第30話 第一回チキチキ、笑ってはいけない公爵家

“ガタガタガタ、ガタガタガタ”

馬車は走る、石畳の広い通りに小気味良い走行音を響かせながら。


「エリーゼさん、俺、馬車に乗るのって初めてなんですけど、あまり揺れないものなんですね。想像していた馬車って、もっとこう縦揺れが激しくってお尻が痛くなるようなものだったんですけど」

ラノベあるあるの初めての馬車、激しい揺れに酔って気持ち悪くなる、堅い座席にお尻が死ぬ等々。でもこの馬車、全くそんな事がないんですけど? ゆったりとした革張りのシート、エコノミー症候群なんかにはなりそうもない広々とした車内、確かに馬車が素晴らしいからと言われればその通りなんだけど。

でもいくら馬車が凄くって王都の街並みがよく整備された均一な道だからってこれは・・・。


「ノッペリーノ、あなたそれっていつの時代の馬車の事を言ってるの? 今どきそんな走る拷問部屋みたいな馬車はないわよ?

魔導列車に代表されるように、人の文明の発展は日進月歩、十年一昔じゃないけど、今どきそんな情報弱者じゃ時代に取り残されちゃうわよ?」

ウグッ、エリーゼさんの鋭い指摘にぐうの音も出ない俺氏。

だって仕方ないじゃん、俺っち山間の限界集落産まれの田舎者なんだもん。馬車に乗る事はおろか魔道具すら触ったことがなかったのよ?

シュンとする俺の態度に「あぁ、そう言えばノッペリーノってば超が付く田舎者って言ってたわね」と何かを思い出すエリーゼさん。


「そうでございますね、ノッペリーノ様にご説明申し上げますと、こちらの馬車はフォートランド社の二代前の型になりますフォート307をモデルとし、特注品として仕上げさせていただいた送迎用馬車となります。

その最大の特徴は静かな走行性能、魔導式衝撃緩衝装置は当然のこと、車輪には魔鉄鋼の枠組みにウォールトレントの車輪板が組み込まれ、衝撃と走行音を極力吸収するように設計されております。

揺れず静かな快適空間、現代馬車の一つの解答と言われた名車でございます」


俺の疑問に答えるように公爵家執事のセバスさんがニコリと微笑みながら説明を加えてくれます。オデコに貼られたお札をヒラヒラ揺らしながら。

グッ、これはキツイ。まるで法事の席で読経を上げるお坊さんの頭にハエが止まったのを見てしまった時くらいキツイ。

“ヒッヒッフ~、ヒッヒッフ~”

俺は呼吸を整え何とかこの難局を。


「ノッペリーノ様、どうかなさいましたか? どこかお身体に不調が」(ヒラヒラ)

「ブハッ、アハハハ、駄目だ、無理無理無理。セバスさん、超真面目な顔してるけど、オデコに御札が・・・。一度気になっちゃっうともう御札の事しか考えられないって言うか、アハハハハ腹筋が痛い、腹筋が」


移動中の馬車の中、突然笑いだす俺の様子に失礼な子供を見る様な目を向けるエリーゼさん。でもこれしようがないんだっての、人間の本能、ノッペリーノ君、アウトです。

でもそんな俺の態度にも不快な表情一つ見せず職務を遂行しようとするセバスさん、プロの執事は凄いです。


「ノッペリーノ、事情は分かってるし私たちには見えない御札があなたにだけ見えているのも知っているけど気を付けなさいよね。

この場は現状を理解している者しかいないからいいけど、公爵家の御屋敷に向かったらそうはいかないのよ? 流石に公爵様の前で腹を抱えて笑い出したら不敬罪で物理的に首が飛ぶわよ?」

エリーゼさんからのありがたい忠告、目下最大の敵は笑いのツボっていうね。どんな相手かは分かりませんが、恐ろしい罠を仕掛けてくる事で。


“ガタガタガタ、ガタガタガタ”

「もうそろそろ御屋敷に到着いたします。ノッペリーノ様は心のご準備を」

自身の仕えるアレンジール公爵家がとんでもない状況に陥っているのにもかかわらずこちらを気遣う言葉を掛けてくれるセバスさん、本当によく出来た御仁です。俺は大きく深呼吸をするとパンパンと両手で頬を叩き気合いを入れ、馬車の到着に備えるのでした。


