第2話 あれ?なんか想像してたのと違くね?

気が付いたら壁だった。

そんな事を言われても意味が分からないだろうが仕方がない、言っている俺もよく分かってないんだから。

何時だったか妖怪ぬりかべってどこからどこまでが本体かと議論した事があった。

最終的には都市を覆う外壁全てが妖怪ぬりかべの本体だったら無敵だと言うよく分からない結論に達したのを覚えている。

若かったんだよ、多分。


だが今の自分はそんなどころのものじゃない、世界を覆う壁?これって壁と言ってもいいんだろうか、概念的な何かになっている。

・・・あれ~、おっかしいな~。

確か俺ってば来世に向かって旅だったんじゃなかったっけかな~。

六道輪廻って言葉があるけど、概念に生まれ変わるって何?しかも壁って・・・。

何時の昔かは忘れたけど、岩に転生したりゴーレムやインテリジェンスウェポンに転生するってラノベがあったよな~。もしくは植物?凄いのだと杉の木に生まれ変わって世界を見守るとか?

世界樹ってパターンは何度か見たけど、なんで杉の木って思ったもんだよな~。

・・・壁って、人の事言えね~。しかも世界の壁だから現世の人々のわちゃわちゃも一切関係なし、どっちかって言うと宇宙に漂うガス?俺の外側に神的なサムシングがいるとしたらクトゥルフ神話的な何かって事になるのかね?

よく分からんけど。

でもまぁこんな事を考えられるのもあと少しみたいなんだけどね。どうやら俺の意識が目覚めたのも俺と言う存在が世界そのものに溶け込む為の途中プロセスみたいなんだよね。

要は灰汁?純粋なエネルギーが世界と一つになるに従い俺の個性と言うか意識みたいなものが弾き出されて行ってるって感じ?

まぁこれも一つの魂の在り方なのかね、世界は複雑怪奇だ事。


俺は壁、世界を司る壁。願わくばこの世界が常しえに続かん事を。

何て格好いい事を思いながらいつ終わるともない壁ライフを楽しむ俺なのでした。



世界とは安定を求める。壊れ掛け、異世界より強大な魂を迎え入れる事でその存在を回復した世界は、魂と一体化し新たな世界として生まれ変わりを果たす。

だがそこに余計なものが混じる、それは人としての意識であり個性。

世界は世界として完結する。そこに人としての意識は不要であり異物、異物は徐々に集められ収縮し概念から物質へと変化し、搾り滓の様に排除される。

その時世界は完全なる安定を果たす、次元の綻びはその痕跡すら消し去って安定した世界を創り出す。


「勇者と魔王が創造神様に戦いを挑んでから三千年、崩壊寸前であった世界がこれ程までの回復を見せるとは。

今やかつての世界とは比べるべくもない程の安定と強靭さを兼ね備え、あの戦いすらも問題なく耐えきるほどの力を蓄えています。

これも全てはあの穏やかなる魂のお陰、何故あの様な創造神様すら超える力ある魂が存在したのかは分かりませんが、完全にこの世界に溶け込んだ様ですね。

管理神である私にかつてない程の力が溢れているのがその証拠、これで世界はより一層の安定を見せるでしょう。

世は神から人へ、人代に移り変わっても争いが無くなる事はありませんが、それもまた人の一面。私は管理神として何時までも見守る事といたしましょう」


とある世界のとある空間で囁かれた言葉は、この世界の全てを愛し見守るものの慈愛に溢れていた。


“ポトッ”

