦も貯金を全てひっくり返し、親戚に友人、知人にまで頼み込んで金をかき集めたのだが、それでも足りなかった。
「義姉さんが苦しいのは分かっている。でも、彼女を治すためには少しでも多くの金が要るんだ。そうでないと、妻は死んでしまう」
妹の旦那が涙を溢しながら金を恵んでくれと土下座をする。
お金の大切さを身にじみて実感しており、生活費等で賃金を飛ばしてしまいながらもチマチマと貯金をしてきたセレーネだ。
少しくらいならば、即座に出せるお金がある。
だが、治療で必要な金額と比べると、はした金もいいところだ。
結局、妹を見殺しにできなかったセレーネは多額の借金をして手術代と薬代を出したのだが、庶民以下の給料である彼女に返済ができるわけもなく、激しい取り立てにあった末に奴隷として売られる羽目になった。
『寿命を全うできる下っ端娼婦なんてほとんどいない。性奴隷ともなると、明日には死ぬような目に遭ってるんだろうな』
娼館に買われ、病気まみれの男性客をとりながら自身も疫病の巣となって死ぬのか、あるいはリッチでゲスな趣味を持った輩に使い潰されて死ぬのか。
どうせ死ぬのならば、できるだけ苦しくないのがいいなと思った。
『せめて見た目だけは綺麗な人に買われたいけど、まあ、無理よね。あと、できるだけ人間を人間扱いする人に買われたいけど、こんな場所に来る時点でお察しよね』
周囲に愛嬌を振りまき、購入されやすくしていないと後から商人に叱責されてしまう。
それに、売れ残れば残るほど値段が下がり、金持ちの中でも中途半端な成金か最低ランクに近い娼館へ叩き売られてしまう。
また、少女趣味が少なくない金持ち連中の中では十代後半ですら年増だというのに、セレーネはとうに十六を超えた成人女性である。
容姿が整っていることとスタイルが抜群であることから、それでもギリギリ価値がある方だとはされているが、いつ邪魔者扱いになってもおかしくない。
少しでもマシな人間に買われたいと思ったら、周囲に叱責されぬ程度のアプローチを繰り返し、良さそうな人間をつり上げるしかないのだ。
セレーネが客寄せのためにユサユサと胸を揺らして周囲を鋭く観察していると、通りの奥の方でマゴマゴとしていた一人の青年と目が合った。
いや、正確には青年とは目が合っていない。
青年はセレーネの我儘サイズな胸をガン見している。
『キモッ……そんな見る!? ってくらい見るじゃない。あり得ないくらい分かりやすいんだけど、そんなにコレが好きなわけ?』
試しに、もう一度ユサッと揺らすと視線どころか顔ごと動かして胸をガン見する。
それから男性は顔を真っ赤にすると、モジモジとしながら近寄って来た。
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