第31話 動き出す世界の片隅で、俺には関係ないっす
“バタバタバタバタバタバタバタバタ”
まるで電源が落ちたかのように次々と倒れ伏す人々、広いホールの真ん中に一人残されたエリーゼは、突然の事態に“ギャーー!!”と悲鳴を上げ身を震わせる。
「えっ、ちょっと、一体何なのよ!? ノッペリーノ、早く戻ってきなさ~~~い!!」
多くの人々が倒れる大広間、その真ん中に一人佇む高名な魔法使いでもあるマリアージュ魔道具店四代目店主エリーゼ・マリアージュ。誰がどう見ても言い訳のしようのない状況。
“バタンッ”
「公爵閣下、ご無事ですか!! 貴様、公爵閣下に一体何を!!」
「ヒッ、いや、違うの、私は何もしていないのよ!!」
エリーゼの叫び声が大ホールに響く、だが彼女の無実を証明してくれる者はこの場に一人としていない。
「いや~、残念だな~、エリーゼさんもとうとう監獄行きですか~。落ち着いたら連絡ください、面会に行きますってすみません、俺、旅の空なんで面会は難しいかもです」
「へっ!?」
俺の言葉に両手を万歳の姿勢にしたエリーゼさんが間抜けな声を上げます。どうやら老獪が服を着て歩いているようなエリーゼさんも、自身のキャパシティーを超えるような状況には対応しきれなかったようです。
「ってノッペリーノ、いつからそこにいたのよ。それにこれって一体、何が何だかさっぱり分からないんですけど!?」
捲し立てるように言葉を向けるエリーゼさん、どうと言われても見たまんまなんですけど?
「エリーゼさん、倒れてる人の顔に何かが付いてるのって分かります?」
「顔に何かが付いてるって・・・何これ? なんか黒い紙みたいな物が貼り付いてるんですけど?」
「それが呪符ですね、符術によって思考や行動を操られていたって証拠です。そのお札、取り敢えず一枚剥がしてみてもらえます?」
「えっ、えぇ」
俺に言われるがまま近場に倒れている者のおでこのお札を剥がすエリーゼさん。すると真っ黒に変色していた呪符はペラリと剥がれ、そのままボロボロの灰になって崩れ落ちてしまうのでした。
「えっ、ちょっと、これって大丈夫なの?」
「大丈夫なはずですよ? 全てを操っていた大本の術師の意識を刈り取ってあるんで、操られていた公爵家の人々は全員解放された状態になっているはずです。術式が解除された証拠に全ての呪符が真っ黒になっているでしょう? これは術が破られた時に起きる典型的な現象なんです。
では今度はその男性に気を失った人の目を覚ます事の出来る魔法を掛けてあげてもらえますか? <リフレッシュ>か<ヒール>か、俺って魔法の事はてんで分からないんですよね」
そう言い頭を掻く俺にやや呆れた表情を向けながらも、「そう言えばノッペリーノって魔力も覇気もゼロって言ってたわね」と何かを思い出したかのように呟くエリーゼさん。
「<リフレッシュ>」
エリーゼさんが倒れた男性に右手を当てながら魔法名を唱えます。すると男性の身体が淡く光り、小さく呻き声を上げてからゆっくりと目を覚ますのでした。
「よし、それじゃ今度は公爵閣下の目を覚まさせてあげてください。公爵閣下には現状を確認していただき、おでこに貼られた呪符の残骸を確認していただく必要があります。
さっき俺が声を掛けた時エリーゼさんが酷く狼狽したように、この状況で俺たちが親切心で片っ端から解放したとしたら疑われるのは俺たちです。親切が必ずしも良い結果を齎さないという典型的な状況ですね。