そこは大きな門と森のように広大な庭を備えた、まさに豪邸と言わんばかりの場所でした。


「エリーゼさん、凄いですね。王都の貴族街でこんな豪邸を構えているなんて」

「何を言ってるのよノッペリーノ、アレンジール公爵様と言ったらリーデリア王国国内において王家に次ぐ地位と権力をお持ちの御方なのよ? その財力は元より発言力はその辺の木っ端貴族なんか簡単に潰せる程なんですからね? 本当に失礼のない態度を心掛けなさいよ? 私、庇えないからね?」


真剣な顔でそう忠告するエリーゼさんの言葉に思わずごくりと生唾を飲む。本当にどうしてこんな面倒な事になっちゃったんだか。

今世の俺氏、本気でただの田舎者よ? ライオスお兄ちゃんやミリアお姉ちゃん、レインやジーク元村長は凄い力を授かったみたいだけど、俺っち魔力も覇気もからっきしよ?

まぁお陰と言うかなんと言うか、誰にも気が付かれない存在感の薄さは持ってますけどね。

一宿一飯の恩義じゃないけど、ローレシアお嬢様にはオクトパスボールをはじめとした美味しいご飯をご馳走になっちゃってますし、無碍にするつもりはありませんけども。


「では旦那様の下にご案内いたします、私の後に続くようお願いいたします」

広く美しい玄関ホールを俺たちを案内して先に進むセバスさん。その後ろをおっかなびっくりといった様子でついて行く俺と、堂々とした姿勢で進むエリーゼさん。マリアージュ魔道具店四代目店主のエリーゼさん、王宮でのパーティーにも出席されているって話だし、こうした場所には慣れているのかな?


向かった廊下の先は大きな両開きの扉。

「失礼いたします。旦那様の御申しつけに従い、マリアージュ魔道具店四代目店主エリーゼ・マリアージュ様と行商人のノッペリーノ様をご案内いたしました」


“ガチャリッ、スーーーーーッ”

セバスさんの声に内側から開かれた扉、大きく広がったそこに見えたものは、部屋の左右に分かれ直立で待機する大勢の使用人たちと、奥の椅子に座りこちらに顔を向けるアレンジール公爵夫妻、そしてその背後に立つ黒い外套を羽織りフードで顔を隠した怪しい人物。

そして皆さん見事にキョンシースタイルって言うね。

ここまでくると感動もの、前世の大陸の導師が使ってた鈴鳴らして~~~、チリチリ鳴らして整列させて~~!!


「おぉ、エリーゼ殿、ノッペリーノ殿、大事な勇者選定会三日目だというのにお越しいただいて申し訳ない。この件については心から詫びよう。

だがどうしてもお二人のお力をお借りせねばならない事態が発生してな、娘が、ローレシアの姿が消えてしまったのだよ、それに昨日捕えた暗殺者も。昨夜から捜索を行っているものの一向に手掛かり一つ掴むことができない。

アレンジール公爵家当主としてではなく娘の安否を案じる一人の父親としてお願いしたい、どうかローレシアの行方を捜してはくれないだろうか」

「私からもお願いします、どうか娘を、ローレシアを見つけていただけませんでしょうか」


椅子から立ち上がり深々と頭を下げるアレンジール公爵夫妻、その動きに合わせるかのように左右の使用人たちが一斉に頭を下げます。その場で頭を下げない者はただ一人、アレンジール公爵夫妻の背後に立つフードを被った見るからに怪しい人物だけ。


俺は静かに目を瞑り胸の奥に語り掛ける。

“カパ~~”

開かれた胸の扉、精霊の庭に繋がる第二の出入り口。


「精霊様、少々よろしいでしょうか? 少し困った問題が発生いたしまして」

捧げる思い、俺の呼び掛けに応えるように、胸の奥から何かの気配が飛び出してくる。


「トウ、純粋な祈りの心が私を動かす、呼ばれて飛び出て我参上!! ノッペリーノ、貢物をこれへ!!」

「あっ、精霊様、ちょっと今面倒事に巻き込まれてまして、ちゃんと屋台飯は買い込んでますんで少々お待ちください。

そんでもって面倒事っていうのはこの状況ですね。こちらアレンジール公爵家の方々なんですけど、どうも支配系符術によって操られているみたいなんですよ。

それでその術者が表向きあの公爵夫妻の背後に立っている黒い外套を羽織ったフードの人物なんですけどね、何かアレってあからさまに怪しいんですよね。俺が犯人だったらあの人物を囮にもう一段仕掛けを作ると思うんです」