星の降る様な美しい晩、その種はどこからともなく地に落ち、そして根を生やした。

硬い殻を破り現れた若芽はぐんぐんと成長し、たった一晩で大人の身の丈を超える若葉茂る樹木へと成長した。


若木の枝に付く蕾、膨らみ切ったそれはピンク色をしたかわいらしい花を咲き乱らせる。そしてその花が散ったとき、枝は小さな実を付け、それを徐々に膨らましていく。


一晩で大きく育った果樹は、その枝に幾つもの実を付け風に揺れる。

果樹は甘い匂いを風に乗せ、ゆらゆらと揺れ動く。



「お~い、マルコ、そろそろ休憩にしようや」

「おう、そうだな。ホーンラビットも予定数捕まえたし、湧き水の泉で昼飯にしようや」


森は多くの命を育み、人は糧を求め森に入る。それがたとえ危険とされる魔物であろうとも、人にとっての糧であることには変わらない。

山深い森の中を勝手知ったる庭の様に進む者たちは、森に寄り添い森に生きる者たちなのであろう。

森はそんな者たちに恵を齎す、それは森の魔物であり森の植物であり。


「ガルバス、何か甘い香りがしないか?」

「ん?そうだな、今までこの森でこんな匂いを嗅いだことはないんだがな?」


植物の出す臭いは、虫や動物を惹き付ける為のものと言われている。それは人にとって臭いと感じるものもあればかぐわしいと感じるものも。

甘い香りと言うものは、その中でも多くの生き物を惹き付けてやまないものであるだろう。


「これは果樹か?こんなところにこんな香りのする果物の木なんてあったか?」

マルコはたわわに実を付ける果樹に首をひねる。


「いや、俺は知らんな。でも気が付かなかっただけだとか?なんにしてもいい物を見付けたな。折角だ、村に持ち帰って食えるかどうか見てもらわないか?

ベネッセ婆さんが植物鑑定が出来たはずだから。

行き成り食べて毒だったら目も当てられないからな」

ガルバスは手頃な実を三つ四つもぎ取ると、腰のポシェットに仕舞い込む。


「そうだな、それで問題がなければまた取りに来ればいいか」

マルコはガルバスに倣い同様に果実を腰のポシェットに仕舞い込んだ。


「まぁなんにしても無事に帰る事が重要だ、欲を掻いてもいい事はないからな」

「違いねえ、泉で昼を食ったら村に帰ろうや」

森に生きる者、森と寄り添う者は森の怖さも知っている。

男達は森の恵みと共に自分たちの住む村へと帰って行くのであった。


「今帰ったぞ」

ガルバスは家の扉を開け妻ダリアに声を掛ける。


「あら、お帰りなさい。ホーンラビットは上手く獲れたの?」

ダリアは夫の無事な帰村を喜び、皺の深くなった顔をほころばせる。


「おうよ。まだまだ若い者には負けねえっての。

それでな、今日森の中で見た事のない果実を見付けてな。凄くいい匂いがするんだが、念の為ベネッセ婆さんに見てもらったんだよ。

何でも“桃”とか言う果物らしいんだが、鑑定では食用可能と出たんで一つ剥いて食べてみたんだわ。

そうしたらこれが目茶苦茶甘くてな。ベネッセ婆さんのところにお礼にいくつか置いて来て村長に報告がてら渡して来たんだ。

それでこれが最後の桃だ、お前と食べようと思ってな」


ガルバスがそう言いポシェットから取り出したもの、それは赤く熟れた甘い香りを漂わせる“桃”。


「まぁ、いいのかい?あんたにしちゃ気の利いたものを持って帰って来たじゃないか、見直したよ?」

「よせやい、偶々だっての。こんな爺を褒めても何も出ねえぞ?

なんにしても飯にしようや、この桃はその後ゆっくり味わうとしよう」


山間では中々食べる事の出来ない甘味の登場に、思わず顔をほころばせ誉め言葉を送るダリア。

ガルバスは妻の言葉に照れ臭そうに頭を掻く。長年連れ添った夫婦とは言え、褒められてうれしくない訳ではない。

山間の寒村、そこは仲の良い夫婦が暮らす心温まる村であった。


「「はぁ~~~!?えっ、はぁ~~~!?」」

翌朝の事である。ベッドから起き出したガルバスは、あまりの爽やかな目覚めに首を捻る。いつもであれば起き抜けの体操でもしない限りここまでの動きは出来ないはず。疑問には思うものの、とりあえず朝食前の野良仕事に出掛けようとしたガルバスは台所に立つ若い女性に動きを止める。

“誰だ?いや、どこかで見た事はある、あるんだが・・・いやいや、そんな・・・”