先ずはこの場で一番の決定権を持つ侯爵様を介抱し、次に公爵夫人様を介抱。後は順次各責任者から目を覚ましていただくといった感じで治療を行ってください」
俺はエリーゼさんに簡単な指示を出すと、廊下に寝転がしてあった簀巻き男を抱えて部屋に入ります。
「ねぇノッペリーノ、それ何?」
「あぁ、これですか? この騒ぎの首謀者と思わしき人物です。遠隔でエリーゼさんと会話していた相手ですね。いや~、助かりましたよ~。こいつが油断しまくっていたってのもあるんですけど、エリーゼさんが散々挑発してくれたおかげで目茶苦茶隙だらけで、簡単に意識を奪う事が出来ました」
俺はそう言いながら、部屋の奥の侯爵夫妻が座っていた椅子の後ろに向かいます。そこには黒いぼろのローブにフードを被ったいかにも怪しさ満点といった人物が。
俺は肩に担いだ簀巻き男を床に転がすと、使い勝手のよくなった<ポケット>から適当に上下のスエットを取り出します。
「さ~て、お着換えしましょうね~。今度はちゃんと髪切り用のハサミも用意しておいたんでご安心を、立派な虎刈りに仕上げて見せますから~」
俺がそう言いながらローブを引っぺがすと、そこには案の定行方が分からなくなっていた暗殺者さんが。任務に失敗した暗殺者の末路は悲惨だぞ~。
俺は暗殺者(女性)の身ぐるみを剥いでダボダボのスエットにチェンジ、気絶していることをいいことに身体の隅々まで精霊様にチェックしてもらい、暗器の類がないか確認していただきました。
まぁ確りあったんですけどね。危ない毒が含まれてると何ですんで、<ポケット>の中からキャンプ用品としてしまってあった紙皿や割り箸を使って取り分けておきました。
簀巻き男はいいのか? そりゃ当然縛り上げる前に行いましたよ? ですんで簀巻き男って分かってる訳なんですけどね。こいつも今は上下スエット姿です。
「えっと、皆さん、何で俺の事をそんな性犯罪者を見るような目で見るんです? あの、状況分かっていらっしゃいます? アレンジール公爵家はこの二人によって全滅しかかってたんですけど?
あぁ、それと屋敷の西側の二階、少し広めな広間がありますよね? そこが今回の騒ぎの中心です、魔法陣が描かれ符術の儀式が行われていました。
残念ながら三人ほど女性が犠牲になられています、現場はそのままになっていますので、身元の確認と亡骸の回収をよろしくお願いします」
俺の言葉にざわつく広間、執事長らしき人物が指示を出し、使用人と私兵らしき人達が部屋を飛び出していきます。
「えっと、ノッペリーノ君でよかったかな? 私たちは現状がよく分かっていないのだが、何がどうなっているのか説明して貰ってもよいだろうか」
声を掛けてきたのはアレンジール公爵閣下、俺は深々と頭を下げると、公爵閣下の要望に応えるべく口を開くのでした。
「アレンジール公爵閣下にお答えする前に、公爵閣下はエリーゼさんと私を呼び出したことは覚えておいででしょうか?」
「あぁ、娘のローレシアの行方が分からなくなり、藁にも縋る思いで君たちに使いを出させてもらった」
そう言い苦渋の表情を見せるアレンジール公爵閣下、どうやら俺たちは本当にローレシアお嬢様の捜索要員だったようです。
「そうですか、ではローレシアお嬢様の件は直ぐに捜索に当たるとして、それらの指示が全て第三者に操られて行っていたとしたらどう思われますか?