俺の言葉に「フムフム、なるほど」と周囲を観察する精霊様。


「ノッペリーノ、大当たりなのだ。この場の者たちから伸びる繋がりは、あのフードの者に一度集約されてから別の場所に伸びている。つまりアイツは囮兼中継器の役割を果たしているのだ。

それでどうするのだ? 力の流れを追い掛ければ大元に辿り着く事も出来るのだ」

精霊様の言葉にビンゴと思った俺は、こっそりと隣のエリーゼさんに話し掛ける。


「エリーゼさん、大体の元凶が判明しました。それでエリーゼさんにはしばらくの間犯人の気を引き付けておいて欲しいんですがいいですかね。

まずはアレンジール公爵夫妻や使用人の方々からローレシアお嬢様がいなくなる前後の状況を詳しく聞き、それが終わったら小馬鹿にしたような口調でアレンジール夫妻の背後に佇んでいる人物に語り掛けてください。

“姿隠しの魔道具で姿を隠しながらの高みの見物はさぞ気分がいいでしょうね”とかなんとか。

おそらくは調子に乗って姿を現すと思いますんで、後は相手に話を合わせながら適当に時間稼ぎをお願いします」


俺の言葉に「無理無理無理」とか言って首を横に振るエリーゼさん、でもここは頑張っていただかなければなりません。

俺は顔を引き攣らせるエリーゼさんをこの場に残し、静かに部屋を後にするのでした。


「おぉ~、ここだここ、この部屋の中から何本もの繋がりが伸びているぞ~」

それはアレンジール公爵家の建物の一室、途中何人もの見張りであろうキョンシーメイドが立っていましたが、全てスルー。


“カチャリッ、スーーーッ”

そっと開いた扉、カーテンが閉め切られているのか部屋の中は薄暗く、何本かのろうそくの炎がユラユラと揺らめいている。

部屋の中心には儀式の為か魔法陣が描かれ、三角形の各頂点の場所にオデコに御札を貼られた女性が横たわっている。


「ハハハハ、流石はマリアージュ魔道具店四代目店主エリーゼ・マリアージュ、この私の存在に気が付くとは。

私が手配した暗殺者を阻止し無力化する手腕、ただ者ではないと思ってはいたがやはり放置も出来んか。ローレシア捜索が終わるまで生かしておこうと思っていたが状況が変わった。貴様の存在はいずれ我々の大きな障害になるやもしれん。

ノコノコとこの場にやって来た判断の甘さを恨むのだな」


魔法陣の中心に立つ人物が、虚空に向け声を上げる。どうやらエリーゼさんの方ではクライマックスを迎えているようです。


“バッ”

右腕を大きく横に広げ不審者が高らかに宣言する。


「我に連なる者どもに命ず、戦いのときは今、その命尽きるまで我に忠誠を示せ。敵はエリーゼ・マリアージュ、獄炎の魔女の首を我に捧げよ!!」


・・・なんかとっても香ばしいセリフをですね。

俺はベルトの腰差しからももちゃんを引き抜くと一言。


「やっちゃえ、ももちゃん!!」

”ズドンッ”

“・・・ドサッ”

一瞬の出来事、瞬時に伸びたももちゃんに眉間を打ち抜かれた不審者は、そのまま後方に吹き飛び白目をむいたまま仰向けにひっくり返る。

“ブワッ”

部屋の中に風が吹き、全てのろうそくの上りが消え、暗闇が室内を支配する。


「ええい、辛気臭い。窓を開けて空気の入れ替えをするのだ!!」

精霊様が部屋の中を飛び回り、分厚い遮光カーテンを引き窓を開けていく。差し込む光、露になる室内の惨状。

まぁこれだけの儀式ですしね、魂の力を必要としていても何ら不思議もありませんし。

俺は精霊様に頼み精霊の庭に移築した懐かしの我が家から丈夫なローブを持ってきてもらうと、仰向けにひっくり返る不審者をガチガチに縛り上げる。


「精霊様、こちらの方々は・・・」

「うむ、この短刀が呪具になっているのだ。命を吸われ、この儀式の部品にされていたのだ」

魔法陣の上に寝かされていた三名の犠牲者、俺は彼女達の胸から短刀を引き抜くと、手を合わせ冥福を祈るのだった。


―――――――――――――


お久し振りです。

ようやく書けた!! あ~、スッキリした。

エタらないようにコツコツ続けていきますね。(願望)

by@aozora

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る