「あら、ガルバス起きたのかい・・・えっと、どなた様で?」

「いや、お宅様こそどちら様でしょうか?」

暫し互いを見詰め合う両者。


「俺はこの家のガルバスだが」

「私はこの家のダリアですけど」


「「・・・はぁ?」」


「えっとダリアって言うと皺だらけで口の悪いダリア?イヤイヤイヤ、違うでしょう、あんためっちゃ若いじゃん」

「誰が皺皺だって!大体あんたわね!ってガルバス?あんた凄く若くなってるんだけど?」

言われた言葉に自身の身体をまさぐる両者。


「「はぁ~~~!?えっ、はぁ~~~!?」」

若返り?なんで?混乱し互いの頬をつねる夫婦。


「これ、どう考えても昨日の桃が原因だよな?俺、ベネッセ婆さんが心配になっちゃったんだが、あの人俺たちより歳行ってるだろう?大丈夫か?」

「あんた、他に村長とマルコさんもよ。私たちですらこれなのよ?より若いあの人たちがどうなっちゃったのか・・・」


「「行ってみようか」」

人の少ない山間の寒村に降って湧いた様な事態、ガルバスはなんでこんな事にと頭を抱えながら、村の中を走り回るのであった。


「フンフンフ~ン♪どうだいガルバス、この若さ溢れるぴちぴち肌、昔は随分と言い寄って来る男どもに苦労してね~。

それでも惚れた弱み、亡くなった爺さんに付いてこの寒村に越して来たんだが。

これは神様が青春を取り戻せって言ってるのかもしれないね~」

十代後半の若い女性がその豊満な胸を張り出しながら言葉を掛ける。


「ワッハッハッハッハッ、滾る滾るぞ~、見よ、このはち切れんばかりの筋肉を。

これよこれ、王都で“暴虐の斧”と言われた冒険者時代を思い出すわ。

マルコ、ガルバス、よくやった。

クックックックッ、俺はやるぞ、この幸運、思う存分振るって見せようではないか」

嘗て落ち着きのある村長であった者は若さ溢れる大胸筋をフンッと見せつけながら、これからの展望を語り出す。


「ガルバス、なんかとんでもないことになったな。うちのも身体に残る古傷がすっかり癒えちまってな。冒険者時代の装備を持ち出して鼻歌歌ってやがった」

嘗て“グリフォン”と呼ばれた真っ赤に燃える赤髪の青年は、ケガがもとで引退を余儀なくされた愛する妻の明るい笑顔に、顔をほころばせる。


「それでマルコ、昨日の桃の木の場所には行って見たんだろう?」

「あぁ、言われるまでもなくな。だがそれらしき場所を探してもさっぱり、まるで妖精に化かされてるんじゃないかってくらい何の手掛かりも見つからなかったよ。

あの桃の実は本当にあの森で見つけたのかって自分を疑ったほどさ」

そう言い肩を竦めるマルコ。


「ふむ、まぁ仕方がないわ、ないものは無い、それをとやかく言っても始まらん。

問題はこれからどうしたいのかと言う事だ。

ベネッセはどうする?いや、聞くまでもないか。マルコ達はどうする?リンダのケガが治った以上、また冒険者として復帰するのか?」

村長の問い掛けに腕組みをし瞑目するマルコ。


「いや、俺たちは村に残るよ。なんやかんや言って村の生活に馴染んじまったからな。若い者の手があるに越したことはないだろう?

それに子供も欲しいしな、なんか今なら元気な赤ん坊が生まれそうな気がするんだ」

そう言い笑顔を見せるマルコ。


「ふむ、ガルバスはどうする?」

「ん?俺たちも今更な。森と寄り添い森に生きる、その生活に嫌はない。

変に目立ってもいい事はないしな」

森に残り今まで通りの生活を送る決心をするガルバス。


「そうか、ならばこの村の事は暫しガルバスに任せよう。

俺はこの滾る血潮を宥めてやらんといかん。

幸いこの見た目、“暴虐の斧”の息子で十分通用するだろう。

名前は父親のものを継いだとしてジークで問題あるまい。

領主邸には俺が代を継ぐまでの間ガルバスが村長代理を務める事を記した書状を持って行こう。俺の家は役場として使ってくれ。

俺が十年経っても戻ってこなかった場合は、そのまま村長職を引き継いで欲しい。どうだ、頼めるか?」

ジークは燃えるような目でガルバスを見据える。


「あぁ、どうやら村長は本気の様だからな、その役目引き受けよう。

だが出発前に村の者を集めて説明して欲しい、こう言った事は全員に周知することが大事だ、いくら人口の少ない村と言っても村人の同意は大切だろう」

ガルバスの言葉に頷きで返すジーク。


山間の寒村で起きた奇跡、それは数少ない人々の運命を大きく変える事となった。

このことが世界にどんな影響を齎すのか、それは誰にも分からないのであった。

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