アレンジール公爵閣下は額に黒い紙を貼った状態で倒れる使用人たちの姿をご覧になられているので、俺の話があながち嘘ではないとお考え頂けるとは思いますが」
俺の言葉に、眉間に皺を寄せるアレンジール公爵閣下。
「・・・狙いはローレシアであったと」
「はい、正確にはローレシアお嬢様に絶望を与え、精神を乱し駒にする事。この手の闇組織は組織員を作り出す手法に長けていますので。
ただどうもそれだけにしてはおかしな点が多い、そうなると信仰が関係しているのか。所謂邪神教徒と呼ばれる者たちや狂信者と呼ばれる者たちの行動に近い印象を受けます。
これは三千年以上前、神代と呼ばれた時代の話ですが、当時は魔王と呼ばれる存在が定期的に復活し世を乱していたとか。
そして魔王が現れるたびに勇者召喚が行われ、召喚勇者が魔王討伐を行っていた。だが三千年前に起きた魔王と勇者の連合と創造神との戦い、それ以降人類の厄災である魔王は現れなくなった。
だが再び世は乱れようとしている、魔物は活発化し、西パンゲアのパンテーン王国で勇者召喚が行われ成功した。
さて問題です、物語に必要で足りない役は何でしょう?」
俺の問い掛けに怒りの形相で簀巻きブラザーズを睨みつけるアレンジール公爵閣下。
「娘を、ローレシアを魔王に仕立て上げようとしていたというのか?」
「さぁ、それは分かりません。ただ俺から見てこの訳の分からない状況に理由を付けるとしたらそれが一番しっくり来たってだけですので。
とりあえず俺はローレシアお嬢様を探して来ます、そちらの二人はお任せします。
あっ、
俺はそれだけを告げると、エリーゼさんを連れて屋敷外の庭園へと足を向けるのでした。
「ねぇ、ノッペリーノ。私たち抜け出して来ちゃってよかったの? それにローレシアお嬢様を見つけ出すって、この屋敷の使用人全員で探しても痕跡一つ発見できなかったのよ?」
俺に引っ張られて広間を抜け出してきたエリーゼさんが心配げに話し掛けて来ます。まぁ俺だって行き成り知らない御屋敷に呼ばれて“行方不明のお嬢様を見つけてください”なんてお願いされても、“そんなの無理です”としか言えませんけどね。
こういった事は身体は子供、頭脳は大人な名探偵にお願いしてもらいたい。
「まぁそうですね、普通どう考えても捜索は無理かと。でも連中はそうは思わなかった、俺たち、正確にはエリーゼさんなら発見できるという確信があった」
「はぁ? どういう事? まぁ私が美人で優れた魔術師だっていう事は今更説明するまでもないけど、人探しは専門外よ?」
うわ~、流石は王都の老舗マリアージュ魔道具店四代目店主エリーゼ・マリアージュ、自己肯定感が半端ないわ~。お偉いさんだらけのパーティーに出席して愛想を振り撒くにはこれくらいじゃないと駄目なんだろうね、勉強になります。
「そうですね、当然そうしたエリーゼさんの個人的な能力も関係してくるでしょうけど、ここアレンジール公爵家とエリーゼさんの共通点といったら何でしょうか?」
質問に質問で返した俺の言葉に、余計に分からないといった顔になるエリーゼさん。
「ノッペリーノ、右の林の奥だぞ。ハイヨ~、ノッペリーノ!!」
俺の頭の上には姿を隠しずっと黙って状況を見守っていた精霊様がですね。
「残念、時間切れです。正解はこちら」
そう言い俺が手を差し向けた先、そこには石造りのライオンの口からチョロチョロと水が流れ込む小さな泉が、ライオンの周りには同じく石造りの妖精の彫像が並べてあります。
「・・・ノッペリーノ、ここは」
「エリーゼさんのご想像の通り、“精霊の庭”の入り口です。
警備が厳重であるはずの公爵邸から忽然と姿を消したローレシアお嬢様、普段ならまだしも暗殺騒動があったばかりでピリピリしていた公爵邸に外部から侵入して連れ去ったとは考え難い、であれば内部、姿や気配を消す事に長けた妖精や精霊の協力があれば容易。
それとローレシアお嬢様ですが、おそらく神眼かそれに類するスキルを持っています。普段世間に紛れてる俺に気が付くって相当らしいです、これは精霊様の意見ですが。
って訳で行きましょうか、王都の精霊ポーネリア様の“精霊の庭”に」
「ちょっと待って、“精霊の庭”はその場を管理する者の許可がないと入れないのよ!!」
「あ、大丈夫です。俺、その手の結界は効かないんで」
俺はそう言うとエリーゼさんの手を引っ張り、目の前の泉にダイブするのでした。
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